龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
31 / 116
1.回帰

31

しおりを挟む

 妖精の泉を中心とした森の中、瞬きをした瞬間に連れてこられたラウリーは状況整理に忙しかった。
食べても良いと言われたクッキーを一枚だけ貰うか貰わないかで悩み取れずにいた所でクッキーはおろか知っている顔が何一つとして失くなった世界に突然来たのだ。

 ただ、上手く説明が出来ないがこの場所の空気は良くて息がしやすい。

 妖精達がとても楽しそうに周りを飛んで、おかえりと言ってくれる。ここが家だった記憶はないのだがとても歓迎ムードで言える言葉ではない。


『我が子が帰ってきたとは…』


 ふとラウリーの後ろから何故だか懐かしい声がして、ゆっくり振り返るとラウリーの片目の奴隷の刻印が嫌でも目に入りヒュッと息を飲む音が聴こえる。
蔦のように長くしなやかに伸びる黒みがかった緑の髪、とてもスラッとした高身長の身体に淡く白みがかった蒼い瞳は、鏡でみた自分の瞳とどこか似ていて。

 光に当たれば髪の色がハッキリと緑になり、まるでこの森の緑と繋がっているように風に靡く。

 綺麗でありながら儚さすら持っている人は、怖がらせないようになのかゆっくり近付き慈しむようにラウリーの片目の奴隷の刻印を上から指でなぞる。
『……古代の呪いだな、私の力で癒せても傷は消えぬか』

 あまりにも状況がまとめられない現状で、やっと言葉を交わせる人形の妖精?に会えたのだ。ラウリーも沈黙を貫いてはいられなかった。
頭の中で『此処はどこで、貴方は誰ですか』と訊けば、何故だか驚かれる。
彼も口を動かし喋っていた訳ではない、脳内に音声が流れるように言葉が伝わってきただけ。ラウリーも同じように話しかけたつもりだった。

『…やはり我が子だな、質問に答えよう。此処は人間達には迷いの森と呼ばれる森の中心地だ。私はルドゥムーンと呼ばれているここの主だ』


 ラウリーでも見たことがあった。王国の学院で読んだ本に書いてあった生を司る泉と言われるミカイムの泉を守る守護妖精がいるということ。そしてそんな妖精の中でも一際力が強く世界の理を揺らがす事が出来る三人の存在の一角である『妖精王』の名前がルドゥムーンであったこと。

 目の前の人とはまた違う存在が本当に妖精王だとするならば。
妖精王に我が子と呼ばれる自分は何者なのか。王国内伯爵家エトワールの長女、ラウリー以外に存在するというのか。


『混乱させてしまったようで申し訳ない、遥か昔の話になるゆえに少々説明が難しくてな。ただそなたに害を為すつもりも無いことだけはわかってほしい。
……ところで、我が子を連れてくる時誰かに伝えたか?』


 少しだけ話をしていた空間で突然、妖精達の顔色が変わる。
何故だかわからなかったが、ふと感じた明らかな怒りの感情。何処から来た感情なのかもわからないのに背筋に嫌な汗すら流れるような。


『この気配、龍の子か。……この泉の付近では時間経過が外と違うようでな。何が起きているか正確に推し量ることが出来ないのが難点だが、外では龍の子が相当な怒りをためることがあったようだ』


 ルドゥムーンの話を聞き、すぐにでもアウスだと気付けていれば外の騒ぎが更に加速することなく終息できた可能性はあったのかもしれない。
ただ、場に少し慣れたことで鳴ってしまったお腹の音に妖精達が反応し、食事を含めて至れり尽くせりと尽くしてくれた状況と何故か居心地が良い空間にラウリーは想定以上の時間を過ごしてしまっていた。

 和気藹々と妖精達と花冠を作るラウリーを見ながらルドゥムーンは自身の周りを飛ぶ妖精達と話をする。
あの子が虐げられていることは知っていた、それでも手を出せなかったというのに。という言葉がとても重い。


『……リリアリーティが戻ってきたような気がする』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

さようなら、もと婚約者さん~失踪したあなたと残された私達。私達のことを思うなら死んでくれる?~

うめまつ
恋愛
結婚して三年。今頃、六年前に失踪したもと婚約者が現れた。 ※完結です。 ※住む世界の価値観が違った男女の話。 ※夢を追うって聞こえはいいけど後始末ちゃんとしてってほしいと思う。スカッとな盛り上がりはなく後読感はが良しと言えないですね。でもネクラな空気感を味わいたい時には向いてる作品。 ※お気に入り、栞ありがとうございます(*´∀`*)

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...