龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 ひし形の枠組みの中に黒目の部分に亀裂の入った眼
 人が与えられる最大級の悪意であり、人間以下の証明。

 諸説あるが、ひし形の枠組みは人間の世界、王国を意味しそんな王国が目の敵としている存在に与えるからひし形の枠組みの中に目があり、黒目の部分に亀裂が入っているという。

 どれだけの痛み、焼かれた熱さ、意識を飛ばしたラウリーを捨てるように商人に渡した二人は楽しそうだった。
ラウリーを押さえつけていた三人の女生徒は、ひどく怯えたようにしながらも逆らえずにいる。地面を眺めスカートをぎゅっと握っては
もしかしたら話にだけは聞いていた愛人の存在が彼女たち、とすれば合点が行く。


「………やっと、勝てた」


 ふとメイアが呟いた言葉がアウスには返しのついた針のように刺さったまま抜けなかった。
 ラウリーの歩んできた道のりはあまりにも酷なものであった。
奴隷にもヒエラルキーというなの格があり、苦痛の度合いは各々購入者によるもので違う。
最底辺、地獄のように地べたを這いずり回り生きていくしかなかった存在にラウリーはいた。

 第三者の目になり眺める世界で彼女は、地獄ですら人を助け守り微笑んだ。
話に聞いていた汚水を飲んで飢えを凌ぎながらも、自分が貰った固くなったパンであっても育ち盛りの子供に優先的に渡して私は大丈夫だから、と。
アウスに出会い、生活が一変しようとも、学院から突き落とされるように歩んできた約二年半ではこの生活もいつ壊れるかわからない石橋だろう。

 使用人から聞いていた、彼女が邸に来てから食べれるのは具の入っていないスープのみだと。柔らかなパンはキョロキョロと周りを見てはお皿に戻す。
今もまだ何かに囚われているかのように、彼女は誰かを守ろうとしている。



 …目を開いた世界で、デフィーネとユルが心配そうに顔をのぞかせていた。
「アウス様、起きたようでッ」
二人しかいないということは、二人が情報管理を徹底したのだと即座にわかり胸が熱くなる。今まで考えたこともなかった。


「…デフィーネ、ユル。お前たちの過去を俺はずっと見下してきた。……いや、違うな。父と母がやってきたあの功績の全てを俺は見下してきた。

奴隷と言う存在が俺にとっては道端の踏まれ息絶える蟻と一緒で仕方ない世界が回るための駒だと、仕方のない犠牲だと信じてやまなかった。
彼女が奴隷でなければ、俺は奴隷への軽蔑の目は消えなかった。

 ……彼女を苦しめた存在は赦せなかったが、奴隷となったのは彼女の落ち度でありそれはどうにもし得ない、掛ける言葉も無いと……彼女に安心して欲しいという心の中にさっさと順応しろと思う自分がいた。
 会えなかった、ラムルや他の使用人に任せて彼女に会いに行き彼女の額を見たくなかった。

 罪滅ぼしなんて、甘ったれたガキのようだな。
俺は王国のやつと一緒で、汚くて絶望的に救えない。

 センガルに至急で邸を訪れるように連絡を入れてくれ」



 両親が奴隷解放の英雄となろうが、アウスは父と母には父と母でいて欲しかった。アウスが体調を崩すと大丈夫、すぐに良くなるわと優しく頭を撫でてくれるが目を閉じ少しすれば立ち上がり部屋から出ていく。そして両親が言う言葉は『次はどこどこの地区にしよう』という解放の為の戦略。
熱が下がるまでのたった数日でいい、アウスの願いは空へ消えたまま父と母は王国に反逆の主犯としてその首を見せしめにされた。

 その少し後、当時奴隷から解放されてまもなくのセンガル達に背中を押され公国の長となった。
奴隷は守るべき存在、人として共に生きられるように。そう母が言っていた世界を作るために必死に動いてもアウスの心は揺らぐことすらなかった。


『ずっと考えていた、死こそ救済なのではないかと』
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