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2.再開期
04
しおりを挟む柔らかな風が吹く、帝国の穏やかな気候も相まってその日は一際寝息は静かに流れるように。
いつもよりも数分遅い起床。
そのたった数分に流れ込んだ夢とは思えない生々しい情報に、穏やかさなど消え去って汗だくで起き上がる。
夫たちは全員動いていて誰一人として寝室には居ない。いつもであればすぐに脳は理解し寝過ごしたと少し恥ずかしげに起き上がって挨拶をするのに、今日に限りそれすらも真っ白でまるでパニックにでも陥ったように平静を保てない。
大きな声で叫ぶ名前は、ギルティアから聞いた物語で決して呼ばれることの無かった夫たちの名前。
『センガルの夫』と名前が表に出ることはない、その事実が…出ることなく物語の進行上仕方なく死を遂げるモブだと告げていた。
男を信用などしていない、そんなセンガルでも長く傍に居続ける夫たちの名前を無いものにはできなかった。
エルビス
ユーステッド
フェイ
ジェイズ
ダリオ
ルーマラス
ハベル
一人一人の名前を呼んで一人一人が生きていることを感じたかった。
子供じみた事だと他人事のように見ては、こうでもしないと落ち着かない心と闘うような気分にセンガルは支配されていた。
普段とは明らかに違う、非常性が高い状態に使用人含め夫たちもあわてふためいたように寝室に駆け込んできた。
エルビスは「メフィー、どうしたの」と駆け寄り
ジェイズは「怖い夢でも見たのかい」と抱き寄せる
ルーマラスは「ユーステッドとハベルは視察に行っている」と現状を伝え
フェイは「ダリオは王国で今日も頑張っているよ」と微笑んだ
決して、今センガルを囲む男たちはモブではない。
少なくともセンガルにとって、その命は元奴隷だからと軽率に奪われて良いものではない。そう思っている。
奴隷として、センガルは底辺だった。
最後に買われた家で、同じ様に奴隷として買われていたのが夫たちだ。
その家には嫡男が生まれず、娘が多く去勢され繁殖能力の失くなった奴隷の男は玩具のように扱われ嫁ぐまでの一つの慰める手段として使われ、女の奴隷は孕めば子供だけ奪えば良いと鎖で繋がれ良いように扱われてきた。
リュドヴィクティーク夫妻が助けに来た時、やっとこの命終わらせられると喜んだ。
生きなければならないと理解したとき一番に考えたことはリュドヴィクティーク夫妻から貰ったセンガル・メフィ=トスミート・アンテという名前として、奴隷となる前のメフィーナ・アンテ・シシリアという人間の全てを消し去れると信じて動く他なかった。
奴隷としての人生を終えられたその日、アウスの父に抱かれてやっと地獄から救いだして貰えると喜んだが、別室でもう彼らはダメかもしれないと同じ奴隷として数えきれぬ暴力や絶望に繋がれていた彼らを受け入れ夫として傍においたのは…
「……ユーステッド、バベル、ダリオを此処に…もう居なくなってはダメ……」
夫たちが見たこともない弱く、消えてしまいそうなセンガルの姿に、初めて夫たちは動揺しあわてふためいて全員を集める為に書状を用意したりと大忙しとなった。
『親族の大事により一時家に戻って欲しい』
この便りが王国の学院に届いた日、ダリオは奇しくも初めて入った内部調査の最中でマリアとの面談中であった。
ダリオは学院にとある男爵家の嫡男としていることになっている。帝国民となれば奴隷かそうでないかで騒ぎになりかねないこと、そして何よりスパイとして内情を知るために此処に居ることを悟られてはならないから。
「ご家族の大事……メフィーナに何かあったということ?」
ダリオはマリアの言葉を聞いて、全てを知った上で身分を偽るダリオを責めぬマリアに有り難さを感じつつもセンガルをメフィーナと呼ぶマリアの図々しさに苛立ちを覚えた。
「わかりません、如何せん一度戻ふまでは状況が掴めぬ状態です故。皇后陛下との面談中にとんだ失礼を。……ただ、彼女はもうメフィーナではないので訂正をお願い致します。
メフィーナ、ロンダート、テリウス、セファーヌ、コッカー、ドナルド、ルカン、モルダはあの日あの家で、燃え盛る家で罪人と共に失くなった」
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