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38 コボルトの坑道街

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「ロアさん、とりあえず元の姿に戻ってください。この通路は狭いのですよ」
 巨大なオオカミ姿のロアさんがじゃれついてくる。
 この、くそ狭いダンジョンの小道には不適切な大きさだ。
 まるで通路に毛玉が詰まっているような状態。


「エフィルアさん。どうですか、これが私の本気です。大きいでしょう? フェンリル系人狼なんですよ?」
「ロアさん。分かりました。分かりましたから小さくなってください」

 なんとか人狼状態に戻ってくれるロアさん。
 シュルシュルシュルと小さくなっていく。
 全身を覆っていたフサフサの毛皮が消えて、ツヤスベの綺麗な女の子の肌……
 全身つるつるなお肌があらわに。

 ん。裸である。
 いくらロアさんの平和的な胸部といえども、これでは流石に太平の世にも眠りを覚ます。

「あああっ」
 今さら気が付いて、恥じらうロアさん。
 いや、そりゃそうなるよね。でかくなるとき服が破れるよね。
 これは変身すると絶対に服がだめになっちゃうやつである。

「ちょおい、ちょっと待って下さいね?」
 そういって再び姿を変えていくロアさんオオカミ。
 胸とか腰周りとかの際どい部分だけがオオカミの毛皮になってゆく。
 肌色の面積は広い。

「ど、どうですか?」
「セクシーですね」
「せ、せせ、セクシーって。ぐるるぅ何を言ってるんですかねエフィルアさんは」

 クルクルと回りながら、自分でもその姿を見て確認している。
「とりあえず大丈夫そうですかね」

 大丈夫だそうだが、俺は思うのだ。
 それ全裸のままですよね? オオカミの毛が生えてはいるけれど、やっぱり全裸ですよね。しかし、、


「ロアねえ、それいいね。魔族っぽくてかっこいい」
 トカマル君には好評のようだった。

「ほんと? トカマル君ありがとう」

 すっかり仲の良い様子の2人が楽しそうに談笑している。
 ちなみにこの世界には魔族という分類の生き物はいない。
 神話や物語の中にでてくるような存在である。

 そんな魔族的な美意識について意気投合したようで、きゃっきゃしているのだ。
 妙に楽しそうだ。

 軽い。実に軽い雰囲気。
 ダンジョンに潜っているというのに、なんという平和感なのだろうか。


「エフィルアさんのお供としてはどの姿が良いのですかね?」
 人の姿と、フェンリルの姿と、その中間と、どれが良いのかという質問だった。

「能力的な違いはありますか?」
「はい。魔法的にも物理的にも出力が一番大きいのは大狼の姿です。逆に、気配を消したりするには人間の姿が有利です。探知術はどちらでも変わりません」

「とりあえずは今の姿で良いと思いますけど、お好きな格好で良いですよ。狭い場所でなければ狼でもいいですし」

 そんな談笑をしながらも、やはりここはダンジョン。相変わらず魔物は襲ってくる。
 

 それほど強い敵はいないけれど、岩肌からにじみ出てくるスライムは地味に防御力が高かった。なんだか固いのだ。
 トカマル君は人間モードで先頭に立ち、一生懸命戦ってくれる。

 今日ここまでの道中でもずっと、彼はレベル上げに勤しんでいた。がんばっているなぁ。

 あらためて考えると、トカマル君は随分としっかりした0歳児である。
 言語能力とか知識量とか、その他諸々どうなっているのだろうかという疑問もわくのだが、それよりも、0歳児が見知らぬ土地でこんなふうに頑張っている姿を見ると……

 ちょうど一息ついたところで、俺はなんとなくトカマル君を抱き上げてしまう。
 がんばれよトカマル君。元気に育つのだ。

 ロアさんがこちらを見ている。なんだろうか。

「あの、私も」
 俺によじ登ろうとしてくるロアさん。
 ええと、確かにロアさんは小柄な人ですが、ちょっとその体勢は無理な気が。
 トカマル君も今は人間状態なので、俺の上が相当な混雑具合に。これは乗りきるのだろうか?

「よいしょっと」
 結局俺は2人を肩に乗せきった。そして角につかまる2人。
 2人とも軽いから大丈夫だが、この状態で会話をするのは何かシュールな雰囲気になっていないだろうか?

 お構い無しにトカマル君が話を続ける。
「楽しみですねー、エフィルア様。僕もうお腹すいちゃいました」

 坑道街に行くことが決まってからというもの、彼の食欲は上昇中だ。
 無理もないか。今までほとんど摂取できていなかった生鉱石が、そこには沢山あるらしいのだから。

 と、ちょうどそこに、遠くから声が聞こえてきた。 
 それは狭い一本道の洞窟を抜ける直前の事だった。

「エフィルア様! エフィルア様だ。 エフィルア様が来てくれたぞーーーー」

 声のするほうに目をやると、見覚えのある姿。
 身長1mくらいで、モフモフっとした2足歩行の犬。コボルト族である。
 はじめの1人が声をあげて仲間を呼び寄せたせいで、次から次へとモフモフ達が集まってくる。

