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41 聖女神殿(アナザーサイド)
しおりを挟む「忌々しいな。あの小僧、王家となんの関わりがあるというのだ? よもや王家の守護神獣なんぞがわざわざ姿を現わすとは」
「まあ構いませんよ。どうせ、その王家そのものが風前の灯なのですからね」
聖女一家が運営する神殿の奥で、そんな会話がなされていた。
1人はこの町の領主。もう1人は聖女の父親、神官長エグアスだ。
さて、この町の冒険者ギルドマスターであるダウィシエは、ダンジョン探索の任務から無事に帰還した翌日から、この2人に繰り返し詰問を受けている。
ダンジョンに関する詳細な報告書を至急提出するようにという領主命令も受け、さらに翌朝この場に呼び出されていた。
扉が開き、ダウィシエが神殿の一室に現われる。
彼女は再び、なんとも面倒な問答につき合わされることになる。
「ですから…… エフィルアは探索中に行方不明になった。何度もそう申し上げております」
「馬鹿な答えだ、ではどこへ消えた?。なんのために貴殿が動向していたのだ?」
「彼の行動を監視するような職務も義務も私にはありませんよ」
派手な鎧を身に纏った壮年の男がダウィシエに詰め寄る。
今代剣聖。リナザリア王国の南端に位置するこの南町の領主である。
初代の剣聖は確かな剣豪で、この地域を支配した有力な豪族だったが、今となってはその力は遥か昔のこと。今代には力の名残すらもない。
名ばかり剣聖。それが実体だったが、それでもこの町の領主としての地位だけは残されていた。
「まあまあ剣聖殿。ギルドマスターも、よもやあの化物もどきに何か肩入れをするような事もありますまい。報告によれば、ダンジョンには凶悪な霧の魔物が居たとか。もしやすると、その魔物に食われたのかもしれません。ねぇ? ギルドマスター。探索中に行方不明者が出てしまったことは嘆かわしい事態ですがな」
白い法衣の男が語りかける。神官長エグアス。
こちらは代々、聖女を輩出してきたという事になっている一族。その取りまとめ役。
一見すれば物腰柔らかくも見える男だが、ダウィシエが警戒感を持っているのはむしろこの男の方だった。
この町での“行方不明者”について話をするならば、ダウィシエの方から神官長に尋問したい事件が山ほどあるのだった。
聖女神殿を取り巻く黒い噂は、枚挙に暇がない。
町の人々によれば神官長エグアスは聖神と精霊に愛されている存在だそうで、その恩恵で、やたらな長寿を授けられているという。
がしかし、実際にこうして間近で顔を付き合わせるダウィシエにしてみれば、彼の顔は精気の抜けた人形か何かのようにしか見えなかった。
ニタニタとした嫌らしい人形のような笑顔で、ダウィシエの様子を見定めるように視線を向ける神官長。
彼らが神殿と称している煌びやかな邸宅で“新ダンジョン対策会議”は続いていく。
「ダウィシエさん。分かっているでしょう? 冒険者ギルドは確かに広大な組織だ、魔物と戦う力も絶大だ。しかしね、町の統治に関しては君らの権限は及ばない。我々には遥かに及ばない。我ら残神会では至誠を尊びますよ? 我らに対する清らかな真実の心のみが貴女の身を救うのです」
一方のダウィシエは考える。
“うるさいな、何が至誠だ腐れチンコめ。外道ほどそういう言葉を臆面もなく吐き出す。外道に向ける誠なんぞを私は一切持ち合わせてはいないのだ”
ダウィシエは心の中では少々破廉恥な悪態を付きながらも、毅然とした態度で会話に臨んでいた。
残神会というのは地上に在る神々の組織の1つで、少なくともこの大陸においては最大勢力を誇っている巨大組織だ。
エグアスのような神官たちは、その神々と人の世の為政者達を結びつける仕事を生業の1つとしている。
冒険者ギルドという組織も手放しに褒められるような組織ではないが、良くも悪くも権謀術数に関してはこの残神会の連中には及ばない。
特にこの町では、地方の政を束ねる領主と、この神官長様の繋がりが強い。これがダウィシエの頭を悩ませる。
実際の武力実力ならともかく、形式上は剣聖一家の下に地方の冒険者ギルドは位置づけられている。
「それではダウィシエ。もう1人、新参の小娘も同行したと聞いているが? 今その者はどこに?」
彼らの関心は、ほとんど町の安全という問題には向けられていなかった。
町の中での力関係や権力闘争、誰が大人しく従い、誰が自分たちに従わないのか、そんなことばかりのようだった。
