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2.再開期
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しおりを挟むランルの教えにおいて、獣人は最も優れた種族であると学んできた男にとって自身の置かれている状況が果たして良いものであるべきはずだった。
男の母親は王国で奴隷をしていた。半獣人であった為に人間以下の扱いしか受けることが出来なかった。産まれてからすぐそんな環境下で育てば奴隷として生きることが当然で疑う余地も無かった。
男の父親はランブル聖国の戦士の一人だった。過去に王国内で一度だけ起きたテロ事件の主犯グループの一員だったが母親の姿に惚れ一掃の命を破り手を取ってしまった。
数ヵ月は逃げられる。国を転々とし姓や出自を偽れば同情を得られて匿ってさえ貰える場所もあった。
そんな生活の中で産まれた子供が『獣人』だった時、父親の心が揺れ動いてしまった。
父親は獣人族の末裔で、その血は人間と交わることで薄くなりほとんど人間と変わらない姿、能力であった為に穏やかな思想を持っていた。
母親が半獣人であった為に産まれてくるのは人間に極めて高いだろうと過信していた。
獣人は位が高い。その血が強く濃ければ濃いほどに強くランルの近くに行ける。
「だから……………お前は聖国の長になれ。なれるはずだ」
呪いのように何度も何度も。
父親はランブル聖国の使者に始末され、母親も男と同様に見せしめとして吊るされた。
国を裏切るとこうなる、と男の視界に入った世界はとても残酷でありとても美しくて綺麗だった。
「………赦されるなんて甘いことを望んではいない、戦ってこの命終わるならそれ以上に喜ばしいことはないのだから」
戦闘狂いの当時の長は男の言葉に触発され、拘束を解き数十対一という極めて異例の特殊な場を設けた。
初めての戦闘で、男は当時の長を呆気なく倒し長の椅子に座った。母親と父親は己が子供ゆえに恩恵やらを求めたが、誰の指示でもなく両親の始末を最初の仕事とした。
何故か違和感も罪悪感もなく、天職を見つけたかのように愉快でならなかった。
いつからだったのだろう、他人を踏みにじることに感情が動かされなくなったのは。
いつからだったのだろう、苦しみ踠く人間を見ると笑いが堪えられなくなったのは。
「……リュドヴィクティーク殿はあの聖女様と本当に結ばれる気でいるのですか。神聖な純血の龍人族の遺伝子に人間を、ましてや王国の血を混ぜるなんて俺には到底理解できないことなんですよね」
「………」
アウスの地雷をいとも簡単に踏み抜き、無言の空間をヒリつかせる。
関係性がない話をし、他人の触れられたくない場所を率先して触れていく。アウスも存じている男の行動が分かっているからこそ腹立たしくもなる。
「カガシ、お前の発言は随分と愉しそうだな。お前とて純血でない割に純血に拘るとは良いご身分だな」
「………誰が非純血のクズと同等だと」
「おおっと、血に拘るからまさかと思えば。こんな手に感情を向けるなど子供だな」
互いが互いの地雷を踏み抜く地獄絵図。アウスもただでは起きない。負けず嫌いが二人揃えば報復に報復合戦になってしまう。
先ほどまでテストルの工場に案内すると意気揚々と語り立ち上がる素振りすら見せていた二人は椅子に縫い付けられたように動くことをしない。
「……公国も馬鹿ではない。元奴隷であろうとも優秀な者は多くてな。ありとあらゆる情報は集まるんだよ」
「そうですか、だからキメラが動いてるんですね。サーカスみたいなものですね」
机上の戦いは止まることを知らず、落ち着きを取り戻す頃には互いの怒りは限りなく極限に近いもので一触即発の状態であることは明白であった。
そんな状態下で張り詰めた風船に針を突き立てたのは、アウスだった。
「……カガシ、お前獣人族でも下位の『蛇族』だろ。両親のどちらかが猛毒の種で先祖返りも相まって見事なハイブリットなんだろ。俺の部下をキメラと罵るお前だって混ざりまくったキメラじゃねぇか」
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