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2.再開期
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しおりを挟む『公主邸宅に公主の帰還と平行して客人が来る』
ユルからデフィーネに流された情報。たった一文でありながら受け取れる情報は客人が来るという一点のみ。
でありながら、思い出したかのようにユルが続けて言った『客人は公主の番らしい』という言葉でその場の空気は変わりことの重大さが生半可な態度で挑むものではないと確信した。
アウスからの指示は客人をもてなす身近の世話係に指名で二人の名前が上げられた。
疑問に思いつつも、一つ一つ訊いていては時間だけが流れていくことを知っているからデフィーネは問い返すこともなく任命を伝えるため二人を呼んだ。
まだまだ完全回復とは行かないため公主邸の救護室のベッドで横になりながらも淡々と仕事をこなしていた。
じゃあ、移動するわ。とユルとキディは救護室から出て邸宅内の異常がないかを回って確認することにした。
キディは上から、ユルは下から順を追って確認していく。
人数が減ったことで一人単位の仕事は確かに増えたはずなのに、ユルの視界に映る使用人たちは不満を漏らさず愉しそうに仕事をしている。
デフィーネが其々がそれぞれに合った部署で担当にしているからやりがいを感じ始められたら嬉しいわよね。と言っていたのを思い出しながら、デフィーネが恨まれ片腕を失ってもやりきったことだけはあるなと何故かユルも嬉しくなった。
リュドヴィクティーク邸炊事場。
この時間は公主に出す料理とは違う、使用人用の食事を作る大鍋がグツグツと音を立てる。
毎日のように流れ作業で行うジャガイモの皮剥き作業は今ではもう凄まじいスピードと安定性で行われている。
そんな安定した乱れることのない音に異変が起きたのは、一人の女が駆け込んできてから。
その女は大きな声で「エピチカがメイド長に呼ばれた」と言った。
周りの者達はその言葉を聞いた途端、持ちうる物を維持できずガシャンッと大きな音を立てて落とした。
作っていたカレーの鍋がグツグツと音を立てているというのに。炊事場の雰囲気は冷たく真逆であった。
エピチカというのが炊事場で働く雑用見習いの小さな女の子でなければ、こんなにも騒がしくなることはなかっただろうし、こんなにもあたふたと大人達が心配に包まれることもなかった。
パタパタと炊事場に来たエピチカに大人は心配を隠すことなく、何があったのかと訊きながら近寄る。
円の中心で、悪いことじゃなかったよ。と言うエピチカの言葉を素直に信じられれば誰も苦労はしなかっただろうが、どうにも不安は拭えない。
「何があったのか、私たちに言える範囲で教えておくれ」
「本当に悪いことじゃないの、御当主様のお連れになられるお客人の身近のお世話係に指名されたんだって」
エピチカの人柄の良さは周りに居るものからしたらお墨付きではある。
でも、アウスが直々に指名したなんて、減ったとはいえ相当数居る使用人達一人一人の名前と顔を覚えていなければいけないはず。そんな人並外れたことを……
「御当主様がエピチカを……?エピチカは御当主様と繋がりでもあったか?」
「うん、私のパパママは元奴隷の獣人で救われても居場所が無かったけど、御当主様がパンを盗った私を叱って買ってくれて、金平糖をくれて。十三からなら公主邸は仕事を用意できると教えてくださったの」
エピチカが十三で働く為の働き口を求め、リュドヴィクティーク邸に来た時は募集部門がちょうど無かった。
申し訳ないのだがと断ろうとした当時の担当者にアウスが裏で手を回し今の炊事場の雑用見習いとして雇うことになった。
まさかそんな恩人から直々にご指名とあれば若いエピチカとて断わるなんて選択肢はなかった。
炊事場の大人達は不安は残れども、受け入れるわとエピチカの昇進を喜んでくれた。
「エピチカ、もしもそのお客人に意地悪されたらすぐお言いね?私たちが反撃してあげるからね」
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