龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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2.再開期

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 聖女が国から居なくなる、その意味を若輩と呼ばれるアウスやエルメ、シックス達よりも歳上なオズモンドやノルマンが知らないはずがない。


「……えぇ、お恥ずかしい話ですがエトワール家が判断を下そうとも娘が聖女である限り逃げられない定めも多いでしょう。
 けれど公主様、お忘れなきよう。私達はエトワール伯爵家なんです。
この国で公爵や侯爵という存在が王族関係者以外で使えない以上、王族を除いた序列で一番上なのです。
多少無理難題であろうとも私たちにはやれるのですよ」


 オズモンドの言葉に含まれた想いはきっと親にならなければわからないのだろうとアウスは客観的に感じた。
もし、ラウリーと奇跡的に結ばれた未来があるとして…子どもが産まれたとして…その子どもが他者に無意味に傷つけられたとしたら。

 オズモンドの怒りが少しはわかる気がする。

 公国の人間には、王国の道理は理解しようともわからない。わかったとしてもわからないと言うのが妥当で然るべきなのだ。

 ノルマンは全てを聞いた上で引き留めることもしなければ、オズモンドの言葉を塞き止めたり顔をしかめて圧をかけることもなにもしなかった。マリアも同様であった。
 二つ返事で承諾をしたいアウスであっても国間で気軽に出来ることと出来ないことはどうしても生まれてくる。聖女の所在については流石のアウスであろうとも雑には扱えない。


「……父の意見が本来であれば許されない事であると私も理解しております。
ですが王宮に来る道中で私が見たものは身分を履き違えアポイントを取らずに我が物顔で王への謁見を門で騒ぐ者達です。きっと我が家にもその者達は集っていることでしょう。妹の療養にはその者達を入れぬ公国が最も適任であると愚考致しました」


 オズモンドの言葉を捕捉するようにランゼルも言葉を続けた。二人の意見はアウスも理解できるもの、理解できるからこそ何も言えなかった。
だからこそアウスはキツい言葉と知っていても言葉を伝えた。


「エトワール伯爵の言葉、血縁がもう居ない私でもその痛みや苦悩等心中お察し致します。ですが、やはり私が私の一存で決める事ではないと判断しました。
今回の一件、王国の者が投げた『たかだか』一つの石であったとしても国が一つ滅ぶのに理由としては十分になるのです。
同様に聖女が身の安全を保護するという真っ当な理由をつけていたとて、理解できぬ者からすれば一存で決めたこの動きは『聖女誘拐』と捉えられても仕方がないことになる」


 それは、と言葉を上げ椅子から立ち上がったランゼルを言葉で制止したのはオズモンドであった。
マリアもアウスの言葉になにかを言いかけたがノルマンがそれを制止した。

 この場に居る者全員が分かっている。国と国の間で物事を一つ決めるのには膨大な時間と手間が掛かることなのだと。
けれどそれを大々的にしてしまえばラウリーが静養するために必要な極秘で公国に移動するという事象が出来なくなってしまう。


 ノルマンはずっと黙ってまるでアウスを試すように様子を窺い続けたが、アウスの返答に満足はしたのかマリアを制止後、纏まったかと溜め息を吐いた。

 アウスはノルマンの言葉を聞いた直後、エルメには公国に戻り裁判に向けての準備をと言い、ユルには『デフィーネに以下の人物達を呼び出すこと』を伝えネスタとシザーを残し公国に戻るように指示をした。
キディは最後まで粘りここに残ると騒いだが、ユルに引きずられるように退室した。
ノルマンは人数が減ったことを確認した上で『これからの動き』だと名目付けて話を始めた。


「アウスの答えが及第点であったからこの先の動きが決まった。助かったなオズモンド。此処に居るもののみで他言無用で………」



 オズモンドとランゼルはこの際出された条件、書面に喜んで署名した。
ノルマン、マリアも書面の制作側でありながらも、署名しアウスも確認し署名した。
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