龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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2.再開期

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 アウスは誠心誠意を込めて部屋の内装の指示を渡していた。記憶に残るラウリーが目で見ていたものを思い出して。

 花をよく見ていた。触れることが許されないと手を震わせて拳を握りしめたまま。だから今度は好きなだけ触れられるように花瓶に活けて置けるように。


 ラウリーは案内された先で見た部屋に心底驚いた。

淡い色の壁紙に深い緑色のカーペットで覆われた床。大きな窓からは木の緑に奥には青い空が広がり柔らかな風が心地よくはいる。部屋には大きなクローゼット、天窓のついたダブルベッド。サイドテーブルには黒を基調としラメの入った青い筋が綺麗な花瓶にミモザの花が飾られていた。黄色いちいさな花が窓から入る優しい風に揺れて香りを風に乗せる。


「………ミモザの花が咲くのは一般的には三月から四月にかけてと言われていますが公国では気温や天候、そして御当主様の力の影響で今もまだこうして花をつけるんです。今日までこうして飾れるのは稀ではありますけどね」


 デフィーネはラウリーがミモザに興味を示した時にアウスの指示として温室で育てたミモザが役に立ったという嬉しさと、ラウリーが興味を持つ花を事前に調べたりとちゃんと動いていて本気でこの方と結ばれたいんだなと感じた。
 デフィーネと一通り部屋の内装を見て回った頃、ラムルとエピチカが部屋にやってきた。顔合わせとは言えど、ラムルとエピチカからしたら初めてのメイド業務に緊張が波紋のように広がりラウリーにも伝染した。

「き、今日よりお嬢様におつ、お仕え致しますッ!!!エピチカですッッ」

「……ラムルと申します、宜しくお願い致します」


 言葉が震えて聴こえる。緊張してどうしようもないだろうにしっかりと前を向いてラウリーを見つめる。人は失敗しそうという不安が拭えぬと不可抗力で下を向いてしまうというのに。

『宜しくお願いします、ラウリー・デュ・カルデラ・エトワール・リリアリーティと申します』

 誠心誠意丁寧にラウリーは王国貴族の挨拶をしたが声という音が無いその動きはまるで妖精の舞のようにその場の人間の目を奪った。
しかしラムルだけは、挨拶をしたラウリーの言葉が分かった。理解できた。


「……あッ!御当主様が私を指名したのって…」

「え、なに、なんですか!わからないッッ置いていかれるやつですか!?」


 エピチカはその幼さから自分が蚊帳の外に出そうだと感じ取ったのかラムルの言葉の直後から腕を横にパタパタと振りながら怒られない程度に騒ぐ。
デフィーネはラムルの言葉に肯定しつつ、ラウリーのこれからの生活をこの子達がサポートしますとラウリーに笑顔で伝え頭を下げて部屋から出た。



 ラウリーには理解できなかった。
もちろん、エトワール家の使用人達を悪く言うつもりもなければ不満があるわけでもない。緩むことの無い厳格な上下関係かつ、かっちりと決まった仕事の時間。
『聖女の居る家』というレッテルは使用人達を更に背筋を伸ばさざるをえなかった。

 小さい頃から使用人達は家の中でしか笑いかけてくれなかった。

 この部屋のエピチカとラムルの会話を聞き、豊かな感情をみて求めていた世界が広がっている。


『ずっと、ずっとこうして楽しい時間が続けば良いのに』


 ラウリーの心の呟きをラムルだけは聞き取り、少しだけ悩んだ表情の後「公主様と結婚されればずっとこの空間には居れますよ!楽しいかは…」と声をあげた。


 結婚という言葉に反応したラウリーにエピチカは恋かと高鳴る胸を押さえたが、ラウリーの中では意識空間で気持ちを伝えてくれた彼とアウスが何処か違うようで現実味の無い話のように感じていた。









 アウスには留守にした時間で溜まった仕事が山のように与えられた。何ヵ月も空けたわけではないのに、と愚痴を溢しながらも書面とにらめっこし続けた。

デフィーネが案内を終えたと報告に来たときには半数以上の仕事が片付き、余分に明日以降でと言われていた仕事にも手をつけていた。


「お嬢様はお優しい方ですね」

「……ずっと抑圧されてきた、聖女だからと制限も多くやれることも少なかったと思う。やりたいことを沢山やって欲しいんだ」

「それは、直接は言わないのですか?」


 まるで理解できないかのように直接は言わないのですかと言ったデフィーネに不意打ちを食らったような気持ちにアウスはなった。
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