龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
49 / 116
2.再開期

01

しおりを挟む

 永い夢を見ていたようだ。
慌ただしく走るメイドや貴族達の愛想笑いの音が響く。
あの卒業パーティーの会場とは比にならないほど大きく広い会場にいる者のすべての視線が刺さるように集中する。

 豪華絢爛でなければならない、そう言われ着飾っていたドレスも重くて足が動かない。きらびやかな宝石は光の屈折で輝くようにと大きさもスパンコールのように小さいものではなく、存在感がある大きなもの。
全て、自分達ではない過去のものたちが栄華を誇るための飾りにしか過ぎないと言うのに。


 ……記憶が戻った。
喜ばしい出来事ではあるものの、思い出したタイミングが些か良くない。学院に入学したウィリエールを祝うというなんとも無意味なパーティー会場、来賓がマリアやノルマンに挨拶をしている真っ最中。
 過度に流れてくる『今までの情報』記憶通りであればこのパーティーで長老の面々が次期王は誰かを訊く。その質問にウィリエールと答えることで、ウィリエールは愚かになるのはもちろんのこと、マリアの苦しみは更に増えることになる。

 堪えようにもじわじわと溜まる涙を溢さぬようにしていると、ノルマンはマリアの前に立ち「すまない、王妃が気分が優れぬようで休ませて頂きたい。私は後程戻るゆえ楽しんでいてくれ」とその場を離れる口実を作り、更には決して顔を見られぬように会場から出るまで隠していてくれた。

 休憩室ではなく王妃の部屋まで丁寧に送り、ゆっくり休むと良いと言い離れていこうとしたノルマンの腕を引きマリアは自身の部屋にノルマンを連れ込んだ。

 マリアはノルマンの記憶がどの程度あるのか、わからなかった。
何かでスカビオサの花のマークは無かったか、マリアは脳をフル回転させて思い出すまでの時間を辿ったけれど思い出せる限りでノルマンはまだ思い出せていない。


「………の、ノルマンッ、きっと困らせてしまうだけかもしれないけれど、私ね……私、ウィリエールを王には出来ないと思うの。
それに……学院も……内部調査を……それと………長老たちに……」


 マリアも馬鹿ではない。突拍子も無いことを言っている自覚もある。それでも言わなければならない気がしてしまっては声は気持ちとは裏腹に溢れてしまう。
 もう、ラウリーのような子を生んではいけない。腐りきった王国を建て直せるのなら…

 ノルマンはマリアの言葉を聞き返すこと無く、うんうんと頷きつつ全て聴き終えたら「わかった、そうしよう」と微笑んだ。
マリアからしたら、いつだって全肯定のノルマンの意思はちゃんとそこにあるのかわからなかった。

 いつだって、ノルマンの本当の心はわからなかった。
一目惚れしたと近付いて来た時からずっと、何十年、繰り返される中も合わせればもう数えきれない程の時間を過ごしても尚わからない。

どうして、なんの躊躇いもなくいいよと言えるのか。そして何も聞き返さないのか。


「……ノルマン、私は貴方がわからない。ウィリエールが私と貴方の子でないとしても貴方は『私たちの子』と言う。それなのに王には出来ないと言えば聞き返すこともなく『わかった』と……貴方の本心はどこにあるの」


 マリアの言葉をノルマンは絶対に遮らない。
あの卒業パーティーで、ウィリエールにノルマンは兄だと告げたあの時にマリアですら初めて荒ぶる姿を見たくらいで。それもマリアの心を守るためと言われればとても、美談になりそうな。


「………マリアが望むなら。俺はどんな世界だって良い。マリアが俺の傍にいて笑ってくれる未来があるのなら息子を蹴落とすことも父の命を奪うことも厭わないんだ。
マリアには望むことをして欲しい、皇后という権限を使い自由にやりたいようにして欲しい、それを否定する者がいるのならその首を君に差し出そう。
 安心して。もう二度とマリアが苦しむ結果にはしないから」


 ノルマンの真っ直ぐすぎた言葉はマリアには嬉しいものではなかった。
けれど、その言葉に記憶があってもなくてもノルマンはマリアの味方であることを強く伝えていることだけは理解できた。

 ならば………


「…ノルマン、私今までの罪を清算しようと思うの。手伝ってくれないかしら」


 ノルマンは柔らかな笑顔をマリアに向けた。
「わかった、君が望むのならいくらでも」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...