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2.再開期

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 一週間程度で戻ると言って家を空けたが、アウスの居ない邸はまるで居ないのがデフォルトと言わんばかりに円滑に流れていた。


 アウスはテストルの工場潰しに赴き、王国の方より出兵した兵達と共に工場内部の制圧に取りかかった。
中で働く多くが奴隷で、テストルの原料となる花の匂いで中毒や生死に関わる状態で制圧自体は簡単であったが、多くの者の未来を奪ったことには精神的苦痛を強いられた。

 恐らく、センガルと状況が同じなのだとしたら彼女の方がつらい話ではあったと思う。自分達が守ってきた中から外に目を向けたら、実は身近にこんなにも苦しめられていた奴隷であった人がいたのだから。

 アウスとしても気持ちのいいものではなかったし、これから潰しにいく工場の大半はここと大差ない状態だと考えると足取りは重くなる一方だった。


「リュドヴィクティーク殿、貴殿に言伝を…」


 二ヶ所目の制圧が完了し、休憩も挟みながら奪われた命の埋葬をしている時王国の方から連絡を受ける。言伝自体は単純で時間にして一時間後、少し連絡通信機を使い話がしたいというノルマンからのものだった。
すぐにわかったと返事をし、失われた命と向き合い直した。


 本当にふとした瞬間だった。
おかしいほどにスムーズに流れている現状に違和感を覚えた。それと同時に矛盾が生まれていることに気付いた。

 何故、ランブル聖国の長は『そんな工場は無い』と断言したのだろう。最初はノルマンの言い方やイントネーションによる自己解釈が生んだと思った。
ただ、ランブル聖国はどの国よりも『弱肉強食』を重んじる国。奴隷という弱者を国内に置いておくなんて愚かな事をする理由がない。

『弱者は死を以て救いとなり幸福であり、強者は弱者を救える唯一の橋』

 アウスには偏った理解できない思想がテストルを生む理由がない理由になることを違和感にしてくれた。
嫌な相手とはいえ、スッキリはする。


 一時間後繋がった電話でセンガル、ノルマンと話をすることになったアウスはすぐにこのアウスの中で生まれた仮説を伝えた。
偶然の一致とは面白いもので、ノルマン、センガルも同様に一ヶ所の現状を見たことで近しい仮説をたてていた。
それぞれ多少の誤差はあれど大体同じような内容で聖国の現長に問いただす他真意は不明といったところだろう。


「……ということは、『ジムグリ』に会いに行かなければならないね」

「ん?ノルマン、ジムグリって何?ランブル聖国現長は『ヒバカリ』でしょ、アウスもそうよね」

「…………いや、俺は『カガシ』と聞いているが、名前も一致しないのかアイツは」


 三人で声が呆気に取られる。想定はしていた事態ではあるが徹底しているとは恐れ入る。
余程誰の事も信用していないと見える。

 アウスの中でその感情は理解できるものであったが、似た境遇だからこそ『こうあって欲しい』というやんわりとした希望的な要望が生まれてしまう。自分がこうであったという経験を軸としている以上、そこから逸脱するようなものに憧れも含め、そうなられては自分の今までは一体と絶望したくなかった。


「……聖国の件はアウスに任せる、あそこの長はどうにもアウスが狂信的に好いているようだから」


 小さなため息で視線誘いながらもアウスに全てを投げたノルマンにアウスとセンガルは乾いた笑いを洩らした。
「まずは名前から知らないとね」とアドバイスするように言ったセンガルに、アウスはそういえば、と声をかけた。
話が延びることにノルマンは決して嫌な顔をしなかった。


「……そうだセンガル。此処に居る者は周知しててくれ。現聖女に呪いの痣があった。誰からかは調べ中だが、痣の模様は『蛇』だったそうだ」


 アウスの言葉にセンガルの後ろから『それって』と声がした。アウスとノルマンはセンガルの夫がいるのだと即座に気づいたからこそなにも言うことなく聞き手に回って言葉が届くまで待った。
センガルの夫はパタパタと移動している音だけを届け少しの時間をかけてこれだ、と答えに辿り着いた。



「蛇なのか龍なのかによっても意味合いは変わるかと思いますが『再生』や『護衛』の意味合いもあるそうです……」
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