龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
71 / 116
2.再開期

23

しおりを挟む

 医者はラウリーの治療の際、肩に今まで見たこともない痣を見つけたとマリアに伝えた。
すぐに確認をと見たマリアはアウスと何かで繋がっていた可能性を感じ、深刻化が懸念されない場合はそのままで経過観察ということでと判断した。

 傷はどれも深くは無く、脳にも異常は見られないと医者は診断付け、ショックが強かったことで気絶しているのだろうと。落ち着くことができれぱ目が覚めるでしょうと言葉を続けた。


 ランゼルが学院に来た時、学院は静けさで見知った世界とは姿が違うようであった。
教師が保健室へと案内をし、マリアとシェルヒナそしてベッドで横になり目を開かないラウリーと対面した。

 学院は寮生活になるため年末や四季の休み以外で会うことはなくなる。
数ヶ月振りに会った妹は顔や見える範囲に傷を負い、起きる気配も無かった。


「……王妃様、妹は何故。なぜ虐げられたのか分かる範囲、我々に言える範囲で構いません。どうかご教授頂けますか」


 言葉から伝わる殺意に似た怒り。前回、奴隷となり二年以上別れていたということも記憶にあるマリアとしてはその怒りが理解できてしまった。その怒りの対象の中にマリアやシェルヒナも含まれるということも。

 マリアは言葉を選べる状況ながら選ばずに真実だけを伝えるという選択をした。前回の贖罪も含めた言葉で誠心誠意説明した。
 ランゼルからしたら理解できなかったことだろう。

 神から二つ目の名前を貰い国から認められた聖女が、学院にいた二つ目の名前も国からの認可も貰っていない者の戯れ言に惑わされた者に傷つけられ、更には『魔女』だと爵位も無視した侮辱と石を投げられ顔を切られるという暴行まで受けたのだ。怒らないわけがない。


「王妃様はこの件どうするおつもりですか」


 ランゼルの問いは被害者の関係者にとってごもっともと言えるものばかり。一言でも回答を間違えれば、怒りは復讐へと姿を変える可能性もある。
マリアとて馬鹿ではない。慎重にかつ迅速に答えを出さなければならなかったがこの件は既に決めてあるも同然であった。


「既にノルマン……国王陛下の許可の下裁判を行うことは決定しています。罪状は『聖女暗殺未遂』と『公国の主への暴行』の二点。
 関係者及び実行、傍観、主犯と人数があまりに多いことから順次事情聴取をし、ある程度纏まり次第執り行う予定でいます。
 また、今回の件に関わった全ての者は現時点で全員勾留所に移動は済み、各家庭に連絡も済んでいます」


 こちら側の慢心が生んだ事態ゆえ、なんとお詫びすれば良いか、と言い淀みながらも頭を下げたマリアに怒り心頭であったランゼルも段々と落ち着きを戻し王族が頭を下げているという非常事態に焦りの方が強くなった。
 謝らないでください、王妃様のご尽力は聞き及んでおりますと今更ながらのお世辞もきっと無意味だったのだろう。


 少しだけ無言の時間が続き、落ち着きもある程度戻った頃。ランゼルは疑問に頭を支配され、聞かざるを得なくなった。


「……何故、妹の件に公国の主が関わってくるのですか」


 当たり前の疑問ではあると思う。
ランゼルからしたら聖女暗殺未遂と公主への暴行が同列に並ぶことすら可笑しい話。
公国の主が王国で暴力を受ける状態など想像もつかない。

 マリアはラウリーとアウスの関係を上手く説明することは出来ないと思った。
前回既に会っていて匂いがわかるから、なんていう話をしたとてファンタジーのフィクションと捉えられて終わるなんて想像に難くない。

 言える範囲でしか。

 ラウリーはアウスの運命の番であること。アウスがラウリーに手紙を出していることは伏せ、アウスは運命の番であるラウリーが虐げられているのを血の匂いで感知し守っていたこと。
そんなアウスの鱗の事を見た生徒達は黒龍をアウスではなく魔女の使いの災いを呼ぶ魔物だと言い同じ様に石を投げたこと。


 ランゼルにはどのように届いたのかわからない。突然隣国の長が彼女は運命の番だと妹を指定したと思うのかもわからない。
それでもマリアに言えることはアウスがラウリーを守ったこと、その理由は番を守る動物的本能が強かったことを伝えなければならないということ。


「……王宮に公主がいます。お話を望むのならお連れします」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...