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2.再開期
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しおりを挟むデフィーネが行った使用人の整頓の結果、とても多くの不正や汚職にまみれた世界があることを痛感した。
広く大きな屋敷で全員の全ての動きなど見れる訳ではない、そんなことは人であれば当たり前だというのに。
特に汚れた整理に最も手が付いた場所は清掃の者達。
窃盗、改ざんは数えるのも馬鹿らしくなる程に常習であることがわかり、更にいえば他の場所で悪事を行い整頓することが決まった者よりも反省や更正が望めないというのも特徴としてあった。
「私は指示されただけなんです」「いいえ、私は何も悪くありません」
人が窮地に立たされた時にする醜い闘い。少しでも罪状を減らし人からの恩恵を手に入れるため、同情を買えるように事を大袈裟にさらには他人を巻き込んで騒ぎ立てる。
デフィーネはその景色を嫌という程見てきた、味わってきた。けれど、だからこそ言えるのだ。『言い訳は自分の首が飛ぶのを早めるだけだということ』を。
デフィーネは奴隷出身。三歳の頃に貧困街で暮らす両親がご飯代を稼ぐために売った。
リュドヴィクティーク夫妻に救われるまで十年と少し奴隷として過ごし、生きるために汚いことを沢山してきた。
他人から奪うことだけは覚えてはならないと、奴隷の中でデフィーネにデフィーネという名前を与えた年配の女性は教えとして授けた。
「貴女はとても綺麗で指先も器用、この生活が終われば貴女は引く手あまたになると思うわ。だから今はどんなことがあっても悪に身を染めてはダメ。私と共に戦いましょう?」と言ってくれた年配の第二の母のように慕っていた人は貴族の泥を落とすために敷くカーペットのように這いつくばって、命を落とした。
十三になる頃、リュドヴィクティーク夫妻が当時デフィーネのいた奴隷館の摘発をした。
母のように慕った彼女が亡くなって二年、埋葬すらもされず暖炉の薪のように火を炊く材料となった彼女の遺品である小さな石を持って逃げ惑い争う奴隷の中、端で座って「もう終われる」と時を待った。
摘発を知った奴隷館の者は出来る限りの奴隷を消して罪を軽くしようと逃げ惑う奴隷を前から順に手にかけた。
「私はあの子に押されて」「私は逃げようだなんて考えていません」「殺さないで」
自ら率先して出ていったのに窮地になった瞬間に饒舌に動く舌は本当に立場を越えても一緒で。
リュドヴィクティーク夫妻はそれこそが人間であり、貴女のように達観していられる方が珍しくて凄い。と笑いながら手を差し伸べてくれたが、デフィーネにはそんな優しく寛容な心は持ち合わせていない。
「……口は災いのもと、という言葉を知っているかしら?窮地に陥ると人は他者を押し退けて自分だけは助かるようにするの。それは人間の生存本能がそうさせるわ。でもね、言葉に責任を持てないのならそもそもそんな愚行しなければ良いだけなのよ。
御当主に貴女は今と同じことを言えばいいわ、御当主は嘘だと判断した瞬間に貴女のことを切り捨てるけど貴女は『指示されただけ』なんでしょう?何も怖がることないわ」
メイド長という立場、下の者に舐められてはならないという立場的な威信も片隅にはあれど何よりデフィーネにとって命を救いいきる場所をくれたリュドヴィクティーク夫妻、兄妹のように守りもし使用人が嫌であれば爵位をと喜んで提示してくれたアウスを軽んじる行為はどんな拷問よりも苦痛で許しがたいもの。
容赦なく切り捨てた使用人は数十名になり、デフィーネは自身の未熟さを痛感しながらも、アウスが戻るまでにより良い組分けで仕事の効率を上げるため必死になった。
辞めさせられた使用人の一人、ノバは荷物を纏め今日中に出ていきなさいと言われたことに腹をたてたが憤りを当てる先がなく荷物を乱雑に放り投げては出ていかなければならない現実を受け止めきれずにいた。
ふと、ノバは鞄の中から小さく飛び出す二つ織りの紙を見つける。引っ張るようにして出した紙は広げて手のひらサイズで『何かあればこの紙に助けを』と書かれていた。
こんな紙をもらった記憶はない、賭場や盗んだ宝飾品を売る売人の所で貰ったのか……思い出せず、しかも誰からのものかも思い出せないとなれば信用性は全く無いに等しい。
ただ、なにもしないではどす黒い心はどうしようもない。『メイド長を消したい』と書くと文字はすぅっと吸われるように消え、消えた所から滲むように『どうやって?』と文字が浮かび上がる。
ノバは本当に出来心で『最も残酷な方法で』と紙に書いた。
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