「彼女には引き続きダンジョン探索の任にあたらせております。探知系統の術に秀でているもので」
ダウィシエは思う。
“くそおっ! やはり私もエフィルア達と一緒に行ってしまえばよかった! もうやだよぉ! ああもうこんな町しらないよっ。と言いたいが、そうもいかんのだろうなぁ。
大人たちの事情を何も分からずに日々を過ごしている子供たちもいる。
共に戦ってくれている者も僅かながらいる。
今の状況を鑑みれば、この町で唯一、冒険者ギルドという世界的組織の後ろ盾を僅かながらも持っている私が頑張らねばなるまいよ…… なんてな。私のような武力バカは、ただ斧槍をふるっている方が性に合っているのだが”
彼女はそんな事を考えながら、終わりの見えない会話に辟易としていた。
ゆっくりと、実にゆっくりと、この部屋の空気が重く沈んでいくことには気がつかないまま。
“ああ、しかしもう…… いっその事、こいつらを皆叩き切ってしまって、それからエフィルアたちの後を追ってみるか。
ああ、いっそのこと人知を超えた力で、この町ごと吹き飛ばしてくれたなら……
などと言ってもしかたがないか。もしそんな事が起きたとしても、それで解決するわけでもない問題ばかりだろう。ふう、……”
一度小休憩をはさみ、会議はまだ続くと告げられたあと、そこで初めて彼女は自分の身体の変化に気がついた。
あ、? あれ? なんだ? か ら だの・ いしきも・”
「ダウィシエ、おいダウィシエっ! 返事をしろ。なんなのだ、だらしのない女め」
「まあまあ剣聖殿。彼女も仕事が続いて疲れていたのでしょう。あとは神殿の方で面倒をみておきますから、今日のところは解散としましょう」
「そ、そうか…… 分かった」
よもや、ダウィシエには考えも及ばない事だった。
いくら悪党とはいえ、冒険者ギルドの職員にまで直接危害を加えるなど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いっぽう、聖女さんチーム
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ、聖女のエルリカ様さ。こんな事してていいのか?」
「なあにギャオ? あんた嬉しくないの? 私とこんな事出来て」
それは2日目の探索を終えた後の夜の事。
聖女チームの2人はベッドの上で仲良くしていた。
「いや、もちろん嬉しいけどさ。エルリカは剣聖のやつと付き合っていたんじゃないのか? それに新興商人の息子の、ほら、あいつもいただろう」
「あら、いたわね~、そんな男の子たちも。だからなに?」
聖女はとてもビッチだった。ビッチビチだった。
「だから何ってさ、一応聖女としての世間体とかあるんじゃないのか?」
「そーんなの、どうとでもなるでしょう? 何をしたって、揉んで揉み消せないものなんてないわよ。だいたいそういうものよ? この世界。下民とは違うのよ」
「まあいいけどさ。でも少しは用心してくれよ?」
「だーいじょうぶだって。庶民なんてみんなバカばっかりなんだから。適当に笑顔を振りまいてるだけで、あとは肩書きがあれば皆なにも思わないわ。そんな事よりギャオ? あんた、あの受付の小娘のことはいいの? なんか町にいないみたいよ? あれの事が好きだったんでしょう?」
「い、いや、別に好きとは言ってないだろう」
「ふーん、まあいいわ。どっちにしても私あの子嫌いだから、お父様に頼んで近いうちにいなくなってもらうし」
「え、おいおい、ほんとか? またどこかに売るのか? あー、なら俺に売ってもらえないかな」
「ばかね、あんなのにお金使うなんて。どっちにしても、普通じゃないところにやっちゃうから、あんたにはどうにも出来ないわよ」
「んー、あの子、俺に気があると思うんだよな」
ギャオは勘違い馬鹿だった。
その点は聖女にも分かっていた。
「ほんと馬鹿ねぇ。もういいわ。つまんないから、あんたさっさと帰りなさい。明日もダンジョン潜るんだからね」
初日の探索でダンジョンボスが討伐されたという情報は、広く一般に知らされている。しかし、ダンジョンそのものが消えたわけでもなく、その探索は継続されている。
特に聖女たちにとっては、行方不明とされているエフィルアの行方、あるいは死骸を求めての精力的な探索が、未だ不可欠なものに思われていた。
とっくに他の冒険者チームが聖女たちよりも深く広範囲に展開しているため、実際には別にやらなくてもいい事ではあるのだが。
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