龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
34 / 116
1.回帰

34

しおりを挟む

 森の奥からゆっくりと現れた人影にアウスは龍の姿のまま最大限に警戒をした。
けれど、その人だと思った存在の瞳を見た時粗方理解してしまった。


 王国が聖女と崇める存在は主に王国内でしか言わない。公国や帝国、その他多種族集落が存在していて尚だ。
これが何を意味するのか、王国の手段を選ばずに事をなすという姿など少し考えれば理解できるはずだった。

 言葉を失い立ち尽くすしか出来なくなっているアウスを目の前にしてその人だと思った存在がゆっくりと言葉を落とした。


「……『返せ』は物に言う言葉であろう。あるべき場所へ帰すと返すではまるで意味が違う。
森の子らが我が子は愛される空間にいると喜んでいたが、私にはそうは思えんのが残念でならない。
 愚かなあの地と貴殿の言う返せの意味は同じであろう」


 ぐうの音もでない。全てを見透かされているのに核心には触れずに遠回しの言い方を選んでいるのは故意か。
アウスは怒りも忘れ、少しずつ人の形を戻しながら目の前にいる者と会話をするしかやることは残っていなかった。

「……彼女は無事ですか」

「貴殿は我らが手を出すとお思いか、あの地と同格にするでない」

「………迷いの森と此方では時間の進み方が違うのでしょう。其方からしたら何日経ったはわかりかねますが、此方ではもう十日以上彼女は行方不明です。
安否を確認したいのは仕方無いこととは思いませんか」

「十日以上か、そうか。そんなに経つのか。少しだけのつもりだった。我が子に逢えた喜びは誰にも伝わるまい、ただ無事を祈り苦しみ続けてきた百年は長かったというのに十日はまるで一時間も経っていないように早く進む。私は我が子を手離す気はない」


 アウスの理解の上に出した考察は見事に的中した。
ラウリーが神から二つ目の名前を受けた、この時点で気付くべきであった、神は理由なしにつけたりはしない。
 『リリアリーティ』という二つ目の名前は、目の前にいる妖精王の子供ということだろう。
そして、そんな妖精王が我が子と言い、同じ瞳の色を持っている。


「……彼女は妖精王の子供の生まれ変わりですか」


 問いかけに返事は無かった。
ただ、人の姿に戻ったアウスにルドゥムーンは、小さな石を投げて渡した。淡く光る石は何故か冷たくも温かくも感じる。
ラウリーを返して欲しいアウスの願いを蹴るように「今貴殿に出来る慈悲はそれだけだ」と言い残し迷いの森の中へと消えていった。

 すぐに追いかけたが霧は真っ直ぐ進むアウスを入り口を出口に変えては戻し奥へとは進ませてくれなかった。


 石を持ち帰り戻ったアウスに使用人たちは砂で衣服が汚れることも厭わずに膝を付き謝罪した。
デフィーネも、使用人たちの後ろでシックスたちも。皆がアウスに頭を垂れて謝った。
 アウスは怒りも忘れたように無機質な声で「…もうどうでも良い、部屋に戻る。各自持ち場に戻れ」と言い放ち誰にも目もくれることなく自室へ向かって行った。

 たった数時間の間に何があったのかを知るよしもない者たちは流石に呆気にとられたがそのままではまた怒りが湧くかもしれないと逃げるように持ち場へと戻っていった。

 デフィーネとユルは顔を合わせ、心配そうな顔をしたが今問える者は誰もいない。



 アウスの自室は何故だか冷たい。
椅子に腰掛けため息をつけばルドゥムーンより貰った石を掴み見つめる。たかだか石一つで帰れと言われるとは…情けない限りだと溜め息をつくしかない。

「………ラウリー…」

 心の声が漏れる。じんわりと熱が…、と疑問に思う。
ラウリーの名前を呼んだ時から石が熱をもち始めた。あまりにも突然のことで手放しそうな手でギュッと握った瞬間、飛ばされたように倒れる身体を薄れ行く記憶が覚えている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...