龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 半年と六日目。
時計の針がカチカチと鳴り日を跨ごうとしている。
跨いでしまえば、半年と一週間になる。

 この世界でたった一人の番である彼女の素性を目覚めるまでどれだけ調べてもわからなかった。
奴隷の印は背中や腰にかけてが一般的であり、多くがその付近に刻まれているのに彼女だけは額に。
痛々しい焼き印が眉を焼き、きっと片眼は熱でほぼ見えていない可能性があると聴いた時にはどんな拷問よりも辛い道を歩んでいるのだと。

 彼女と共に虐げられてきた奴隷を何名か保護し話を聞いた時、彼女はどこかの元貴族なんじゃないかと言われ絞ってはみたが早々にみつかるものでもなかった。
目覚めて貰わねば知り得ない情報もある。
誰が君を追い詰めてここまでの身体にしたのか、なぜこの世に決まった数しかないはずの奴隷印が容易に使用されているのか。

 奴隷印を保管している帝国には即座に連絡がいったはず、電話が鳴り止まないのだと弱音を吐いている使用人たちを見ていれば多少慰めの気持ちも生まれる。


 日を跨ぎ時計のボーンボーン、という音が鳴る頃。
星空輝く外側よりコンコンッと窓を叩かれる。音は決して大きくなくロマンチックに言えば小人が叩いているかのよう。

 正体のわからないアピールにアウスはいつでも剣を抜けるように警戒しながら窓辺へと向かいカーテンを勢いよく開けた。


 「おぉっと、想定外。妖精か」


 キラキラと羽根を動かし空を飛ぶ、より小さい個体もいるが平均して掌サイズの希少生物。
妖精の加護があり、好かれた者にしか見えない本当に奇跡のような存在。

 アウスは生まれてすぐ加護を貰ったが、妖精の全てが見えるわけではなくぼやぁっとした光の玉に時より羽根が見えたりする程度。

 そんな妖精が突然来訪してくるなんて、なんの前触れだ。と緩んだ力は再度籠る。


 『おいで』


 耳にではなく、頭に直接聴こえた声は妖精なのか。
確認も出来ぬままに妖精はゆっくりと移動を開始する。
アウスの部屋は三階の奥、妖精が向かうのは階下。

 護衛にも何も言わず、待ってくれと小さく言葉を洩らしつつもアウスは窓から妖精の向かう方へと足を進めた。


 妖精が連れていった先でアウスは息を飲んだ。
木の枝に引っ掛かり垂れ下がるシーツの隙間から人の手と足が動きも力もなく出ていた。
その腕に残る刀傷は、自身のやっと見つけた番にあったものと一緒で心臓が想像以上に脈をうつ。

 震える手で腕に触れればひんやりと冷たい。
最悪の事態を想定し血の気が引くが、トクントクンと脈を感じたことで平静を保てた。
平静を、といっても龍の鱗は浮き出て怒りなどの感情が表にいることは否めない。

素早く木に上手く登り、シーツを破るようにゆっくりと地面に降ろし包みを開けるように中の愛し子を見る。

 初めて会ったあの日より幾分もよくなった顔色で眠っている姿は安心すら覚える。
自由に動く身体に違和感を覚えうっすらと瞳を開いたことでアウスは初めてラウリーと目を合わせた。

 綺麗な瞳は寝ぼけ眼で、ポワポワとアウスを見つめたが、突然身体を大きく震わせてその場で跪き額を地面に付けるようにして平伏した。

 それは彼女がまだ、奴隷であることを何より示していた。
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