龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
90 / 116
2.再開期

42

しおりを挟む

 帝国内の工場殲滅が終了した。センガルとしても行った行動はとても心苦しい中でもやることで前に進める大きな進捗と言えた。
 ノルマンも音に一切の揺らぎはないものの、協力に感謝すると言葉だけは言っていた。事務的にそう、とだけ返してセンガルの夫たちも待つ家へと向かう。


「……フェイ、私戻ったら準備をして公国に向かうわ。供は要らない。想定している事態が予想よりも酷くないことを願っているわ」


 リュドヴィクティークという存在がランブル聖国にどのような影響をもって、アウスをまるで誘き寄せるかのように帝国や王国に抗う行為が果たしてこれからの道をどう左右するのか。

 時間を巻き戻した。記憶を保持した状態下で前回帰まで争っていた関係を修復しながらここまで来た。何もかもが早まって、イレギュラーばかり起きそれまで一切の接点がなかった聖国まで現れた。
 イレギュラーに向かうアウスが戻ってくるまでこの物語の主格であろう『リリアリーティ』の生まれ変わりである『ラウリー・デュ・カルデラ・エトワール』をなんとしても守らなければならない。


 ノルマンやマリアは自国の対応に追われている。更に言えば公国に足繁く通えば変に勘づかれて事が厄介になるのは目に見える。
センガルであれば、不定期にアウスをからかう名目で会いにそれまでも行っていた。突然不意を突いて会いに行ったとて不審がられないかつ、ある程度の人間が事の詳細を知っているいないを除いてもラウリーに『会ったこと』を偶然と装えるのもセンガルが適任でしかない。



「………メフィ、俺ねメフィが言えないことがあることも、あの日取り乱して起きた時からずっとなにかを背負い込んでいることも、それを俺たち『夫』が知ってもなにもしてあげられないことを理解しているつもりだよ。
それを決して責め立てたりしないって皆で決めてた。でもね、もしメフィが自己犠牲で何かを守ろうとしているのなら……俺達も後を追うことだけは知っていて」


 エルビス、ユーステッド、フェイ、ジェイズ、ダリオオ、ルーマラス、ハベル。全員の総意である言葉。
過去を説明したとて理解されないと、何も言わず我が道を行った当然の結果。
 今のセンガルにとって夫達を守るための行動でもしもの事が起きた時に『俺達は後を追う』と言われることはこれからの動きを封じる枷となるには十分すぎた。

 わかっている、今ここで「わかっているよ」「ちゃんと気を付けるから」と背を向けたとて彼ら夫達には何の説明にも慰めにすらならないことを。
 わかっている、それでもセンガルは未来を変えるために彼らに本来の未来を告げる気は無いことを。


「……ごめんね、メフィの枷にならないようにしたかったんだけど。奴隷として生きてきてリュドヴィクティーク様に救われて自由となっても玩具として生きてきた俺たちに人間としての道をくれたのは、他の誰でもないメフィだったから。
 俺達はメフィを応援しているし、全てを肯定したいよ。それでもね、まだ俺達は奴隷なんだよ」


 言えればどれほど幸せだっただろうか。


「…………フェイ。あなたもエルビスもジェイズもユーステッドもルーマラスもバベルもダリオだって全員もう奴隷ではないのよ。自分の意志で生きることを選べる。
私とあなた達に身体の繋がりはない、そういう関係だとしても心は繋がっているし、情だって勿論湧くわ。
 私のやりたいことにあなた達を巻き込めない。大切だから、帝国に戻ったら皆にちゃんと伝えるわ」


 どれだけあなた達を大切に思っているのか。巻き込めば敵が『神』だった場合、私は喪うことを何よりも恐れているのだと。
奴隷だった頃鎖で繋がり玩具として扱われていたのかを知っていたから、リュドヴィクティーク夫妻は諦めるべきだと言っても諦められなかった。

 もし卒業パーティの時期を超えて全員が生きていたら、やりたいと思うことがあるのだと。

 帝国に戻り、仕事を投げ捨ててセンガルの元に駆けてきた夫達に伝えた言葉はどう映ったのか。センガルには……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...