龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
73 / 116
2.再開期

25

しおりを挟む

 『ラウリーの意識が戻りました』
王宮へと馬を走らせるオズモンドの元へ届いた白い伝書鳩に括られた手紙に書かれていた。手紙の下にランゼルのマークが入っていてオズモンドは無条件にその手紙を信じた。

 エトワール邸では、末息子と学院にまだ入学前の娘と共にラウリーの悪いニュースで身体を壊したシャルロットが情報を待っている。


 ラウリーが襲われたと連絡が入った時のオズモンドには、何故だかは説明できない『何度も味わってきた苦痛を味わっている感覚』に支配された。
オズモンドからしたらこの世界は人生一周目のわからないことに溢れた楽しい世界であるというのに。

 仕事を途中で部下に引き継ぎノルマンに申請書類を手書きの雑な字で早馬に渡し行動に移る。




 帝国との国境付近での貿易の最中。
王国は小国を取込み以前よりまた領土を広げ大陸の上半分を得た。
地図で大陸を見下ろした際に向かって右側に帝国と公国。左側に聖国やその他の小国や集落が存在する。
王国は地図からしてもこの大陸一、支配率の高い国であると見て取れる。

 そんな大陸で重要な貿易となるのが食料品。
大国と呼ばれるようなここでいう公帝王国がそれぞれ海に面しているが、小国の中には面していない国も存在する。
魚で得られる栄養素を接種するのが難しい国のため、王国として出来ることを、という仕事の一環をオズモンドは担っており、一年の多くの時間を国中移動して実行していた。


 そんな国家間でも重要な仕事の途中で駆けてきた部下にラウリーが襲われたと聞かされた。
本来であれば、シャルロットに一任し息子で次期エトワール伯爵となるランゼルに任せてオズモンドはオズモンドの仕事をするべきなのだと思う。
 だが、それがどうしても出来なかった。
部下にこの場を頼むとオズモンドらしからぬ頭を下げる行為まで躊躇わずやってみせ、駆け出すように馬に乗ったのだった。



 一方、ランゼルの方ではラウリーが目覚めた事でその場自体は張り詰めていた空気が少し落ち着いた。
長い夢でもみていたかのように、寝起きは朧気ではあるものの意識も確りと確認できた。


「……ラウリー、無事で良かった」


 ランゼルは込み上げてくる涙を見せないように強がりつつも妹の目覚めを喜んだ。
目覚めたことをすぐにオズモンドに知らせるべく飛ばした伝書鳩もじきに届く。そうなればオズモンドのことだ、きっと王宮へと向かうはず。
 長男としてある程度の父親の行動に勘が働く。きっとこうするはずだろう、というのが大抵は正解になる。


「王妃様、不躾なお願いではありますが私を王宮に連れていっては貰えませんか。ラウリーは大事をとってエトワール家が世話になっている病院へ一時向かって貰い治療をしてもらうので、送り届け次第国王陛下と同席しているであろう公主殿にもお会いしたい」


 ランゼルの言葉にシェルヒナだけが悲しい顔をしたが、仕方のないことであると飲み込んだ。
ラウリーはシェルヒナの手を握り、トントンと指で優しくシェルヒナの手の甲をたたくことで慰めた。


 王宮へと行くと決まれば動きは簡単になり、早急な動きで全員が移動を開始する。
ラウリーはランゼルに抱かれ、馬車へと向かえばその馬車はエトワール家おかかえの病院へと足を進めた。従者を信用していない訳ではないもののランゼルはギリギリの所までその馬車の後ろを追った。

 その姿はマリアには妹を大切にする理想の兄の姿として映る。


「……妹想いだなんて綺麗事ですよね。
 我が家に聖女がいる、それだけでエトワール家の現代が栄えていると言われます。だが、俺は妹が別に聖女じゃなくたって栄えていたと信じています。

 ラウリーには聖女という役目を棄ててもいいから幸せになって欲しい。俺の願いなんです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...