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しおりを挟むラウリーが見つけた、古くボロボロになっていて窓も割れ木は痛み、人が暮らすことは出来ない廃墟。
そこから感じる嫌な気配は形容しがたい。
ただ、アウスは近づくに連れて知っている匂いを関知し歩み進めるラウリーを引き留めた。
「狼の匂いがする、ここで止まっていてくれ」
狼の獣人は希少種。
公国、帝国合わせたとしても掌で数えきれるほどしか存在しない。
奴隷として多くが刈り取られ、綺麗な毛皮だと残酷な手段で奪われ続けてきた。
蛇や爬虫類、そして幻獣といったそもそもの数が少ない希少とは違い、多くいたにも関わらず傲慢によって奪われ減った希少獣人となった。
それ故なのか、仲間意識が非常に高く警戒心が高い間の凶暴性は危険視される。
ラウリーのように人間種では引っ掻かれただけでも大きな怪我に繋がってしまう。
壊れて開閉も出来ない扉に近付けば近付くほどに殺気だった気配が強くなり、狼の匂いも強くなる。
アウスとしても争い事にはしたくない。静かに扉の前に立ち止まり「中に居るのなら話がしたい、出てきてくれ」と出来るだけ落ち着いた声色で声をかけた。
狼の威嚇のグルルルルゥ……と喉を鳴らすような音がしても決してアウスから扉に手をつけることはしなかった。
警戒心が強い時、どうしても大丈夫であることを証明したくて近付くが逆効果であることを知っていた。
一定の距離を保ち、その対象が自ら近付いてくるまでひたすらに待つしかないのだ。
「……公国に住まう者として何一つとして保証されないこの廃屋に住まうそなた等を無視して進むのは寝覚めが悪い。話だけでも望む」
アウスの言葉に中の殺気が弛んだ。敵ではあれど、すぐにこの家を破壊する可能性が少ないと気づいたのか。
扉を挟み中の方から外を覗くように見えた姿は、幼子。
齢、五つか六つ程度の子供が細い手で柱を掴み、覗き込んでいる。
「かかを、ま、てある」
たどたどしい、意味も掴めぬ喋り方。
わからないから聞き返すのも中々に骨がおれそうだと感じた瞬間、わからなくても「あぁなるほど」と声が出る。
「………ネスタ。この子らの言葉わかるか」
「わかりますよ、『カカ』は母親を意味する。『待て』は待つですね。この中にいる子供は母親を待ってる」
アウスが小さい言葉でネスタに問えば、何処からともなくネスタは応えた。
ネスタの助言で大まかにもわかれば、対応の仕方が定まる。
「ならばその母親は何処に行ったのかわかるか」と問うたアウスに幼子はわからない、いつ帰ってくるのかも、と悩ましげに言った。
「ならば、何かあれば公主邸に来るといい。ここからあの大きな木の方向へ真っ直ぐ行けばたどり着ける。母親にも宜しく伝えておいてくれ」
アウスは幼子にそう言えば、元来た道を戻ろうとした。ラウリーが幼子の元へと駆け出さねば、アウスは何もなかったかのように見なかった。形式だけで済ませていた。
小さな身体が過ぎ去り、幼子の頬にラウリーの手が触れた瞬間。
小さな静電気のようなバチバチと音を立て、幼子の首元に絡み付いた黒い紋様が消えた。
もう大丈夫と言わんばかりに優しい笑顔を幼子に向けたラウリーの姿はアウスにとって『知らない人』同然であった。
いつまでも怯えて、心を開かず広い部屋の端に布で作った一畳にも満たない空間にしか居なかった彼女はもう居ないのだ。
喜ばしいと言えれば良かったのに、本来のラウリーが博愛で多くに手を差し伸べてしまう人だと知れば知るほどに何故か寂しくもあった。
「御当主ー、この狼の子。銀狼のようです」
ネスタがラウリーが触れた幼子が呆気にとられ警戒心を解いた瞬間に近づき観察したのか、アウスの元へ駆けてくる。
銀狼は狼の獣人でも更に稀少種。
呪いのように首に何かが巻き付いていたというのも、銀狼の毛皮を取りたい貴族か何かにつけられたのだろうとアウスは判断した。
幼子はラウリーに「あいがと」と拙い言葉で礼を述べると、パタパタと走り奥へと消えていった。
アウスとしても銀狼を守れればと思ったが、逃げてしまっては助けようがなく諦めたようにラウリーに公国へ向かおうと声をかけ馬車へと戻り、公国への道を進んだ。
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