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40 思いがけないイカ肉

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 コボルトの坑道街が激しく揺れたとき、俺達はすでに族長夫妻の家を出ていた。
 ロアさんの探知網が馬鹿デカイ魔物の姿を捉えていたからだ。

 俺達はすでに魔物の出現現場にまで先回りしていた。
 族長であるジョイポンさん達にも声をかけたから、彼らも行動を共にしている。

 いま俺達の目の前には、地面をグズグズに崩壊させながら地中を泳ぐ巨大なイカの姿があった。

 そして倒した。
 いけそうだったので倒した。可能な限り最速で倒した。
 巨大イカはすでに石化して動かなくなっている。
 うむ、街に被害はないな、迅速な対応が出来て良かった良かった。

「エフィルア様。僕も戦いたかったですけど…… でも今回はしょうがないですね」
「そうだねトカマル君。今のは速攻で動きを止めて倒しておかないと、街に被害が出たら良くないからね。トカマル君はまた今度がんばってくれよ」

「はーい、分かりました。次は僕が戦いますね」

 などという話をしていると、コボルト族の精鋭部隊が決死の表情をして集まってきた。みんな立派な武具を身につけているが、相変わらず見た目はモフモフとしていて可愛らしい。

「アースクラーケンが現われたぞ!」 
「旧市街跡にアーーースクーラケンだ~~!!」
「クソッ、あの野郎まで一緒に転移してくるなんてやってられないぜ」
「文句言ってる場合じゃないよ。とにかく戦わなくちゃ」
「とはいってもな、今度こそ持ちこたえられ・ ん?」

「皆のもの静まれ。すでに怨敵アースクラーケンは討伐された。魔神エフィルア様の手によって倒されたのだ」

「「「なっ?!」」」

 アースクラーケンは地面に半分埋まったまま、全身が石化してしまっている状態である。完全なる拍子抜け状態で、コボルト族の英雄たちは巨大イカを呆然と見上げていた。触手の1本だけでも10mほどはあろうかというイカの石像。

「「「何がどうなっているんだ」」」

 異口同音で疑問が飛び出す。
 
 ええとですね。地面をグズグズに崩壊させながら接近してくる巨大イカの情報をロアさんに聞いた瞬間に、あっ、これは俊殺しとかないといけないなと思いまして、敵が姿を現した瞬間に石化ミストを使いました。

 石化ミストというのはアレだ。霧の魔物の主成分。
 あるいは、窟化バジリスクが吐き出していた石化ブレスの主成分でもある。
 
 もちろんバジリスクの石化ブレスは俺には習得できなかったから、今回使ったのはブレスとは少しだけ違う。

 そもそも、俺の喉にはブレスを吐くのに必要な器官がないのだ。
 翼がなければ羽ばたけないように、種族特有の器官がなければ使えないスキルだってあるようなのだ。

 そう、そして俺の場合はだな、ブレスは吐けなかったが、なぜか身体そのものを霧化させる事は出来たのだった。石化ミストそのものに変化できたのだ。わりと簡単に出来たのだった。霧の魔物とバジリスクの石化ブレスを解析したあと、ちょっと出来そうな気がしてやってみたら出来たのだった。

 ブレスは吐けなかったくせに、なぜ身体丸ごとなら変えられるのかと疑問に思う部分はあるのだが、実際そうなのだからしょうがない。

 あれかな。俺には【変体制御】というスキルもあるので、これの効果で身体を作り変えることが出来るのかもしれない。
 もしくは魔神の種族特性なのかもしれない。 

 ともかく、俺は石化ミストへと変化して、巨大イカの足先から頭のてっぺんまでを石に変えていった。

「はあぁ。エフィルアさん。ミスト化かっこいいですね。ロマンが溢れてますよ。しかも黒い霧。石化効果まであるなんて。浪漫の極みですね」

 ロアさんは興奮気味に食いついてくる。
 彼女はこういうのが趣味らしい。なんだか俺の思っていた反応とは少し違った。
 気持ち悪がられるかと思ったのだが。

「あの、あの、マントを着てバサーーッと翻してから、霧に変化して飛び立つのとかって、凄く格好良いと思うんですよね。今度やってみてください」

 あれかな、ロアさんはヴァンパイアとかドラキュラ伯爵的な感じが好きなのかな?
 ちなみに俺の場合は着ている服は霧化させられないからね。マントを身につけていたとしても、マントはその場に置き去りになる。

 当然ながら、そのまま元の身体に戻ると素っ裸になってしまう。マントどころか全ての衣服を置き去りにして飛んでいってしまうのだから。

 だから服を置いていった場所にきちんと帰ってきてから人型に戻らなくてはスッポンポンなのである。微妙に格好がつかない仕様になっております。
 いやまてよ、インベントリに仕舞っておけば大丈夫か。衣類を先にバサッーっと出しておいて、その中にもぐってもとの身体に戻れば大丈夫?

