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しおりを挟む荒れた公国の状況など知らぬ帝国内では、センガルが意気揚々と情報を集めていた。多くの伝を辿り、孤島の要塞と化した王都の学院の一つでも詳細な情報を、と。
夫の一人にとても重要な重荷を背負わせながら動いてもらうことになったのは気が引けるが、あのアウスがやっと重い腰を上げたのだ。今攻めいる他に王国に復讐など出来やしない。
『メフィ、ごめんなさい。気づかれた可能性があります。当分連絡が取れないかもしれない』
アウスに日記を見せ、動き始めて数日。学院内にいる夫から来た手紙はセンガルの動きを止めるには充分すぎる状況だった。
外から公国と帝国が動いている、という情報でも漏れたというのか。内部にいる可能性は。嫌な想像だけはとても豊かに広がっていく。
夫達は慰めてくれた、大丈夫、彼は強いから、その言葉のどれも理解できるからこそ不安は大きくなる一方で。
何としても夫の無事を確認したい一心でいた時、センガルの元へ一通手紙が届いた。相手は夫がいる王都の学院に通うシェルヒナという女生徒から。
突然の手紙を申し訳なく思う旨の謝罪文から始まり、夫が調べていた内容の一部であったエトワール家の息女の件についてのお願いが書かれていた。
『エトワール家息女、ラウリー嬢が奴隷となる瞬間を見ていた。あの方の消息が途絶え約三年。今年度卒業という年となります。私はラウリー嬢の敵討ちすら、己が立場と権威の象徴である家柄に傷を付けることを恐れ出来ぬ愚か者です。
私の持ち得る全ての情報を提示します、ですのでどうかあの方が無事に生きていらっしゃるかどうか調べてほしい』
事細かに書かれた密告書に近い手紙はあまりにも悲惨で、奴隷として辛い道を歩んできたセンガルですら良い顔を出来ない内容。
ふと最終文の近くにあった、妖精王であれば記憶を取り出し他者に見せることが出来ると聞いたことがありますが、という何気ない一文が目に留まる。
妖精王の話は以前にも聞いたことがあった。奴隷の刻印を唯一消すことが出来る、と風の噂を耳にして迷いの森を夫達に止められ引きずりながら連れ戻されるまで探し続けたことすらある。
妖精王が本当にいるのなら。勝算はぐっと上がるというのに。
この世界における三人の神とすら言われる存在に会う、という言葉があまりにも非現実的過ぎる。
けれど、センガルの頭の中でふと思い出した事。ラウリーは確か聖女として王国で崇められ、現状力がどうかはわからないにせよ妖精たちと意志疎通ができる唯一無二なはず。
テレパシーを使える種族はいるが、どれも一方通行。相手が考えていることがわかるが話し掛けは出来ない。両方が出来るのは神の領域だ。
聖女はセンガルの知識の中では、聖女は守りの力や万物の声を聞くだけで会話にはならなかったはず。
けれど…もし、本当は聖女には『万物と話せる力』を持っていたら。
王国が彼女を手離せない理由が、瘴気や魔物から国を守る以外にあるのだとしたら。
夫の一人に声をかけ魔道具を取り出し、アウスへと通信を繋げる。
鈴のような音が響き、何度目かの鈴の後雑音が混じり、そして『誰ですかァ』という声。
何度も会ったことがあるからこそすぐに分かる。
「…キディ、言葉には気を付けるべきだと何度も言っているでしょう?」
『おぉっと、これは失礼しましたァ。帝国の光にご挨拶致しまァす』
アウスに代わるように言えば、今の御当主では人として話すことは難しいでしょうと言われ何故か嫌な予感に駆られる。
『お嬢さんが消えたと?』
「えェ、もう十日はゆうに超えてます」
『連れ去られる所をみた?』
「報告によればまるで神隠しにでもあったように忽然と消えたとォ」
センガルは焦ったかのようにアウスに代わるように再度強い口調で言った。
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