龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
36 / 116
1.回帰

36

しおりを挟む

 ひし形の枠組みの中に黒目の部分に亀裂の入った眼
 人が与えられる最大級の悪意であり、人間以下の証明。

 諸説あるが、ひし形の枠組みは人間の世界、王国を意味しそんな王国が目の敵としている存在に与えるからひし形の枠組みの中に目があり、黒目の部分に亀裂が入っているという。

 どれだけの痛み、焼かれた熱さ、意識を飛ばしたラウリーを捨てるように商人に渡した二人は楽しそうだった。
ラウリーを押さえつけていた三人の女生徒は、ひどく怯えたようにしながらも逆らえずにいる。地面を眺めスカートをぎゅっと握っては
もしかしたら話にだけは聞いていた愛人の存在が彼女たち、とすれば合点が行く。


「………やっと、勝てた」


 ふとメイアが呟いた言葉がアウスには返しのついた針のように刺さったまま抜けなかった。
 ラウリーの歩んできた道のりはあまりにも酷なものであった。
奴隷にもヒエラルキーというなの格があり、苦痛の度合いは各々購入者によるもので違う。
最底辺、地獄のように地べたを這いずり回り生きていくしかなかった存在にラウリーはいた。

 第三者の目になり眺める世界で彼女は、地獄ですら人を助け守り微笑んだ。
話に聞いていた汚水を飲んで飢えを凌ぎながらも、自分が貰った固くなったパンであっても育ち盛りの子供に優先的に渡して私は大丈夫だから、と。
アウスに出会い、生活が一変しようとも、学院から突き落とされるように歩んできた約二年半ではこの生活もいつ壊れるかわからない石橋だろう。

 使用人から聞いていた、彼女が邸に来てから食べれるのは具の入っていないスープのみだと。柔らかなパンはキョロキョロと周りを見てはお皿に戻す。
今もまだ何かに囚われているかのように、彼女は誰かを守ろうとしている。



 …目を開いた世界で、デフィーネとユルが心配そうに顔をのぞかせていた。
「アウス様、起きたようでッ」
二人しかいないということは、二人が情報管理を徹底したのだと即座にわかり胸が熱くなる。今まで考えたこともなかった。


「…デフィーネ、ユル。お前たちの過去を俺はずっと見下してきた。……いや、違うな。父と母がやってきたあの功績の全てを俺は見下してきた。

奴隷と言う存在が俺にとっては道端の踏まれ息絶える蟻と一緒で仕方ない世界が回るための駒だと、仕方のない犠牲だと信じてやまなかった。
彼女が奴隷でなければ、俺は奴隷への軽蔑の目は消えなかった。

 ……彼女を苦しめた存在は赦せなかったが、奴隷となったのは彼女の落ち度でありそれはどうにもし得ない、掛ける言葉も無いと……彼女に安心して欲しいという心の中にさっさと順応しろと思う自分がいた。
 会えなかった、ラムルや他の使用人に任せて彼女に会いに行き彼女の額を見たくなかった。

 罪滅ぼしなんて、甘ったれたガキのようだな。
俺は王国のやつと一緒で、汚くて絶望的に救えない。

 センガルに至急で邸を訪れるように連絡を入れてくれ」



 両親が奴隷解放の英雄となろうが、アウスは父と母には父と母でいて欲しかった。アウスが体調を崩すと大丈夫、すぐに良くなるわと優しく頭を撫でてくれるが目を閉じ少しすれば立ち上がり部屋から出ていく。そして両親が言う言葉は『次はどこどこの地区にしよう』という解放の為の戦略。
熱が下がるまでのたった数日でいい、アウスの願いは空へ消えたまま父と母は王国に反逆の主犯としてその首を見せしめにされた。

 その少し後、当時奴隷から解放されてまもなくのセンガル達に背中を押され公国の長となった。
奴隷は守るべき存在、人として共に生きられるように。そう母が言っていた世界を作るために必死に動いてもアウスの心は揺らぐことすらなかった。


『ずっと考えていた、死こそ救済なのではないかと』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...