龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 マリアの言葉は、アウスやセンガルを含めたすべての者達の思考を止めた。そしてその意味を理解できた者達の心臓を鷲掴みするように呼吸を止めた。

 ウィリエールがマリア、ノルマン両者の特徴を得ていないのは多くの者が知っている。
ウィリエールは鼻筋が高いが、ノルマンは団子鼻。マリアは化粧で筋が通っているように見えてもウィリエールほどではない。
 瞼もマリア、ノルマンともに一重に対しウィリエールははっきりとした二重。
家族写真を撮っても、似ていないですねと遠回しに言われることも多かった。

 ずっとその件をノルマンは「先祖返り」だと説明した。実際に両親ではなく祖父母に似ることはあり得る。
性格も何もかもがノルマンとは程遠い。


 ノルマンの性格や見た目は母譲り。
王国が本当の意味で栄える前、モディフス王国の隣にはもう一つ王国が存在した。その王国の王女だったのがノルマンの母。
 血気盛んな一族に嫁入りした穏やか性格は淘汰されるのは自然の摂理だったが、彼女の凄いところはノルマンが五つになるまで決して苦しむ姿をノルマンに見せることは無かったことだろう。


 先代国王デクドーは、その類いまれなる知性と容姿の良さ、そして統治力を全て悪い道へ使った。
結果的にとても栄え、バブル時代のように儚くとも壮大な繁栄を見せたのだが反動で消えたものがあまりに多すぎた。
 ノルマンの母の故郷、ノルマンの母の命、奴隷の刻印を受けた者達の自由、外で遊ぶ子供達の笑い声……


 デクドーの悪夢は戦争や奴隷の確立だけではなかった。
『生きたければその身を捧げろ』そんな言葉で繋ぎ止められた若い女の子達から産まれた王族の血を引くノルマンの兄弟は数えられないほどいる。
王宮に呼ばれ、存在が明らかになった者だけでも二十四人。
 そして、その被害にあった女の子の一人が紛れもないマリアなのだ。
 マリアがデクドーにおける生涯最後の者になったことは救いなのか、絶望なのか。


 一番驚いていたのは、ウィリエール本人であった。似ていなくとも家族。決して揺らぐことのない愛情がそこにはあると信じて疑わなかった。
 本能的にどれだけの女性と共に過ごしても心の穴が埋まることはなかった。多くの女性と関係を持ち、多くの「愛している」を聞いてもどれもが無機質で地面に転がる石となんら変わりはないように感じてなら無かった。

 唾を飲み込む方法すら忘れたかのように喉が詰まる。
嘘だと叫べばこの場は収まるのだろうか、焦りと衝撃に頭が真っ白になったまま何も言葉が思い浮かばない。先ほどまでコロコロとつけていた言い訳の嘘もピタリと止まって次の言葉が出てこない。


 泣ければ、どれだけ良かったのだろう。
喉がひりつくほど痛くて、言葉も詰まり、鼻の奥がつーんと痛くなるのに涙は一滴足りとも流れない。
なんで、どうして……聞きたいことは山ほどあるのに思い浮かぶのは怒りではなく呆れに近い。


「……そんなの、設定集に書いてなかった」


 黙り込んだウィリエールの後ろでふと呟かれた言葉がアウスの視線を奪った。
気になっていた「やっと勝てた」という言葉の違和感の点と点がつながる気がした。怒りなのか興奮なのかわからないまま本能的に感じた衝動に身を任せアウスは龍化した上でメイアに掴み掛かり「オ前ハ何者ダ」と声を荒げた。


 ………チリンッ


 小さな鈴のような音。小さいはずでありながら、その場の一人を除く全員が聴こえた音。
音は強制するわけでもないのに、その場に立っているものは膝を着かせ椅子に座るものは座ったまま動けなくなる。


「……やっとみつけた、この世界の歪みの原因」


 黒く染まった髪の毛、光の屈折によって色味が変わるオーロラ色の瞳。少年の姿のその人を見て自然と抵抗する気持ちがなくなっていく。


「……うん、龍の子誘導有難う。獣の子は上を纏めてくれたんだね。マリア、ノルマン辛かったろうによく言葉にしたね。あの子の友人達も、ありがとう」
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