43 / 116
1.回帰
43
しおりを挟むマリアの言葉は、アウスやセンガルを含めたすべての者達の思考を止めた。そしてその意味を理解できた者達の心臓を鷲掴みするように呼吸を止めた。
ウィリエールがマリア、ノルマン両者の特徴を得ていないのは多くの者が知っている。
ウィリエールは鼻筋が高いが、ノルマンは団子鼻。マリアは化粧で筋が通っているように見えてもウィリエールほどではない。
瞼もマリア、ノルマンともに一重に対しウィリエールははっきりとした二重。
家族写真を撮っても、似ていないですねと遠回しに言われることも多かった。
ずっとその件をノルマンは「先祖返り」だと説明した。実際に両親ではなく祖父母に似ることはあり得る。
性格も何もかもがノルマンとは程遠い。
ノルマンの性格や見た目は母譲り。
王国が本当の意味で栄える前、モディフス王国の隣にはもう一つ王国が存在した。その王国の王女だったのがノルマンの母。
血気盛んな一族に嫁入りした穏やか性格は淘汰されるのは自然の摂理だったが、彼女の凄いところはノルマンが五つになるまで決して苦しむ姿をノルマンに見せることは無かったことだろう。
先代国王デクドーは、その類いまれなる知性と容姿の良さ、そして統治力を全て悪い道へ使った。
結果的にとても栄え、バブル時代のように儚くとも壮大な繁栄を見せたのだが反動で消えたものがあまりに多すぎた。
ノルマンの母の故郷、ノルマンの母の命、奴隷の刻印を受けた者達の自由、外で遊ぶ子供達の笑い声……
デクドーの悪夢は戦争や奴隷の確立だけではなかった。
『生きたければその身を捧げろ』そんな言葉で繋ぎ止められた若い女の子達から産まれた王族の血を引くノルマンの兄弟は数えられないほどいる。
王宮に呼ばれ、存在が明らかになった者だけでも二十四人。
そして、その被害にあった女の子の一人が紛れもないマリアなのだ。
マリアがデクドーにおける生涯最後の者になったことは救いなのか、絶望なのか。
一番驚いていたのは、ウィリエール本人であった。似ていなくとも家族。決して揺らぐことのない愛情がそこにはあると信じて疑わなかった。
本能的にどれだけの女性と共に過ごしても心の穴が埋まることはなかった。多くの女性と関係を持ち、多くの「愛している」を聞いてもどれもが無機質で地面に転がる石となんら変わりはないように感じてなら無かった。
唾を飲み込む方法すら忘れたかのように喉が詰まる。
嘘だと叫べばこの場は収まるのだろうか、焦りと衝撃に頭が真っ白になったまま何も言葉が思い浮かばない。先ほどまでコロコロとつけていた言い訳の嘘もピタリと止まって次の言葉が出てこない。
泣ければ、どれだけ良かったのだろう。
喉がひりつくほど痛くて、言葉も詰まり、鼻の奥がつーんと痛くなるのに涙は一滴足りとも流れない。
なんで、どうして……聞きたいことは山ほどあるのに思い浮かぶのは怒りではなく呆れに近い。
「……そんなの、設定集に書いてなかった」
黙り込んだウィリエールの後ろでふと呟かれた言葉がアウスの視線を奪った。
気になっていた「やっと勝てた」という言葉の違和感の点と点がつながる気がした。怒りなのか興奮なのかわからないまま本能的に感じた衝動に身を任せアウスは龍化した上でメイアに掴み掛かり「オ前ハ何者ダ」と声を荒げた。
………チリンッ
小さな鈴のような音。小さいはずでありながら、その場の一人を除く全員が聴こえた音。
音は強制するわけでもないのに、その場に立っているものは膝を着かせ椅子に座るものは座ったまま動けなくなる。
「……やっとみつけた、この世界の歪みの原因」
黒く染まった髪の毛、光の屈折によって色味が変わるオーロラ色の瞳。少年の姿のその人を見て自然と抵抗する気持ちがなくなっていく。
「……うん、龍の子誘導有難う。獣の子は上を纏めてくれたんだね。マリア、ノルマン辛かったろうによく言葉にしたね。あの子の友人達も、ありがとう」
1
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説


王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる