龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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2.再開期

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 デフィーネの使用人の整理の同日に遡る。
シックス達含む戦争に出兵していた者が行進し帰還した。国は歓喜に満ち溢れ、当分は覚めぬであろう夢の中。

 そんな外と温度差がある公主邸に戻ってきた者は何事かと眉を潜める。
ユルは流れるようにデフィーネの元へ行き「何事か」と単刀直入に訊いた。デフィーネは突然後ろから声がしたことには驚いたがすぐに立て直し「当主の命令に従っているだけよ」と答えた。

 もうその時には、デフィーネは多くの者を切り捨て裏門から順次出している最中であった為慌ただしい。
戦勝の喜びに浸るのは今ではないらしい。


「…使用人の多くが真面目に働いていると自惚れていたわ。アウス様は整理整頓をと言ったけど私の思考も生温いと言っていたのね……お役に立てないなんて悔しい限り」


 デフィーネがふと漏らした弱音は、ユルにしか聞こえない。ユルも別にそれに返事をするわけでは無いにせよデフィーネの側から離れるのは今ではないなと窓辺に腰かけた。


 ……ポタッ………ポタッ………

 数分ほどの沈黙を破った何か水が滴る音。一定間隔ではない音に反応したのはユルだったが場所を特定するのにほんの数秒時間がかかった。
 その水音がデフィーネから出ていると気付いた瞬間に嫌な予感に包まれてデフィーネの肩を掴みユルは自分の方へと向ける。

 戦闘における、プロでなければならない影の存在であるシックスが刺客を見つけられなかったなんて話はあってはならないはずなのに、デフィーネは酷く苦しそうにもがきながら口から血を流した。

 咄嗟のことゆえ瞬間的に怯んだユルの服をがっちりと掴んだデフィーネは強く力んだ声で「…テストル」とユルに伝えた。
ユルも知っていたテストルと呼ばれる毒。それは自然に生まれることの無い人の手で作られた人工の毒。
必ず身体の一部が壊死するが場所さえ分かれば、そこさえ切り落とせば広がることの無い分かりやすいものではある。

 デフィーネは瞬時に自分の身体で唯一既に感覚が失くなった左腕を捲りユルに見せれば、毒で確かに壊死したのが晒される。「ごめんね」と一言の後ユルはデフィーネの腕を切り離した。


 二人が元とはいえ奴隷だったから知っていた情報。
拷問や遊びで貴族が使うことの多かったテストルだったからこそ落ち着いて処理できたこと。
不本意ながら二人は自身の過去を良かったと思った。


 ただ、対処が出来たからこそ謎に思う。突然何も無いところからテストルは生まれない。人工の毒だから。
ユルは外に緊急を伝える鐘を鳴らし「すぐに調べる」とデフィーネの元から移動する。
毒素は抜けていないにせよ、もう回らぬ毒にデフィーネも安心したように移動を許す。

 デフィーネはすぐに治療にまわり片腕は失くなれど命に大事はなかった。



 シックス達が集まる部屋。小さいながらも三人足を伸ばして座れる空間で、ユルはネスタに「テストルが自然発症することは」と単刀直入に訊いた。
ネスタは「あり得ない」と断言し、話を聞いていたキディが「何?盛られたの?」と煽った。
流石に隠す必要性はないことからユルはデフィーネにあったことを伝えると、中々に嫌な空気がその場に流れる。


「…暇をもて余した貴族が奴隷を痛め付け遊ぶために用意したのが『ふざけた毒』だ。たった一ヶ所身体の何処かを壊死させ、その箇所を切り落とせぬ腑抜けは徐々に壊死の箇所を増やし量にもよるけど大体二十四時間をかけて死に至らしめるものだ。
この毒の特徴は一気に進む、自然発症する、解毒する。この三つが無いこと。
 メイド長殿が毒に侵食されたとなれば、誰かがなにかしらで手を加えなければあり得ない」


 ネスタは元奴隷商。奴隷ではないにせよ、奴隷のことは理解できる。寧ろ奴隷だったもの達をいたぶり楽しむ貴族側の意見を最も知っているようなもの。
 そんなネスタがあり得ない、と言い切ったのだ。想像もつかない悪意が有ることは確かな事だろう。


 ふと、キディが外の騒がしさに耳を奪われた。
「お外お祭りかねぇ」と窓の方を向いていたが、あまり気が乗らないのか座ったまま立つ気配はない。
けれど外の音だけは復唱して全員が把握できるように優しさを見せる。


「……大変、ノバが、毒、息が……ない」


 聞こえた単語だけで不穏さが隠せない状態に、流石のユルも見逃せなく、ネスタにアウスの元へ走り現状の報告をと各々の動きを指示した。
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