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1.回帰
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しおりを挟む王国内に広く領土を持つ伯爵邸。数のいる伯爵の中でも特に優れた一族であるエトワール家は、三年前より使用人や領民を含む多くが悲しみに暮れていた。
活気溢れる市場は早い時間に閉まり静かな場所となり、よく育っていた作物たちは取れる数が急激に減少した。
理由は全員がわかっていても、どうしようもない。神に愛され加護を貰い名も貰った彼女が居なくなってしまったから。
そんなエトワール家に手紙を運ぶ鳥がやってきたことで、少しだけ慌ただしくなった。
同国内であれば事情もある程度把握されているが、隣国とはいえ異国になる。理由を一から説明しなければならないのかと溜め息すら出る。
エトワール家長男ランゼルは、父であり領主であるオズモンドの登城の命により不在であったため代理として準備に勤しんでいた。
長年、帝国の方で仕事をしていたが事情も事情なだけに戻らざるをえなかった。
母でありオズモンドの妻であるシャルロットも同様に準備を手伝ってはいたが、三年前より発症した不眠症は重く、フラフラとした足取りに更に神経を奪われていく。
余裕など何処にもなく「母さんは邪魔になるんだから部屋で休んでいてくれよ」と冷たく言い放ってしまう。
あの日から、エトワール家は何処か歯車が止まり壊れてしまったのだ。
…
シザーがエトワール伯爵邸に到着したのは出立より三日後の午後であった。
王国は、シザーの記憶よりも治安が悪化し、魔物と呼ばれる瘴気に寄って集まる生き物たちが増え廃墟と化した領地すらあり道すがら見て驚いたものだ。
王国には聖女と呼ばれる存在がいて、その一人が国内にいるだけで確約される平穏と豊かな自然、そして魔物達から国を守る役目が果たされると聞く。ここまで衰退しているということはその聖女とやらな力が弱まったか何らかの事情で病にでも伏しているのか。
こうして考えながら馬を走らせていて思う。
公国での魔物の目撃や被害などの声が失くなったな、と。
エトワール伯爵邸の門番に「リュド公国より参りました」と声を掛ければ窶れた顔で「すぐに案内が参りますので」と言われ数分の後に綺麗な格好ではあるものの窶れた顔を隠せずにいる男性が迎えにきた。
「御連絡は承っています。エトワール家領主が不在の為代理のランゼル・デュ・カルデン・エトワールです」
シザーは表情を変えることは無かったが、ランゼルを見てあの奴隷だった娘とよく似ていると感じた。
他人の空似とは違う違和感は、顔の形や雰囲気が似ていて髪の色はあの娘と同じ黒でも、瞳の色が違うからだろう。
シザーは違和感をどうしても溜め込めず不意にランゼルに向かい「蒼い瞳を持つご家族はいますか」と声をかけた。
言葉を待たずして、ランゼルは腰が抜けたように門から玄関へのレンガが敷き詰められた道の上に膝をついた。流石に動揺したシザーが大丈夫かと手を伸ばそうとしたが、ランゼルはそれらを振り切って「い、居ますッ、妹が……妹のラウリーが……俺と同じ黒い髪に白みがかった蒼い瞳を……ッ」と矢継ぎ早に言った。
シザーはその場で全てを話したい気持ちになったが、伸ばした手を引くことなくランゼルを掴み立たせれば「中で全てをお話します」と告げた。
ランゼルは焦ったように玄関の扉を開け、中に入れば使用人に「母を応接間に呼んでくれ」と言いシザーを応接間に案内した。
シザーは案内された応接間に入ると、魔法具の一つである通信機を一言許可を貰いテーブルに置いた。起動をいつでも出来るように。
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