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1.回帰
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しおりを挟むアウスの心の穴は誰にも埋められない。埋められるのはたった二人しかこの世に居ない両親だけだから。
ラウリーともし出会っていなければ、もしも撃たれたのがラウリーでなく別の奴隷だったら。アウスは間違いなく保護という名目で邸にて保護の後救済と名付けて皆を。考えただけでも恐ろしさがある。
支配された感情に改めて向き合うことは難しいというが、本当だ……
センガルが本気で駆けつけた時には呼び出しの連絡より二時間半。
獣の姿で、夫と共にやってきた彼女は躊躇うこと無く「迷いの森に居たのかい?」と訊いてきた。流石に周りの者も着いて早々にする話ではないと内心ヒヤヒヤしていたが、アウスはとても冷静にあぁ、いた。と答えた。
アウスの表情から何かを察したセンガルは部屋に居るものを一時的に外に出し、夫に少しだけ集めて欲しい情報があると何かの紙切れを渡し外に出した。
アウスの落ち込み方はどうにも違和感がある。からかいも含めた奴隷への偏見は直ったのかい?と言葉をかける。
センガルの近くにいて普通に話せる友人のようでありながら、軽蔑の視線を向けられていたことをセンガル自身が一番よく理解している。
今のアウスから向けられる視線は嫌悪ではなく何処か懺悔に近い。
センガルからしたらアウスに向けられたくない視線。憐れみが混じった瞳に嫌気すら差すがそれを指摘はしない。自分で気付けよ馬鹿野郎、という嫌味を込めたセンガルの心を言葉から読み取ったアウスは瞬間的に眉を潜めたがすぐ、そうかもしれない。と向き直った。
あからさまに嫌そうな顔をしたセンガルにアウスは淡く光る小さな石を渡しギュッと握ってみるとわかる。と言った。
奴隷嫌いのアウスを知っている、その嫌いの眼差しで見られ続けてきたセンガルだからこそアウスの対応はとてもではないが気持ちの良いものではなかった。ただそこに演技がないことだけは理解できるからこそ、言葉に従ったのだ。
まるで夢のように第三者目線で繰り広げられる世界はアウスが見たものとはほんの少し違う場面もあった。
しかし、絶対的な証拠。かつ、センガルに手紙を送ってきたシェルヒナという女生徒の姿を認識できたことはあまりにも大きな収穫。
『妖精王であれば記憶を取り出し他者に見せることができる』というのがこの石なのだとしたら、妖精王は此方の味方に居るということ。
この石さえあればアウスが望むウィリエールの失脚は目に見えている。証拠に証言に、逃げ場はほぼ失ったも同然。
それなのに浮かない表情をしたアウスの心が理解出来た。
理由は単純で奴隷を舐めていた自分が目の前で起きていた現実に目を向けざるをえなかったから。
要は、どれだけ辛くたってこの程度だろ、と思っていたものが想像より悲惨で今までの言動や行動が間違っていたことを理解したのだ。しかも自分の番の過去を覗き見たことで知るなんて、屈辱にすら感じているのかもしれない。
けれどセンガルはそれを指摘することはなかった。
ただ「やっと証拠を揃えられた気がするわ、王国に来賓で行く準備始めておいてね」と他人事のように言い残しアウスを一人残し部屋を出る。
部屋の前には心配で動けずにいたデフィーネ達が音漏れしないギリギリのところで立ち尽くしていた。
センガルを見るなり大丈夫なのかと心配そうにする者達を宥めるようにセンガルは笑い明るい声で大丈夫、公主様は強い方なんでしょ?と言い足を止めること無く帰路を辿った。
センガルの見た世界はもう二度と見たくなかった過去の自分を重ねられる風景、扱い。臭いだって今でも鮮明に思い出せる。
そんな苦しくてつらい空間で見たラウリーは、愚かで馬鹿馬鹿しい程に美しく、そして正しかった。
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