龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
61 / 116
2.再開期

13

しおりを挟む

 シザーは決して空を飛ばない。
一度抜けた鱗は治療してもほぼ治ることはなく、シザーの過去のように無理やり鱗を剥がされたとなれば、傷痕もしっかりと残り空を飛ぶ為に龍化するたびに残った鱗が皮膚に刺さり痛みでそれどころではなくなるだろう。


 けれどそんなシザーが空を飛び王国に、しかもノルマンに会いに来たのはアウスが王国に来ることを切望し、こともあろうに興奮ゆえか龍化し飛び去ろうとしてしまうという非常事態ゆえ。
色ありのエルメしか対抗が出来ず、その場にいた王国に最短かつ最も時間の掛からぬ方法で行ける者がシザーしか居なかった。


 シックスの中でも一際シザーはアウスへの忠誠心が強い。
ユルのようにある程度の年齢の時から共に過ごすようになれば情が湧いて親しくなるのかもしれない。
けれど、シザーは違う。多くの者が見て見ぬふりで過ぎ去った中でアウスだけが過ぎ去らずに手を差し伸べてくれた。行き場も無くなり空もろくに飛ぶことが出来ない役立たずと言われてきたシザーにシックスという居場所もくれた。


 シザーにとってアウスに見限られることは死を意味し、アウスが望むことこそがこの世界でもっとも優先されるべきことだと。


 ノルマンは空から飛んできたシザーに嫌な顔一つせず応対をした。
アウスが龍化し暴走している為に書面等の正規の手続きが難しかったこと、空から突然で申し訳ないことを謝った上で、アウスの暴走を止める為にアウスが望む『学院への来訪許可』を求めた。


「……良いよ、暴走している龍が落ち着くのなら。ただし理性を取り戻したアウスが王宮に来ることを条件に」


 ノルマンは返事をさらっとした後、一枚の書面になにかを書き込みシザーに渡した。
龍となったアウスの元へ急いであげな、と見送ったノルマンにシザーは深く頭を下げて再度龍となり強烈な痛みの中、公国へと飛んだ。


 この世界で最も早い者は龍だろう。
地上で早い獣人も障害物だらけでは時間を有するが空には遮蔽物も障害物も無い。ただ一直線に目的地に飛べる、予想より早く到着が可能。だからこそ奴隷だった龍人族は移動手段として使われることも多かった。

 奴隷の時代は終わったのだ。


「……はぁ…はぁ、っ。エルメさん貰ってきました」


 背中に走る痛みは暴走して押さえつけられているアウスを見れば気にしてなどいられない。
龍人の番に対する異常な執着心、アウスの暴走はまさにそれであることはこの場にいるシザー、エルメ、ネスタには分かっているが、アウスの番に関しては何も知らない。
ただ、アウスの譫言のように言った『王国』『学院』でマリアがいるあの学院だろうと想定を立てて許可を取りに行ったがそもそも間違えていたら今回のシザーの働きは無駄になる。


「…ありがと…って、アウスッ」


 エルメが第一段階がクリアできたことに安堵し緩んだ力を振りほどくように黒く大きな巨体が天へと向かい昇り雲に飲み込まれ消えていく。
エルメは大きな溜め息を吐いて、これは直ぐに向かわないとだな。と困った表情を見せシザーに連れ出せる者は向かうように伝えてくれと一言残し、アウスを追って天へと昇って行く。

 シザーはとても悩んだが、デフィーネの方へ行きユルに状況を説明しシックス達の動けるものを王国へと向かわせる。
キディやネスタはとても愉しげに王国にあるとある食べ物を買えるかなと旅行気分ではしゃぎながら準備を進める。


 ユルは誰も居なくなったことを確認し、地面の影に向かい「行くぞ、御当主の大事だ」と言えば影が微かに揺らいだ気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

処理中です...