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1.回帰
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しおりを挟む声にならない声。泣いて、泣いて、叫びたかった。
今まで痛かった、辛かった、寂しかった、死にたかった。けどちゃんと生きてきた、と。
ラウリーが泣く姿を見て、アウスとラムルはやっと彼女が人として感情を見せてくれたと嬉しかった。その反面、公国では彼女は人間には戻れなかったのかと思う。
何分泣いたのだろう、疲れて眠ってしまったラウリーと寄り添うように眠った弟をベッドへ運ぶと、部屋の端にテーブルを用意し話をする。
彼女の受けていた傷など、話せる限りのことを。片眼は刻印により燃えて見えていないこと、喉は奴隷の中で見せしめに燃えたものを飲まされていたと奴隷だったもの達から聞いていること。
出会いが彼女が奴隷の仕事とやらに失敗し、愚かな貴族によって撃たれ重症を負ったことだということ。
髪や皮膚も、ここに来た時は別物のようにボロボロであったことも。
王国の現状を公国が独自に調べたところで知れる範囲など知れているが、奴隷解放を掲げ何よりも護るべきであった公国と帝国はどれほどの時間、どれ程の人数の危機を見過ごしていたか。
番が絡む絡まない以前に恥ずべき事で、目の前にいるエトワール家の面々に面目が立たない。
ただ、どうしても伝えなければならないことがあった。こんなにも娘をボロボロにした貴族のいる国で、保身と捉えられればそれで終わってしまう話ではあった。
けれど、保護した奴隷達から貰った言葉はアウス達がラウリーに言ってもきっと上手く伝わらないのだろう。
「……怪我の多く、喉も然りですが彼女は奴隷の罰則を進んで受けていたそうです。特に弟さんのように幼い子を守るようにしていたと。
保護した元奴隷達から話を聞けまして、彼女は黒髪の人や王国からという言葉に恐ろしいほど反応していたと。一日に出されるたった一回の食事を幼い子に半分以上与えては、陰で汚水を飲んで飢えを凌いでいるのを見たという人もいました。
多くの奴隷からも慕われていたようで、保護した奴隷の希望者は帝国またはこの公国に永住許可書を発行しますが、公国に残ると決めたもの達の理由が彼女に恩返しをするためだそうです」
話を全て聞いたオズモンドは流れる涙を拭けずに血が滲むほど唇を噛んだ。娘より苦しい思いをした訳じゃない、親である自分が泣いてどうする。そんな思いも混ざっていたが、自分が娘を心配しながらも貴族の食事をしている平行線上で娘は汚水を飲んでいたなんて、安易に許容出来る内容ではなかった。
隣でランゼルも父の様子を窺いつつ複雑な心境を隠せずに、シャルロットも涙に顔を歪め嗚咽を繰り返しながら必死にオズモンドの手を握り耐えていた。
オズモンドはとても悔しそうに、貴方が居なかったら娘は生きていなかったのでしょう。命の恩人を恨むなど決して起きることのない感情です。と言い切った後、深く考え込んで「この一件が落ち着いたら、エトワール家は公国に準じたい」と言った。
気持ちは重々に理解できるランゼルだったが、父であるオズモンドの言葉だけは驚きだった。
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こんなスキャンダルに近いことなど放っておくことは出来ないだろう。
「と、父さんッ、それはッ」
「ランゼル、私もオズモンドに賛成だわ」
話に乗るようにシャルロットもオズモンドを肯定した。それがランゼルとしては理解できる、自分だって肯定したいと。公国にいれば妹が危険に晒される可能性も低くなり家族の時間を過ごせる。
けれど、どうしても。
「………現実的に難しいでしょう。使用人はどうするのですか、領地だって、領民の生活は……我々の我儘で巻き込めない」
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