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36 進路を変えろ

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 人間はやめよう。
 これはもうしょうがない。町には戻れないだろう。
 人間生活は卒業するしかない。そうしよう。

 ダンジョンの中、俺は再びロアさんとダウィシエさんを抱えて、危険のない上層を目指し駆け上がる。町までは送れなくなってしまった。

 それにしてもね。少しばかり油断していたな。まさか人間に戻れなくなるとは。
 【変体耐性】と【狂気化耐性】などという、いかにも心身の変化をコントロール出来そうな名称の耐性スキルがあったから、それで自由が利くのかと思っていた。

 もしかすると急激にレベルが上がりすぎたとかだろうか?
 【変体耐性】 +82300% 強制的な身体の変化に抗う能力

 こんな表示がされているぐらいだから、ある一定の強さを超えた強制力には耐え切れないのかもしれない。
 もっと制御練習をすればどうにかなるのか? 

 走りながら試してみるが、今すぐにどうにかなるような感じはしない。
 そんな考え事をしながら走るダンジョンの中で、突然俺の名を呼ぶ声がした。何処かで聞いたことのある声だった。

「エフィルア様、エフィルア様」

 はて、この声は誰だったか?

「じょいぽん、じょいぽんにございます。コボルト族のじょいぽんにございます」
 おおそうか。このあいだのコボルトさんか。

「今そちらに伺います」
 彼はこの間森で出合ったコボルトさん達のリーダーだ。
 地中に街があるとは聞いていたが、この近くなのだろうか。

 立ち止まって少し待つと、ボコボコと地面が盛り上がり、コボルトたちが姿を現した。

「お元気そうですね、じょいぽんさん」
「エフィルア様のおかげございます。その節は大変お世話になりました」

 礼儀正しいコボルトさん。
 しかし俺なんぞにかしこまった話し方をする必要など皆無である。もっと気楽に話してくれとお願いしても、一向に変えてくれる様子はない。

「え、エフィルア? そちらは?」
 ギルマスが俺にそう尋ねる。が、なんとも答えようがない。
「コボルトさん達です」
 俺だって良く知らないのだから、ただそう答えるぐらいしか出来ない。

「我らはエフィルア様に助けられし者。ぜひ我らが村にお越しいただきたく、お声を掛けさせて頂きました。今夜は是非歓迎の宴にご出席ください」

 じょいぽんさんとその仲間達は、モフモフな手で俺の背中をグイグイ押す。

「エフィルア様、行ってみましょうよ。なんだかその方が良いような気がするんです」
 トカマル君も鼻をヒクつかせながら、彼らの押す方向へと意識を向けていた。
 
 
「エフィルアさん。町に戻らないんですか? もしかして、このままどこか別の場所に…… …… ああ、それならぜひ私も」
 なぜか、ロアさんまでもが行く気になり始めていた。

 俺としても今は家に帰れない状況なのだし、コボルトさん達が本当に歓迎してくれると言うなら、まさに渡りに舟だが……

「行ってみるか」
 どうせこの辺りでウロウロしていても、角丸出しで闇属性の魔神なんて人間たちから討伐対象にでも指定されだけだろう。もちろん守護神獣さんは手助けしてくれると言ってはいたが、忙しそうだったし、あまり迷惑をかけるのも良くないかもしれない。

 俺の決定にコボルトさん達が沸き立った。ワフワフと吼えながら元気良く走り回っている。
 コボルトの坑道街に行く道を尋ねてみる。
 どうやら断崖の途中にあった、あの危険そうな横道を通り抜ける必要があるらしい。
 空間を捻じ曲げるような激しい障壁があった場所だ。
 あんな場所を通れるものなのだろうか。

 さて、行き方は分かったが、今すぐに向かう訳にはいかない。
 足が石化中のギルマスがいるのだ。まず彼女を町まで送り返すのが優先だろう。

 ロアさんだって俺達について来るとは言っているが、半分石化しかけているのだ。町に戻って治療をする必要がある。

「うう、エフィルアさんっ! 絶対に明日まで待ってて下さいね。必ず戻ってきますから!」
 彼女の治療を待つために、坑道街への出発は明日となった。
 俺とトカマル君はダンジョンの浅い階層で一泊する事にした。

 コボルトさん達は、MPさえ残っていれば地中を自由に動ける体質らしく、あの障壁を通る必要はないという。
 彼らには先に坑道街へ戻ってもらうことにした。

 俺は石化しかけた2人を抱きかかえて、地下3階層にまで戻ってきた。
 ここから先は冒険者やらギルド職員やらが多数うろついているようだ。
 足が石化してるとはいえ2人でも安全に出られるだろう。
 という事で、俺はここでお別れすることにした。

「じゃあ2人とも、俺はこの先には行けないから。あとは適当にお願いします。俺の事は行方不明とでもしておいてください」
「じゃあエフィルアさんっ、また明日ですね」

「ロアさんは本気で一緒に行くのつもりですか? まあ別に良いですけど、危ないかもですよ?」

「もちろん行きます。絶対いきますよ。それに、そうそう、私の最終秘奥義を見せる約束もまだ果たしてませんでしたよ。明日お見せしますから楽しみにしておいて下さい」

 なんだか楽しそうなロアさんである。
 最終秘奥義か。たしかにそんな話もしたね。
 霧の魔物を倒した後だったか。

 冗談なんだか本気なんだかよく分からないけど、とりあえず明日まで待つ事にしようか。

「分かりましたロアさん。それでは楽しみに待ってます。でも来なかったら行っちゃいますからね?」
「ぜったい絶対に行くので大丈夫ですよ。正午までにはダンジョンに入ります。15階層までにいてくれたら見つけ出すので、好きに動いていて下さい」

 それから、ついにダウィシエさんまでも一緒に行きたいなどと言い出したのだが、ギルマスという立場の人間がいきなり町からいなくなる事の影響を考えて、真面目な彼女は思いとどまった。

「野生の魔獣と命がけの殺し合いをしている方が生き物としては美しい、そうありたいものだが、私はダメだな」
 ダンジョンの出口に近づくにつれ、ダウィシエさんの瞳は細く険しくなっていった。

 ロアさんという優秀な人材がいなくなる事も気にしていた。
 受付嬢としての業務は問題ないらしいのだが、裏で動いていた仕事には多大な影響があるという。ロアさん、いったい何をしてたんですかね貴女は。

 ロアさんはギルマスに語りかける。力を蓄えてまた戻るからと約束しているようだった。

「2人とも向こうで落ち着いたら連絡くらいよこせよ? そしたら私も行くからな」

 というのが何処どこになるのか。まだ未定だが、可能ならば連絡はしようと思う。

 意外とコボルトさん達の街で長らく厄介になるかもしれない。
 それならば近所になりそうだが。

 ギルマスは最後に、保存食を少しと旅の道具を俺にくれた。
 キャンプ用品やキッチングッズである。餞別代りにもって行けという。

 2人は町へ戻っていく。
 上の階層へ向かうロアさんが、振り向いてブンブンブンッと手を振った。
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