虐げられた魔神さんの強行する、のんびり異世界生活

雲水風月

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54 カエルおじさんの魅了術

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 騒々しく甲高かんだかい声が夕暮れの広場に響いていた。
 その叫び声の中に、“エフィルア”という名が何度か聞こえた。
 闇属性がどうだとか、アンデッドがこうだとか叫んでいる。
 
 どうも俺の事を何か言っているらしい。

「グルルゥ、まるで泣き女バンシー大コウモリの麻痺性怪音波みたいな不快な声ですね」

 ロアさんが低くうなりながら言った。今日の彼女はもちろん人間の姿に擬態しているが、その八重歯をギラリと光らせて不快感を表している。

 さて、あの怪音波おじさんが俺になんの用事があるのか知らないが、少しばかり様子を見ていこうか。

「悪魔エフィルアをぉぉぉ! 世界を破滅に導く者を!! 滅ぼすのでぃぇぇっすっ!!!」

 濁声の男が率いてきた一団は、列をなして広場に入ってくる。
 彼らは小さな神輿をおごそかに担いでいて、その上には黄金の女神像が設置されていた。
 周囲には既に人だかりが出来ている。

 俺たちの馬車は広場の横の道をゆっくりと進む。
 御者席の大屋さんも広場の様子を興味深そうに眺めていた。

「ありゃもしかして…… 慈愛の女神の降臨儀式でもやってるのかねぇ」
「慈愛の女神の降臨? ですか」

「ああそうさね、珍しい。こんな地方都市に来るような神じゃあない。もっと派手好きで、人間の多いところを好むって話だけどね」

 その神輿の周囲では、裸に貴金属をまとっただけのハレンチな服装の男女が熱狂的に舞い踊っている。何か強いこうの臭いがプーンとここにまで届いてくる。

 さすがに目を引く。
 しかし儀式を見に集まっている人々は、どうもその半裸踊りを見ているわけではなさそうだった。全ての視線は黄金の女神像に注がれている。

 怪音波おじさんは神輿のすぐ隣にいて、女神像に祈りを捧げ始めた。ガマガエルのように大きな口を開けて、相変わらず唸りをあげながら。

「あれって、俺の事を悪魔だの何だのと言ってるんですよね?」
「そうだろうね」

 エフィルア本人がここにいるのだが、彼らが俺に気づいている様子は全くない。
 少し近づいてみるが、やはり反応はない。
 それにしても、見れば見るほど派手な連中だな。キンキンキラキラである。 

「ふうむ、なんだか彼らが使っている道具類は聖女神殿にあったものと似てますね。服装はまるで違いますが」

「ひっひ、どっちもこの大陸の神々の主流派、残神会って組織の一派だからね。あの女神像だって残神会の主要な神のひとつをかたどったものだよ」

「先ほど言っていた慈愛の女神。でしたっけ」
「ああそうだね」

「ぐるるゥ、私としてはエフィルアさんを悪魔呼ばわりしているのが気になります。訂正させてきましょう。エフィルアさんは悪魔ではなく魔神ですから。種族も格も全く違いますよ。せめて魔王くらいには言ってもらわないといけませんね」

「ああ~ロアさん? 俺は別に魔王とも呼ばれたくはありませんからね」
「えええっ! そんな…… そんな馬鹿な」

 むやみやたらに殊更ことさら激しく驚いてみせるロアさん。
 トカマル君も真似をして、口をあんぐりあけて驚いたふりをしている。

「はいはい2人とも、分かりましたから。ふざけて変な顔して遊ぶのはやめましょうね」
「エフィルアさん、私はけっこう本気ですよ? 魔王エフィルアって格好良いと思ってますからね」

 いや、そんな断言されてもな。俺はおやつ屋さんだしな。
 “おやつの大魔王”とかって名称の店をやるくらいなら良いけれど。それはロアさんの想像しているものとは少しだけ違いそうである。

 そんな感じでわちゃわちゃしている間に、広場の妖しい神楽舞かぐらまいはますます熱をおびてくる。汗が空に跳ねる。

 女神像の周りを囲む人間たちは、いまやほとんど我を失ったかのように踊り狂っている。
 きらびやかに華やかに艶めかしく扇情せんじょう的な踊り。
 そして、それが突然停止した後、黄金の女神像はひときわ強く眩しく光を放った。

「「「おお……」」」  聴衆は息をのんだ。
「「 おおおおおぉぉぉ 」」」 どよめいた、

「 ッ! ゥワワ゛ァ゛ァァァッッッ  !!!!! 」 歓声があがった。


 ヌラヌラと黄金の女神像が動き出した、あでやかに、なまめかしく。派手に。

 女神像のその手が杖をふりかざし、光のシャワーを撒き散らし、同時に、鐘の音のような声が空に響き渡った。
《祝福あれ》

 女神像が何らかの力を発現させたように見えた。
 俺はその様子を魔導視で観察するのだが、

「これって…… もしかして魅了系の術ですかね?」
「ご明察。さすがエフィルアさんですね」

 ロアさんは真顔で言葉を続けた。

「このリナザリア王国ではですね、幻惑および魅了効果をはらんだ信徒勧誘行為は禁じられているのですよ、一応」

 見たところ魅了効果の射程はそう長くはない。俺達のところまでは届きそうもないし、じっくり観察させてもらった。

 効果範囲は半径5mほど。現時点での魅了効果は微々たるものだが…… 徐々に徐々に効力が強まってゆくのが分かる。
 どうも通常の戦闘で使うような魅了術とは少し違うようだが…… 

「もしかすると永続性の魅了術かもしれません。これに長期間魅了され続けると、いずれは術を解くことが不可能になる、そんな恐ろしい術です」

 ロアさんはそのように推察した。なんとも恐ろしい術である。

 ふと気になって、自分のステータスを開いてスキル一覧を確認してみる。
 そこには、【永続性魅了術】という名称のスキルがグレーアウトで表示されていた。
 ううむこれは、また妙なものを習得しかけてしまっている。

 あまり使いたくはない術ではある。とりあえず練習はしないでおこう。いまならまだ未収得状態なのだ。

 それからしばらくすると衛兵たちがようやっと集まってきて、儀式をやめるように話していたが、既にそれまでの間に、若い男女を中心に数名が弱い魅了状態に陥っていた。


「あ、見てください。あのおじさん……」
「むむ」


 あろうことか、先ほど俺達の屋台で買い物をしてくれた気のいいおじさんまで魅了されていた。なにしてんだー。


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