 あとで練習しておく必要がありそうだ。シャツの裏表とか左右とかを間違えたり、首のとこから手を出してしまうような失態は避けたい。

 さてさて、そんな戯言はともかくとして、どうやらアースクラーケンという魔物はコボルト達の古くからの天敵だったようである。
 これまでの犠牲者は数知れず。しかも、今回の空間転移でもコボルトの坑道街にくっついて一緒に来てしまったというのだから迷惑千番な話である。

「まさか、あのアースクラーケンまでも倒せるとは」

「エフィルア様に敵うイカなどいませんから」
 勝手な見得を切るトカマル君。
 今回はたまたま倒せるイカだっただけだ。きっともっと強いイカだって普通にいるはずである。


 それにしてもこのイカ。どこからどう見てもイカである。
 地球のイカをそのまま巨大にしたような見事なイカである。魚介類である。

 ここしばらく魚介類を一切口にしていない俺には、その艶かしいイカボディが極上の食材に見えてしまっていた。それは否定の出来ない事実だった。

 しかし、このイカは食用になるのだろうか?
 
 族長ジョイポンさんに聞いてみると、これまでの戦闘でも足先の切り落としに成功した事はあって、それは普通に食用にしているという。

「エフィルアさん。私もアースクラーケンイカを食べたいです。このあたりでは手に入らない珍味ですよ。それに、とってもレベルの高い魔物肉でもありますし」

 一応この世界の常識では、より強い魔物の肉であるほど、より高級な食材であるとみなされる。良質な魔素をたくさん含んだ栄養食だからだ。

 良質な魔素と睡眠。これは日々の生活で消耗したMPを回復させるのにも不可欠だし、効率良くレベルアップしていくためにも必要なものだと言われている。

 もちろん自分とレベルの違いすぎる魔物の肉は強力すぎて危険だから、魔素抜きの処理をしないと食べられない。とくに人間はそのあたりが繊細なようだが、コボルトさん達はどうなのだろうか。
 ふつうにイカ肉を食べたことはあるようだが。

 俺は石化したイカの足を少し切り落とし、それから石化を解除した。
 透明感のある新鮮なゲソが、ぷりぷりぷるんと現われる。
 幸いなことに、石化は術者の意思で解くことも出来るようだ。

 ジョゼリッピーナさん率いる御料理チームとも協議して、巨大ゲソは街の食料庫へと運ばれる事に。

 巨大ゲソを担いで街に帰っていくコボルト族の戦士たち。
 すでに歓迎の宴も終了した夜遅くだったが、子供たちまで出てきて周囲を駆け回っている。

 コボルト族のみんなもイカ肉に喜んでくれているようだ。いや、倒した事にももちろん喜んでくれているのだろうが。
 とにもかくにも割れんばかりの喝采と歓声がボロボロの旧市街跡地に響いた。 

 流石に今夜は誰もが皆すでに満腹だから、これを食べるのは明日になる。
 大部分は石化させたままの状態だから、鮮度も長く保てるだろう。

 皆の姿を見送りながら、俺はここで新しいスキルのチェックも済ませておいた。
 嬉しい事に【地盤崩壊】というアースクラーケンの技を少しだけ観察できていたのだ。イカが地中から姿を現すまでの間が少しだけ暇だったのだ。

 さすがにまだグレーアウト表示の状態で、完全な習得には至っていない。観察時間も短かったから練習には時間がかかりそうだが、面白そうなスキルではある。
 上手く使えば町の1つや2つは丸ごと沈める事も出来そうな強烈なスキルになるだろうし、土木工事なんかにも最適だ。


 人間の町から旅立って1日目の夜は、こうしてようやく終わりを告げた。





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