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2.再開期
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しおりを挟む邂逅に至り。
因縁は互いが意識せずとも生まれてしまえば後の祭り。脳はいくらでも捏造を許す。綺麗な思い出には美化を、憎しみの思い出には怒りと歪んだ正義を造り出す。
『 龍は天高く舞い上がり、他を寄せ付けず己が道を生み出しては落ちる者も救わんとす 』
全てを護り壊す存在との対面など『到底』俺なぞには勿体無いことだと常々思うのです。
アウスの経験かつ、交わしてきた声の中で最も理解できないのがアウスの目の前にいる男。
何も掴めない、掴ませない表情に言葉遣い。言い回しのひとつにしても相手に自分の情報を出しているようでフェイクも織り交ぜ真実を混沌に埋める。
まるで『全て真実』にもなり得て『全て虚偽』にも成る。
国の長を勤める上で必要な戦術ではあるものの、男に比べれば幼稚なものとすら感じてしまうだろう。
広い聖堂、用意されたジャガード、タッセルトリムテーブルクロスのかかった長机。向かい合う様に一つずつ置かれた椅子にそれぞれ百九十程度ある身長の者が座っているのだから威圧感は姿からして凄まじい。
一人は漆黒一人は深紅の髪を持ち、一人は深紅一人は漆黒の瞳を持つ。
アウスは昔から脚を組む。絶対的なこの場の主導権は此方にあるのだと意思表示を最も強く身体で表す。
脚を組む男の心理が『強く見せたい』というのは実際事実に近いのか、アウスはこの行動を普段無意識のうちに行っていた。
ほどよい沈黙の後、アウスはまるで子供の悪戯を窘めるように棘の無い言葉で始めた。
「……《ジムグリ》《ヒバカリ》《カガシ》。自己紹介の都度名前を変えて生活しなければならないなど聖国は余程治安が悪いのだな」
「お陰様です、聖国は常に弱肉強食がモットーですから。弱ければ命を失う。ただそれだけの話です」
アウスの他者に対して冷たく聞こえる声色をまるで気にしていない男は質問に少しだけ遠回しな返答をする。
答えたくないものには触れずに会話の中でピックアップするものを選びそれがうまく行ったのだろう。噛み合わせているようで全く合ってはいない。
ただ、アウスも見当外れな回答が来ることなど想定内で、通じない会話に一切戸惑うこと無く、さも当たり前のように言葉を続けた。
「で、名前は。次はどんな名前で挨拶するつもりだ」
「そういえば、リュドヴィクティーク殿はテストルの工場に用があるんですよね。案内しましょうか?」
龍を恐れないという点に関してはアウスからしても嬉しい誤算。初対面の頃から掴めないのはわかっていたが、最初カガシとアウスに名乗った彼には微量の恐れが感じ取れた。だからこそアウスは気に止めるに値しないと切り捨てた。
アウスは自身を恐れるものに対等の目線を作れない。生まれながらにして公主として護るものが多すぎたゆえの弊害とも言えるのだが、アウスは脳の何処かではまだ目の前にいるガタイの良いアウス自身よりも大きな男がいまだに恐れを抱いていた少年と同じにしか見えていない。
「……テストルの件で来た、というのは名目上だ。俺はお前と話がしたい。何故王国の者からの連絡を断り俺を誘うように呼んだのか、何故奴隷などという最底辺の弱者に一切の興味も無い聖国が工場を造ることを許したのか………何故王国の聖女に呪いの刻印をつけた」
ピタッとまるでタイマーをつけていたように、時間が来たと止まった空間。パンドラの箱に触れたなと言わんばかりにそれまで饒舌に噛み合わない答えを紡いでいた舌は動きを止めて沈黙を生む。
「…突然答えることを辞めたのか、良いんだ。答えたくないのなら答えることを辞めたとてこの国の長はお前で俺は今此処が公国で無い以上無理矢理喋らせることも、その権限も無いのだから」
龍が笑う、口角を上げることなく。静かに。
まるで目の前の漆黒の瞳を全て見透かしているかのように。
男は笑う、口角を上げて牙を見せるように。クツクツと。
まるで目の前の深紅の瞳がこれからどう動くのか語るのを楽しみに待つように。
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