龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 アウスの怒りは収まることを知らなかった。
ラウリーの消息が不明となり約四時間で国境を封鎖厳しい検問を敷き、近衛の兵が大勢稼働し探して十日が経ってもなおただの一人を見つけられないのだから。

 常に龍の姿から戻らず、邸に帰ってくるや否や「十日経ッタ、彼女ハ何処ダ」と詰めよった。

 何人かの使用人は自らの死を悟り、泡を吹いて倒れた。謝ることしか出来ない現状にデフィーネも頭を抱えた。
シックスたちも多くを探し、裏の世界にも確認しに行ったがめぼしい情報は無く無駄足と呼べる結果となった。

 そんな中でのセンガルからの連絡はあるものからすれば希望の光に見えたかもしれないし、絶望の呼び鈴に聴こえたかもしれない。
キディの大きく、そして何度もアウスを呼ぶ声はそれまでの怒りも相まってアウスのイライラを更に加速させた。


「黙レ、彼女モ見付ケラレナイ無能ガ、何ヲ呑気ニ」


 アウスの言葉はキディには響かない、というよりかは怒りに支配され周りが見えていない状態の者の言葉は、大体が思い付きか誰かに当て付けたい思いが不意に出たものなので気にしていては身が持たない。

「御当主、帝国の主さんより御連絡ですよォ」

 戦場でアウスは一度本気でキレ散らかしその場にいるものの多くが失禁を体験したことがある。その時の怒りはとある兵士が自らの命欲しさに敵に金を渡すも持ちかけていた事実が表に出たとき。
あの時の怒りは今と比較してもそんなに大差ないように感じる。

 電話など無視しておけと言わんばかりに無視を決め込むことを貫く龍にキディは追い打ちをかけるかのごとく、お嬢さんの居場所がわかるかもしれないって言ってたんすけどねェと呆れた演技を交えてオーバー気味にアピールをした。
これにはアウスも嘘だとしても食いつく他なく、センガルの待つ通信機の元へと行く。
邸の中に入れるほど龍の姿は小さくなく、更に言えば怒りが消えていない状況下で人間に戻ってくださいも無理な話。
キディが抱えて持ってきた通信機を囲う形でアウスはセンガルの連絡に応えた。


『…随分と遅かったね。怒りで我を忘れてるんだって聞いてたから死人でも出たかしら』

「無駄話ハイイ、彼女ハ何処ニイル」

『確かに龍化してるわね、使用人を無駄に怯えさせるのよ龍化してると。………まぁ良いわ、お嬢さんについて確認したいのだけど、間違いなく彼女は聖女?』

「何ガ言イタイ?………確認済ダ。蒼白イ瞳モ有ル」

『ならば、仮に誘拐だとしても人間だけが彼女を狙うとは限らないわよね?』


 センガルの言葉にアウスは最初気づけなかった。遠回しに言いやがって、とさえ感じたほど。
だが、数秒の間が瞬間とは言え冷静に判断を下せた。確かに人間が連れ去ったなんて仮定を思い込んだが故に国境を塞ぎ孤立した空間で探し回っていたが、人の形をしていない枠がそもそも違う場合を考えてみれば……

 捜索範囲からも除外していた人が入ることの無い場所。


「……ッ、迷いの森…か」

『あら、声が落ち着いたね。仮説でしかないけれど迷いの森の奥にはこの世界の三大柱の一画がいるのよ。可能性は大きいでしょ?』


 センガルの言葉に動かされるなんて屈辱的ではあった。それでもその言葉にすがるように迷いの森へと一直線に飛んだのは彼女の無事を確認したい焦りもあったのだろう。
森の入り口へは徒歩で行けば何日か掛かるが、空の上から一線を引くように飛べば到着はあっという間で。

森の入り口に降り立ち奥に届くように「ラウリー」と声をかければ、まるで森がそれを拒否するかのように揺れ動く。諦めるつもりなど毛頭無く「彼女が此処にいるのなら彼女を返せ」と強い言葉で威嚇した。


「……返せ、か」
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