龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
54 / 116
2.再開期

06

しおりを挟む

 深い眠りから覚めたような脳の爽快感。
今までの全てが走馬灯のように流れては、現実が現実とは思えないほど繰り返されていることに気付く。

 アウスが目覚めたその場所は、戦争真っ只中の血と硝煙の臭いに包まれた絶望の場所。
反奴隷制度を利用し、暴虐の限りを尽くす小国との戦争の渦中。

 シックス達もレンとティカを除き総員同道し、別場所にて力を尽くしている。
普通の人間とは相容れぬ、頭一つ抜けた背の高さ、強さを誇るアウスには一般的な普通の人間程度では敵わない。
怯えに包まれたアウスの周りはアウスに思考時間を与えられる程に動きがなかった。


 『今度こそ守らねば』


 思い出す、あの卒業パーティーの前からルドゥムーンに奪われ顔を見ることも最後に抱き締めることも出来なかった愛しい人。
今回もきっとウィリエールはラウリーを虐げるだろう。

 聖女として存在だけで崇められ、周りの人間には尊まれ、最初はあったかもわからぬが既に無くなった愛情を反映される事なく半ば強制的に、自分よりも優れた聖女という存在と結婚しなければならないのだから。

 アウスの知るデクドーと瓜二つなウィリエールであれば、『聖女のお飾り』となる結婚など不快でしかないはず。
メイアが今度は敵か、味方か……それだけはわからないところだが。


「…シザー、拠点に戻る」


 近くでアウスを護衛していたシザーに声を掛け、拠点となるテントに戻れば、早急にやらねばならないことにアウスは手をつける。
 文を四つ。
宛先は『センガル』『マリアとノルマン』『エトワール家』そして『ラウリー』
ラウリーへの手紙はアウスらしからぬ緊張で書く手が震えた。言葉を間違えることの無いように。

 今度こそ必ずや幸せにし、アウスに笑い掛けて貰えるように。前回、出来なかったことを。

 書いた手紙をシザーに渡し、帝国一通と王国へ三通の手紙を渡すように言えば戦争中に両国への仕事関連の連絡なのか?とシザーは首を傾げたが口にする事なく、承諾の旨伝えれば足早に手紙を渡しに向かった。


 アウスの記憶の中のラウリーは一言も喋らず笑わず。
たった一度だけ感情を露にしたのは家族との再会で泣いたときくらいだろう。
自己犠牲精神が強いとギルティアも言っていた。
一刻も早く、苦しいのなら救えるように。アウスが今の自分に出来る全ての力を使って。


 戦争の全てを既に攻略している、というのはアウスにとってはあまり喜ばしいものではなかった。
仲間の死、裏切り、それらは避けようがないものだったりする。ある程度の被害を減らせても、それでも過去失った者の半数以上が同様に亡くなった。
物語の強制力と言われればそれだけの話だが、人格を持ち今は自分の意志が反映された世界での強制力は酷いものだ。

 前回よりも二ヶ月近く残し、戦争は終戦した。
そして戦勝の凱旋でアウスはラウリーに会ったのだ。
今度は奴隷なんかではない姿で…今度こそは間違えることなく正しい言葉を選択し平穏を贈れたら。


 他にも、記憶を有した者がいる。という良い報せはシザーが持ってきたスカビオサのシーリングスタンプで綴じられた手紙が告げていた。
 公国で凱旋はしないことにした。アウス以外は国の体面もあるため行進だけはするとしたがアウスは出来るだけ早く帰城し、もしかしたら既に記憶を有している誰かの力になるために。

 デフィーネ達含む使用人はアウスの早すぎる帰還に驚いたが、何かを伝えたりなどする暇なくアウスからの「使用人の整理を」という言葉を受けた。
ただ、役職を整理整頓するように整えろという意味ではなく必要な人材以外切り捨てろという意味だとデフィーネは汲み取った。
アウスとは長年側に仕えてきたのだ、ある程度の意味合いは読み取れる。


「すぐに使用人名簿の用意を、次に当主がお帰りになられた時に満足頂けるように」


 記憶は無い、継続したものはこの世界の三大柱とその祝福を受けた限られたもののみ。
なのに、どうしてこんなにもアウスの心は乱れ穏やかではないのか。説明のしようも無い複雑なものだった。


「………リュドヴィクティーク殿が王国へ書面を…?すぐに内容を調べろ。喜ばしいことだぞ、戦争がまた一歩近付いたやも知れん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...