龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 妖精の泉を中心とした森の中、瞬きをした瞬間に連れてこられたラウリーは状況整理に忙しかった。
食べても良いと言われたクッキーを一枚だけ貰うか貰わないかで悩み取れずにいた所でクッキーはおろか知っている顔が何一つとして失くなった世界に突然来たのだ。

 ただ、上手く説明が出来ないがこの場所の空気は良くて息がしやすい。

 妖精達がとても楽しそうに周りを飛んで、おかえりと言ってくれる。ここが家だった記憶はないのだがとても歓迎ムードで言える言葉ではない。


『我が子が帰ってきたとは…』


 ふとラウリーの後ろから何故だか懐かしい声がして、ゆっくり振り返るとラウリーの片目の奴隷の刻印が嫌でも目に入りヒュッと息を飲む音が聴こえる。
蔦のように長くしなやかに伸びる黒みがかった緑の髪、とてもスラッとした高身長の身体に淡く白みがかった蒼い瞳は、鏡でみた自分の瞳とどこか似ていて。

 光に当たれば髪の色がハッキリと緑になり、まるでこの森の緑と繋がっているように風に靡く。

 綺麗でありながら儚さすら持っている人は、怖がらせないようになのかゆっくり近付き慈しむようにラウリーの片目の奴隷の刻印を上から指でなぞる。
『……古代の呪いだな、私の力で癒せても傷は消えぬか』

 あまりにも状況がまとめられない現状で、やっと言葉を交わせる人形の妖精?に会えたのだ。ラウリーも沈黙を貫いてはいられなかった。
頭の中で『此処はどこで、貴方は誰ですか』と訊けば、何故だか驚かれる。
彼も口を動かし喋っていた訳ではない、脳内に音声が流れるように言葉が伝わってきただけ。ラウリーも同じように話しかけたつもりだった。

『…やはり我が子だな、質問に答えよう。此処は人間達には迷いの森と呼ばれる森の中心地だ。私はルドゥムーンと呼ばれているここの主だ』


 ラウリーでも見たことがあった。王国の学院で読んだ本に書いてあった生を司る泉と言われるミカイムの泉を守る守護妖精がいるということ。そしてそんな妖精の中でも一際力が強く世界の理を揺らがす事が出来る三人の存在の一角である『妖精王』の名前がルドゥムーンであったこと。

 目の前の人とはまた違う存在が本当に妖精王だとするならば。
妖精王に我が子と呼ばれる自分は何者なのか。王国内伯爵家エトワールの長女、ラウリー以外に存在するというのか。


『混乱させてしまったようで申し訳ない、遥か昔の話になるゆえに少々説明が難しくてな。ただそなたに害を為すつもりも無いことだけはわかってほしい。
……ところで、我が子を連れてくる時誰かに伝えたか?』


 少しだけ話をしていた空間で突然、妖精達の顔色が変わる。
何故だかわからなかったが、ふと感じた明らかな怒りの感情。何処から来た感情なのかもわからないのに背筋に嫌な汗すら流れるような。


『この気配、龍の子か。……この泉の付近では時間経過が外と違うようでな。何が起きているか正確に推し量ることが出来ないのが難点だが、外では龍の子が相当な怒りをためることがあったようだ』


 ルドゥムーンの話を聞き、すぐにでもアウスだと気付けていれば外の騒ぎが更に加速することなく終息できた可能性はあったのかもしれない。
ただ、場に少し慣れたことで鳴ってしまったお腹の音に妖精達が反応し、食事を含めて至れり尽くせりと尽くしてくれた状況と何故か居心地が良い空間にラウリーは想定以上の時間を過ごしてしまっていた。

 和気藹々と妖精達と花冠を作るラウリーを見ながらルドゥムーンは自身の周りを飛ぶ妖精達と話をする。
あの子が虐げられていることは知っていた、それでも手を出せなかったというのに。という言葉がとても重い。


『……リリアリーティが戻ってきたような気がする』
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