龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
5 / 116
1.回帰

5

しおりを挟む

 男は撃たれ、出血が止まらず肌が刻々と蒼白くなる女を服が汚れるのも躊躇うことなく抱き締めて王城へと飛んだ。
パレードから馬で来る、と聞かされていたメイドや使用人達はざわめき、慌てたがその腕に抱かれた存在を見たことで更にパニックとなった。


 「王城内ニイル医師ヲ全員集メロッ、即刻二ダッ!」


 地鳴りが起きるような深い声は、多くの人の背筋に雷を落とす。
足を止めることは死を表すかのように駆け出す者を、見下すように見ながら腕の中の小さな命の灯火が消えかかる事実に震え上がる。

 どうすることも出来ない現状に、彼女の呼吸と心拍を確認することしか叶わない。
額に大きく刻印された奴隷の紋。
 人間以下の証明としてつくられた、ひし形の枠組みの中に黒目の部分に亀裂の入った眼が描かれている。

 まだ、彼女の表情も見たことがない。
酷く虐げられてきた彼女はどこで何をしてきた者なのか、いつからこの生活をしていたのか、訊きたいことは山のようにある。
 公主様ッ!と叫び声に近い大きな声が城入り口のロビーに響く。
昔より城に仕えている医師数名がフル装備で階段を駆け降りてくる。


 「…俺の番だ…………何としても助け出してくれ…ッ」


 龍の姿は不安と冷静で解け始め、人間の姿で彼女を腕から医師に見せる。
酷い状態だ、すぐに手術を。とバタバタと走り回る医師の一人が「番様を救えるよう尽力致します」と頭を深く下げ、治療が出来る部屋へと彼女を担架に乗せ連れて行く。

多くの使用人が感じたことのない緊張感を感じながら次の一挙手一投足に目を向ける。
 男は血塗れの服を着替えることなく、怒りを露にし『国中の主要貴族を集めろ』『俺の不在時の責任者、代行公主は誰だ』と投げ掛けた。


 リュド公国は、王制度ではなく代表的な貴族が公主という立場を担い成り立つ国だが、元は栄えていた王国の一部として人間の配下に居た。
反逆者達により王の軍は壊滅し、その反逆のリーダー格だったアウスが公主となった。

 人外が受けた人間からの非人道的な扱いから守るため。
この理由と同等の理由で公国の隣に位置する帝国も独立した。
そんな公国で最も禁止していたこと、それが奴隷売買。
 高値で取引され裏や闇で蔓延しているこの問題には手を振れるべきであったが、戦地に赴くことを理由に遅れ続けてきた案件。


 まさか、自分の番がそんな奴隷売買の商品として人でありながら人間以下の扱いをされてきたという事実だけで怒りが限界を越えてしまう。

 絶対に公国内で起きないようにするべきと、そう誓った筈なのに。


 厳格な王城に溢れる殺気に怯えきった馬が引っ張る馬車次々と門をくぐり、中から明らかにきらびやかな貴族達が慌てたように入っていく。
先ほどまでのパレードの面影もない空気感に、人によっては冷や汗が止まることが無かった。

 王城のホールに集められた貴族は頭を上げることが出来なかった。
怒りに人間の姿でありながら龍の鱗が現れたままの姿。
龍の一族の眼光の鋭さに怯えることしか出来やしない。


 「…………で?、頭を下げるだけではなく教えてくれ。
俺や公国騎士団を総動員し国のため尽力していた時間、お前らは何をしていた?
何をしていたらこの国で最も赦されぬ奴隷が足の台になることになる?答えろ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

処理中です...