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1.回帰
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しおりを挟む艶やかだった髪は乱雑に切られ、長さもバラバラで潤いなど何も失くなった。
お風呂なんて良いものはなく、定期的に井戸から汲み上げた冷水を頭から浴びるだけ。
フケや皮脂で絡まる髪の毛を冷水で洗っても何も変わらない、けれどやるのとやらないのとでは臭いが違うのだと早い段階で知った。
薄く潤った唇は切れて皮が固くなり、乾燥しきった。
口の中も奥歯を数本見せしめとして抜かれ歯は健康時よりも少なくなった。
奴隷になってから二年。
言われもない事実無根の罪で、強制的に奴隷商に送られて、メイア嬢の手で奴隷の紋をあろうことか額に焼き付けられてから始まった地獄。
貴族だったものが、突然その地位を失い、更には拷問の上人間以下の扱いしか受けられなくなったのだから。
両親や弟や妹が奴隷の中に居なかったことから、少なくとも家族は無事である可能性が高いのかもしれない。それだけが救いで生きる糧だった。
もしかしたら、既に処刑されているのかもしれない、そんな最悪な想像もしたけれど、そうなれば国王陛下が黙っているはずはない。そう期待を込めて。
皇太子殿下の婚約者になってから十七年もの間、多くの理不尽に耐え、暴力や罰則という名の拷問にも耐えてきた。
皇太子殿下がメイア嬢と男女の仲にあると知っていても手出しさえしなければ害されることはないと。
そう思っていたのに、行為はエスカレートするばかりで。
皇后陛下には良くしていただいて、本当の母のようにしていたのに。
今では傲慢な貴族の踏み場として水溜まりの上に地面として設置される扱い。
国王陛下に異議申し立ての奏上も出来やしない。
声も、何もかもを失った。
異国の地で奴隷としてこれから死ぬまで理不尽に耐え続けなければならないのだと思うと絶望で胸が潰される気持ちになる。
枯れて涙なんて出てきもしないのだけれど。
「今日は公主様が戦地よりご帰還のパレードだ、お前たちは台となり貴族の踏み場となれ。
今日という日に失敗したものは全員処分になるが、まぁ…なんとかしろ」
首に付けられた首輪は各々前と後ろに伸びた鎖で繋がれて一列の列が出来る。
今日失敗すれば死が待つ、それも良いのかもしれない。
少なくとも公主様と呼ばれる人がどのような人なのか、もう覚えてすらいないけれど戦地に居たということは戦闘狂か何かということだろう。
どのみち奴隷は一掃されるかも知れない。
ヒールが背中に食い込む痛みも、もう諦めがついた。
怒りなどとうの昔に捨てている、が、もしも願いが一つ叶うと言われたら、叶えてくれる誰かが現れてくれるなら。
あの王国、あの学院にいるもの全てハッピーエンドになんかしないで、そう願う。
同じ、までとは言わないけれど苦労すればいいと、悪い心が叫んでいるのだ。
小太りの少年が既にヒールを穿いた女性が乗っているラウリーの上に飛び乗る。
多くの歓声が響き、トランペットが鳴り渡るめでたい空間で身体は限界を悟り、肘から崩れた。
そこから、他の奴隷もそのバランスが崩れたことで雪崩が起き一部の列が壊れた。
「奴隷の分際で、役立たずがッ!」
向けられた銃口に恐怖は無かった。
これでやっと楽になれるのだ。
響き渡った銃声で、歓喜のざわめきは音を失くした。
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