60 / 116
2.再開期
12
しおりを挟むリュドヴィクティーク公主邸はネスタから聞いたように想定外の事態に騒がしい。
突然、予兆もなしにメイド長が腕を切断する状態になりそして一人死者が出たとなれば不安で騒がしくもなる。原因不明であることが何よりも心をざわつかせる。
空中から龍の姿で戻ってきたアウスと後ろから追いかけるようにやってきたエルメを見て使用人は安心感と底知れぬ不安を爆発させた。
「御当主様ッッ大変なのですッッ」
次々に出る言葉を一つ一つ拾い答えるには身も耳も足りず半数以上は相槌のみでも反応を見せながらアウスは真っ直ぐデフィーネがいる医療室へ向かった。
公国にいる医者を集めラウリーを救うことが出来た医療設備を整えた部屋でデフィーネはベットに横になりながら完解毒薬を点滴していた。
医療チームの後ろで影を薄めたユルが見えたアウスは少し話が聞きたいから医療チームは一時休憩も兼ねて外に出ていてほしいと言った。
ゾロゾロと扉の外へと出ていき扉がしまったのを確認したアウスは「何があった」と問うた。
エルメはデフィーネと数回顔を合わせたことがある程度だったが、腕を切断する程の重症にも関わらず下着を脱がずにいるのか疑問でならなかった。
男がいるからと言われてしまえばそうか、となるところではあっても治療に最も邪魔なものであることには変わり無い。
「……申し訳ございません、無様な格好で……何があったのか説明が出来ない程に突然テストルの毒にやられ腕を失いました」
デフィーネの説明はエルメを混乱させ、アウスの眉間の皺をひとつ増やした。
エルメはどうして一般のメイドがテストルを知っていて、更にはその対処法まで存じているのかと疑問を漏らした。その疑問に答えるためにはデフィーネの過去を開示しなければならない。それに腕を切断したユルの存在も何もかもを提示した上でエルメからは何も得られない与えるだけの情報となれば無駄にすらなり得る。
けれどデフィーネは一切の躊躇いなく「私が元奴隷だからですよ」とエルメに言い切った。
エルメが驚いたのはデフィーネが元奴隷だったからでも、それを躊躇いも隠そうともせず言い切ったことでもなかった。
アウスの両親は栄誉ある奴隷解放の要となった方々ではあるが息子であるアウスは口には出さずとも反奴隷思想の持ち主であることは暗黙の了解に近い認知であった、
そんな彼が奴隷をメイド長という名前ある立場に置いていること、それに一番驚いてならなかった。
「……毒は体内から発生した、と医師に言われました。飲んでいた紅茶や触れたペンなど全て検査をかけたけれど何も出ず、同タイミングで亡くなったノバも同じ様にテストルである可能性が高いとも。彼女は男爵家の生まれですゆえこの毒など知識にもなかったことでしょう」
事細かに説明をしたデフィーネの言葉でふと、アウスの心が陰る。その底知れぬ不安は自分自身にではなく形容しがたい難しい違和感に近い。
何かの合図でもあったかのように、戻ってきたシザーはまっすぐにアウスの元へ足を進め、マリアから言われていた伝言である『彼女はまだ人ではない』という言葉を耳打ちした。
不安が明確なものへと変わっていくにつれて、足が自然と王国へ向かうよう訴えかける。
そんな空気に気づいていないのか、エルメはテストルが人体で突然生成されたことに疑問を強く抱いていた。
「……テストルは、ユスカと呼ばれる民族でしか栽培が出来ないと言われる魔物よけに使われるそもそもが毒の花。その毒を抽出しカプセル状にしたものがテストルだ。
人の手でなければ作ることが出来ない劇物だ。王国の趣味悪たちが遊びで作ったものを人体で突然生成した日には自然界が敵に回ったか神が殺戮を好んだかしかないだろうな」
アウスの別の事に奪われている思考はどんどんと深く嫌な方向へと曲がっていく。
『もしあの紙に誰かがラウリーの名前を書いてしまったら』
きっと毒から逃れる方法を知らずに彼女は苦しみに苦しんで命を落とすことになるのだろう。
聖女とはいえ、ただの人間であることに変わりは無い。
龍人のように毒を分解出来る胃酸があるわけでも、獣人のように毒に反応できる嗅覚や舌があるわけでもない。気付かずに摂取して滅びいく、悪い想定しか浮かばない。
アウスは脳内の考えがドロドロと流れ出すように口にした。
「……王国に行きたい、助けられるのなら……今度こそ」
1
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説


比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる