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23 宵闇の町に木霊するのは
しおりを挟む町の真ん中にそびえる冒険者ギルドは、ひときわ頑丈そうな2階建ての建物だ。
分厚い木製の扉を押し開けると、夕暮れの受付カウンターに魔導灯がほんのりと灯っていた。
さて、今日の収穫を売却しに来たのだが……
視線を感じて横を見ると、奥のほうに聖女様御一行がいた。いつもの調子、大きな声で騒いでいる5人組。
なるべくなら関わり合いになりたくないというのが俺の本心だ。話が通じる相手だとも思えないし、それでいて彼女らはこの町の有力者。
俺はそそくさとカウンターに行って必要な事だけを済ませてしまう。それから、彼女らとは反対の扉から外に出ようとするのだが、
「あなた、なんでここにいるのよ? なんなの? どんな汚い手を使ったのか知らないけれど、かならず私の町から追い出してあげる」
聖女様は俺と扉の間に割って入ってきたのだった。
「あー、その扉の前にいると危ないかも」「どいたほうが良いですね」
俺とトカマル君は、とりあえず彼女にそう忠告した。今ちょうど外から誰かが勢い良く入ってくる気配があるから・
ドガバアァァンッ
聖女エルリカの背後で扉は勢い良く開いた。
思いっきり彼女の後頭部にぶつかり、跳ね返る扉。
すさまじい勢いでギルドに入ってきた男も、跳ね返ってきた重厚な扉に挟まれて悶絶する。2人とも大丈夫だろうか。
ギルド中の視線がこちらに向けられている。
あわてんぼうな男は痛みに耐えて立ち上がり、声をあげるのだった。
「町の中でうちの孤児院の子供が魔物にさらわれた!! 人の顔をもった4つ足の獣だったんだ!!!」
人攫いが発生したらしい。相手は人間のような顔の獣? 人面犬的なやつだろうか? この世界ではそういった魔物の情報は見た事がないが。
実にあわてんぼうな感じのするこのおじさんは、もしかしたら夢でも見たのかもしれない。
しかしもし彼の話が本当なら、町の中に魔物が潜入しているなんてのは一大事なのでは?
バァァンッ!!!
「なんだとっ!!」
今度は2階の部屋からギルマスが現れた。
タフで筋肉質でむっちり美人なアマゾネスである。
突然の出来事に騒然とするギルド。
ギルマスは人面獣に何か心当たりでもあるのだろうか?
「非常召集をかける! 例の洞穴内から沸いた新種の怪生物が町に入り込んでる可能性がある! 全冒険者は町の探索にあたってくれ! 衛兵達にも警戒態勢を!!」
「「「ハッ!」」」
数名の男女が迅速に隊列を組んで飛び出していく。
その後すぐに、挟まれおじさんの話がまとめられて皆に通告される。
さらわれたのはまだ小さな女の子らしい。
さて今回のような非常召集というのは、全ての登録冒険者が応じなければならないものだ。俺も参加する必要がある。
てんやわんやのギルド内。俺は扉を開けて外へと出た。
そこに広がる景色はいつもと同じ町の姿。
日が落ちて、魔道灯の暖かな光だけが町の陰影を浮き立たせている。
ただ、その町並みに少しだけ感じる違和感、いつもとは少しだけ違う存在があった……
大きな蝶? 蛾? それが飛び交い、町の夜明かりにガラスのようなハネがキラキラと照らされている。
綺麗と言うよりはグロテスクな色合いかもしれない。
よくよく模様を見てみれば、そのハネには人の目のような文様が浮かび上がっているのだった。その目は何かを探すように、ギョロリギョロリとあちらこちらを眺め回していた。
「「「キャアァァーーーー」」」
町中にムシ嫌い達の絶叫が木霊していた。
ギルドからの非常召集によって、宵闇の町を冒険者達が駆け回る。
ギルマス情報によると、北西の洞穴から何やら魔物が沸いて出てるという話だった。今のところ本当に獣がそこから来たのかは断定できていないらしい。
洞穴には調査部隊や監視員が張り付いてるはずだそうだ。
どこからか沸いて出てきた蝶たちは人を襲うわけでもい。ただただ空を舞っていたが、冒険者や衛兵の手によって次々に撃ち落されていた。
俺の頭の上のトカマル君は、その様子を興味深そうに眺めている。
トカマル君のことだからな、きっとあのグロテスクな蝶も食べたいとか言いだすのではと思っていたのだが…… まさにその通りだった。
冥界ジュエルサラマンダーという種族の本能で、囚われた魂やその断片を見ると浄化したいという欲求に狩られるらしい。そう、つまりあれは、なにかしらの魂。あるいは、その切れ端のようなもの。
撃ち落された蝶たちの身体は淡い光りのモヤとなる。子供がさらわれた現場へと向かう道すがら、トカマル君はそれをパクパクと呑み込んでゆく。
「これは浄化してるだけなんですからね?」
「わかってる、わかってる」
現場に到着すると、すでにそこには複数の冒険者達が集まっていた。
皆それぞれの特技を使って調査をしているようだが、さて、俺はどうしたものかな。
まずはあれだな。ミニデーモンリリーを探した時と同じように、周囲の気配や魔力を探ってみるか…… …… ……
ううむ。俺の感知できる範囲には人間以外の気配はないか?
いや、少し怪しい箇所があるが…… すでに他の冒険者が向かっているから放っておこう。どうせそこには攫われた少女らしき気配はないのだ。
さて、他には何か少女と人面獣の痕跡はないものか。そう思いながらよくよく目を凝らしてみる。瞳に集中して、魔力を集めてと…… を きたかな?
グレーアウト表示されているスキルの1つを、俺は試してみていた。
?【魔導視 】 魔素そのものや、魔力の流れ、その残滓を可視化する。
これが役に立つかもしれないと思ってやってみているのだ。
魔力の流れや痕跡が見えるようになるスキルらしい。
そして、これまでにも何度かあった閃きの感覚がやってくる。無事に習得完了。
俺の目には今までとは違った景色が見えてきたのだった。
おそらくこれが魔素の存在そのものなのだろう。
【魔力探知】とは違って遠い場所のことは分からないのだが、目に見える範囲のことならかなり微細な魔力の痕跡まで見ることができそうだ。
たとえば、4本足の生き物が跳ね回ったような痕跡も発見できたし、小さな子供が少しだけ暴れた跡も見えた。
その痕跡は石畳の向こうまで点々と残され、光っているのだ。
それは人間のものとは明らかに違う性質の魔素でもあった。
四足の痕跡を追いながら、俺は ふと空を見上げる。
いくつもの魔法の力が飛び交う様子が映っている。夜空に展開されているそのほとんどは、探知系のスキルではなかろうか。
細かい網目模様をしたマナの輝きが花火のように散らばっていく。
宵闇の空は明るく輝いていた。
しばらく眺めていたいような思いにもかられるが、飛び交う魔素の輝きは鮮烈すぎて、普通に道を進むには少々邪魔である。
一度スキルをオフにして、人面獣の痕跡を追いかける。
四足の痕跡は町の西側へ、外へと抜ける門へと続く。
この方角だと、やはりあの洞穴へ行ったのだろうか?
西門を通り抜けようとすると、そこには数名の人間が集まっていた。
誰か1人の人間を取り囲んでいる様子だった。
「なあロアちゃん、こんな夜遅くに1人で外へ行くなんて危ないから俺達も付いていくよ」
「いえ、私は大丈夫ですから。道を開けてください」
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