36 / 61
36 進路を変えろ
しおりを挟む人間はやめよう。
これはもうしょうがない。町には戻れないだろう。
人間生活は卒業するしかない。そうしよう。
ダンジョンの中、俺は再びロアさんとダウィシエさんを抱えて、危険のない上層を目指し駆け上がる。町までは送れなくなってしまった。
それにしてもね。少しばかり油断していたな。まさか人間に戻れなくなるとは。
【変体耐性】と【狂気化耐性】などという、いかにも心身の変化をコントロール出来そうな名称の耐性スキルがあったから、それで自由が利くのかと思っていた。
もしかすると急激にレベルが上がりすぎたとかだろうか?
【変体耐性】 +82300% 強制的な身体の変化に抗う能力
こんな表示がされているぐらいだから、ある一定の強さを超えた強制力には耐え切れないのかもしれない。
もっと制御練習をすればどうにかなるのか?
走りながら試してみるが、今すぐにどうにかなるような感じはしない。
そんな考え事をしながら走るダンジョンの中で、突然俺の名を呼ぶ声がした。何処かで聞いたことのある声だった。
「エフィルア様、エフィルア様」
はて、この声は誰だったか?
「じょいぽん、じょいぽんにございます。コボルト族のじょいぽんにございます」
おおそうか。このあいだのコボルトさんか。
「今そちらに伺います」
彼はこの間森で出合ったコボルトさん達のリーダーだ。
地中に街があるとは聞いていたが、この近くなのだろうか。
立ち止まって少し待つと、ボコボコと地面が盛り上がり、コボルトたちが姿を現した。
「お元気そうですね、じょいぽんさん」
「エフィルア様のおかげございます。その節は大変お世話になりました」
礼儀正しいコボルトさん。
しかし俺なんぞに畏まった話し方をする必要など皆無である。もっと気楽に話してくれとお願いしても、一向に変えてくれる様子はない。
「え、エフィルア? そちらは?」
ギルマスが俺にそう尋ねる。が、なんとも答えようがない。
「コボルトさん達です」
俺だって良く知らないのだから、ただそう答えるぐらいしか出来ない。
「我らはエフィルア様に助けられし者。ぜひ我らが村にお越しいただきたく、お声を掛けさせて頂きました。今夜は是非歓迎の宴にご出席ください」
じょいぽんさんとその仲間達は、モフモフな手で俺の背中をグイグイ押す。
「エフィルア様、行ってみましょうよ。なんだかその方が良いような気がするんです」
トカマル君も鼻をヒクつかせながら、彼らの押す方向へと意識を向けていた。
「エフィルアさん。町に戻らないんですか? もしかして、このままどこか別の場所に…… …… ああ、それならぜひ私も」
なぜか、ロアさんまでもが行く気になり始めていた。
俺としても今は家に帰れない状況なのだし、コボルトさん達が本当に歓迎してくれると言うなら、まさに渡りに舟だが……
「行ってみるか」
どうせこの辺りでウロウロしていても、角丸出しで闇属性の魔神なんて人間たちから討伐対象にでも指定されだけだろう。もちろん守護神獣さんは手助けしてくれると言ってはいたが、忙しそうだったし、あまり迷惑をかけるのも良くないかもしれない。
俺の決定にコボルトさん達が沸き立った。ワフワフと吼えながら元気良く走り回っている。
コボルトの坑道街に行く道を尋ねてみる。
どうやら断崖の途中にあった、あの危険そうな横道を通り抜ける必要があるらしい。
空間を捻じ曲げるような激しい障壁があった場所だ。
あんな場所を通れるものなのだろうか。
さて、行き方は分かったが、今すぐに向かう訳にはいかない。
足が石化中のギルマスがいるのだ。まず彼女を町まで送り返すのが優先だろう。
ロアさんだって俺達について来るとは言っているが、半分石化しかけているのだ。町に戻って治療をする必要がある。
「うう、エフィルアさんっ! 絶対に明日まで待ってて下さいね。必ず戻ってきますから!」
彼女の治療を待つために、坑道街への出発は明日となった。
俺とトカマル君はダンジョンの浅い階層で一泊する事にした。
コボルトさん達は、MPさえ残っていれば地中を自由に動ける体質らしく、あの障壁を通る必要はないという。
彼らには先に坑道街へ戻ってもらうことにした。
俺は石化しかけた2人を抱きかかえて、地下3階層にまで戻ってきた。
ここから先は冒険者やらギルド職員やらが多数うろついているようだ。
足が石化してるとはいえ2人でも安全に出られるだろう。
という事で、俺はここでお別れすることにした。
「じゃあ2人とも、俺はこの先には行けないから。あとは適当にお願いします。俺の事は行方不明とでもしておいてください」
「じゃあエフィルアさんっ、また明日ですね」
「ロアさんは本気で一緒に行くのつもりですか? まあ別に良いですけど、危ないかもですよ?」
「もちろん行きます。絶対いきますよ。それに、そうそう、私の最終秘奥義を見せる約束もまだ果たしてませんでしたよ。明日お見せしますから楽しみにしておいて下さい」
なんだか楽しそうなロアさんである。
最終秘奥義か。たしかにそんな話もしたね。
霧の魔物を倒した後だったか。
冗談なんだか本気なんだかよく分からないけど、とりあえず明日まで待つ事にしようか。
「分かりましたロアさん。それでは楽しみに待ってます。でも来なかったら行っちゃいますからね?」
「ぜったい絶対に行くので大丈夫ですよ。正午までにはダンジョンに入ります。15階層までにいてくれたら見つけ出すので、好きに動いていて下さい」
それから、ついにダウィシエさんまでも一緒に行きたいなどと言い出したのだが、ギルマスという立場の人間がいきなり町からいなくなる事の影響を考えて、真面目な彼女は思いとどまった。
「野生の魔獣と命がけの殺し合いをしている方が生き物としては美しい、そうありたいものだが、私はダメだな」
ダンジョンの出口に近づくにつれ、ダウィシエさんの瞳は細く険しくなっていった。
ロアさんという優秀な人材がいなくなる事も気にしていた。
受付嬢としての業務は問題ないらしいのだが、裏で動いていた仕事には多大な影響があるという。ロアさん、いったい何をしてたんですかね貴女は。
ロアさんはギルマスに語りかける。力を蓄えてまた戻るからと約束しているようだった。
「2人とも向こうで落ち着いたら連絡くらいよこせよ? そしたら私も行くからな」
向こうというのが何処になるのか。まだ未定だが、可能ならば連絡はしようと思う。
意外とコボルトさん達の街で長らく厄介になるかもしれない。
それならば近所になりそうだが。
ギルマスは最後に、保存食を少しと旅の道具を俺にくれた。
キャンプ用品やキッチングッズである。餞別代りにもって行けという。
2人は町へ戻っていく。
上の階層へ向かうロアさんが、振り向いてブンブンブンッと手を振った。
10
お気に入りに追加
804
あなたにおすすめの小説
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。
ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」
そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。
長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。
アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。
しかしアリーチェが18歳の時。
アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。
それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。
父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。
そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。
そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。
──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──
アリーチェは行動を起こした。
もうあなたたちに情はない。
─────
◇これは『ざまぁ』の話です。
◇テンプレ [妹贔屓母]
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~
荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。
=========================
<<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>>
参加時325位 → 現在5位!
応援よろしくお願いします!(´▽`)
=========================
S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。
ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。
崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。
そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。
今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。
そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。
それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。
ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。
他サイトでも掲載しています。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる