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1.回帰
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しおりを挟むあの瞬間の感情を言葉にすれば落胆が近いやも知れない。
奴隷として撃たれ、半年眠っていたのだ。何の情報もないままに夢の中の情報だけで過ごしてきたのだ。
起きた時に現実に引き戻されるなんて安易に想像できただろうに。
それでも彼女が自分を畏怖対象として見ないでいてくれるだろうか、という淡い期待が打ち砕かれたのだ。
「……っッ、大丈夫だッ、もう君を君たちを苦しめる者はいない…いないから…ッ」
アウスの言葉は頭で考えていた言葉の半分も意味をもたなかった。
詰まりに詰まった単語は目の前に平伏する彼女にどれだけ伝わるのだろう。
他の君と共にいた奴隷だった者たちは保護されたと、君を撃った貴族は粛清したと。
言いたいことは全て喉の奥で潰れたように出てきやしない。
ふと、目線が横を飛んでいた妖精に向いた。
理由は単純で妖精が何かを彼女に耳打ちしたのを見たから。
彼女はそれに何かを伝えようとしているのを見て疑惑が確信に変わる。妖精と喋れる、意志疎通が出来るものはこの世界に限られた者のみ。
龍人や獣人族で稀に産まれることがあるが、人間ではほぼ一種類。『聖女』と呼ばれる万物に愛され、会話が可能な存在。
何分がその場で経ったのかアウスはわからなかったが、パタパタと近付いてくる音に目線が行った。
近付いてくるのがメイドであり、さらには腰に青いリボンがしてあることから洗濯などの裏仕事の係であることがわかったが、なぜ此方に近付いてくるのか理由が全くわからなかった。
「……はて、御当主様がいらっしゃる……ここから聴こえてきたのに」
メイドの呟いた言葉にハッとする。
妖精と意志疎通を取れるもの、テレパシーを使える存在が獣人族では稀に、けれども確かに存在することを。
もし、目の前で頭をはてなにして悩んでいるメイドがテレパシーを使えるのだとしたら……
彼女と意志疎通が取れるということになる。
「キミ、名前は?」
「え、あ。ラムルです、ご挨拶がおそくなりまし……」
「キミには彼女と意志疎通は取れるのか」
「?、私はテレパシーを受けとる事のみしか出来ませんので聴くことのみであれば……」
青みがかったグレーのマッシュルームのように丸い髪。比較的小柄でありながら大人っぽい顔という異なったイメージ。ラムルは当主の言葉を聴きながら、ふとシーツにくるまれて小さくなった細くてか弱いラウリーを見つけた。
見つけるやいなや、当主の言葉を半分無視して彼女に「貴女が私を呼んだのですか?」と優しい声で話しかけた。
アウスには聴こえることはなくとも、ラムルとラウリーはなにやら話をしているようでラムルが話しかける言葉でどういう会話なのかを想像することしか出来ない。
「ここは安全ですよ」「そうだったんですね」とラムルは聴く方に回っているせいか上手く話がわからなかったが、ピタッと突然のように会話が止まったかと思えば「目が合った人に落とされた、そうです」とハッキリ言ってみせた。
ラムルとラウリーがどんな話をしたか、仲良くなれそうかなど言いたい訊きたいことは沢山あったが、番を落とすつまりは命を危険に晒した愚か者がいるという事実に途端に怒りが湧いてくる。
バキバキッと鱗を露にし、影の衛兵にメイドを全員応接間に集めろと命じれば、ラムルにメイド長も呼ぶため二人に任せると彼女を託した。
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