「到着しましたね、コボルトの坑道街」
 トカマル君は俺の肩に乗ったまま、遠くを見つめてそう言った。

 ふうむ、思ったよりも近かったな。あの障壁さえ抜けてしまえばすぐの場所にあったのだ。

 障壁のあった狭い一本道を抜けた先には、洞窟を刳りぬいて造ったような街が存在していた。

 細く続く長い道と、その道を挟んだ両側にズラリと並ぶ家々。どの建物も岩壁を刳りぬいて造られているようだが、その出来栄えの上等さには目を見張るものがある。
 細かな意匠いしょうがほどこされ、美しく、各家々は水晶柱からの柔らかな光に包まれていた。
 
「エフィルア様。良くぞお越しくださいました」
 俺達がぼうっと街を眺めているうちに、ジョイポンさんが現れて挨拶をしてくれた。
 彼と会うのはこれで3度目になるが、正直言ってコボルト族の顔を見分けるのは難しい。とくにこれほどの大人数に囲まれてしまったらもう終わりだ。
 誰が誰なのやら分からなくなってしまう。

 ああそれにしても今日はなんと犬まみれな日なのだろうか。
 ロアさんというドデカイのから始まったかと思えば、今度は小さめサイズが大量に押し寄せる。

 俺達はじょいぽんさんに案内され、家々が軒を連ねる大通りを歩く。
 
 他種族が珍しいのだろうか? クンクン臭いを嗅いでまわったり、声をかけてきたり。大人も子供も関係なく大量のモフモフが近寄ってくる。

「エフィルア様は、やはりあの障壁も問題なく通られましたか?」
 ジョイポンさんにそう尋ねられて、俺は首を縦に振る。

 どうやらあの障壁、コボルト族の中には越えられたものはいないらしい。
 コボルト族は弱いらしい。
 
 あそこを越えて来たという事だけで、近くにいたモフモフさんたちは揃って驚嘆の声をあげた。

 俺たちから見れば、地面の中を自由に動き回れるコボルト族の特殊能力も、十分な驚きに値するのだが。

「今の我らには、エフィルア様のような方が傍にいてくれるだけでもありがたいのです。人間の治めるこのような未知の土地ですから、一族の者は不安に怯えておりますゆえ。ああしかし、エフィルア様ほどのお方であれば、何か大きなお仕事もオありでしょうな。このような寒村には長くお引止めできないでしょうが、よろしければごゆるりとご滞在を」

 じょいぽんさんは殊更ことさらうやうやしく頭を下げる。
 あまりに丁寧すぎる態度で逆に、早く帰れと言われているのかとさえ思ってしまうほどだった。しかし、

「いや、たいした仕事も目的も無いですよ。ヒマです」
 きっぱり申し上げる俺。

「いやいやいや」 じょいぽんさんは俺の言葉を真面目に受け取らない。
「いえいえいえ、本当に」 もう一度念を押す俺。 

 本当に俺なんてただの村八分で、人里にも居られなくなったからブラブラしているだけなのですが。
 彼には森で初めて会ったときから俺なんてしょうもない存在だという話はしているのだが、まったく聞いてもらえない。

「魂の質からして、根源的に普通とは違うものを感じます」
 じょいぽんさんはそう語る。

 そりゃあ確かに、魂に限って言えば日本産異質なのかもしれないが。
 やはりブラブラしているだけの存在であることに変わりはないのだ。

 いかに今の俺が行くところもやる事も定まっていないかということを力説する。
 可能ならば、ここに住ませてほしいくらいなのだ。 

 いっぽうのコボルトさん達。彼らはつい先日まで別の土地に住んでいて、それがある日、街ごと空間転移に巻き込まれたという状況だ。
 今は周囲の状況を調査している段階のようだが、一族だけでこの地を生き抜くには不安があるらしい。

「それではエフィルア様、我々に出来る事があれば何なりといたしますので、しばらくの間、この町に滞在していただければ心強いのですが」

「では、しばらく居てもよろしいので?」
「おおっ 居てくださると?!」

 御付の人々も歓迎してくれている雰囲気だ。
 中型犬サイズのコボルトさん達。そのつぶらな瞳が俺を見つめる。


「さあさ、それでは堅苦しい話はこれくらいにして、まずは先日のお礼をせねばなりませぬ。たいしたことは出来ませんが、歓迎の宴といたしましょう。皆も楽しみにしております」  


「おおおおっし、宴じゃ宴じゃ、今日は宴じゃ~~い」
 いつのまにか盛り上がり始めるコボルト達。 
 町の中心あたりまで案内される俺達。

 そこらじゅうの家々から椅子やテーブルが運び出されてくる。
 コボルトさん達は元気いっぱい。
 そして飛び交う皿とカップ。短い手足で走り回るコボルトさん。  

 気がつくと、俺達に用意されたテーブルの上には、ご馳走らしき皿の数々が用意されていた。

 ただし皿の上に乗せられているのはキラキラ光った岩だったりするのだが。やはりこれは食べ物なのだろうか。
 ロアさんも首をかしげている。もちろん、トカマル君は無性に喜んでいる。待望の生鉱石なのだから。

「うわぁお。これ食べていいんですか? いいんですか?」

 はしゃぐトカマル君。
 俺には食えそうにないが。まあきっとトカマル君のレベル上げにはなりそうな食材だし。俺の分まで沢山食べてもらおうか。

 そう思いながら水晶のような小ぶりの石を見つめていると、プルルン、プルンプルン。おや? なんだか柔らかそうにゆれる鉱物結晶。ゼリーほどではないが、とても石の硬さとも思えない。

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