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21 デンプン様
しおりを挟むまだ日の高いうちに帰宅する俺達。
昨日うまく出来なかった百合根の調理に再挑戦するためだ。
大屋さんの店で買ってきた鍋に【ウォーター】の魔法を使って水を注ぎ込む。
これは大気中の水分を搾り出す術で、この世界では多くの人が普通に使える生活魔法だ。といっても俺は昨日の夜まで全く使えなかったのだが。
さて、握りこぶし大の百合根をひとつとりだし、とりあえず水に晒してみる。
なかなかに強いえぐみがあったから、晒しただけでは効果は弱いだろうが。
タケノコの灰汁抜きであれば米糠を使ったりもするが…… 今はそもそも米が無いから米糠もない。
他に用意できる物といえば灰ぐらいだろうか。木は沢山あるから少し燃やして作ってしまおう。
あとは塩ならある。念のため塩漬けも試してみようか。
はい、ということでご用意したのがこちら。
①ただの水に晒したもの。
②茹でてから水に晒したもの。
③木灰を溶かしたお湯に漬け込んだもの。
④塩の中にぶち込んだもの。
百合根は玉ねぎのように層になっている。鱗状と言った方が正確か。
ひとつの塊から鱗片を1枚ずつ剥がしていき、それを4パターンに分けて灰汁抜きを試してみる。
よし。4種すべてを漬け込んでしまい、あとはしばらく待つばかり。
手が空いてしまうので小屋の掃除もしてしまおうか。
中はこのあいだ1度やったけれど、外側も綺麗にしよう。
そう思って九十九神さんの雑巾を取りにゆく。神棚の上で大人しく座っている雑巾さんを手にとり、そっと魔力を流し込む。雑巾から手足が生えて顔が浮かび上がる。
「仕事か?」
「はい、お願いします」
今日も雑巾さんの声は渋い。
「よし、ここから先は任せてもらおうか。貴様はただ、魔力を垂れ流していればそれでいい」
魔力を込めて雑巾を絞る。ギュウ、ジャバジャバジャバ。
絞るほどに澄んだ冷たい水が滔滔と雑巾から溢れ出すのだった。
その水は宙を自在に舞い飛び、小さな妖精のような形に変化してゆく。
「精霊体のほうも実体化してきてますね」
頭の上のトカマル君が呟いた。
舞い飛ぶ水滴の妖精たちは、精霊体と呼ばれるものらしい。
雑巾が本体で水滴のほうが精霊体。
このあいだ掃除に使ったときには俺の目には精霊体のほうは見えていなかったのだが、今は力が強まっていて実体化したらしい。
その姿は小さく、そして沢山いた。
水でつくられた小人のようにも見えるが、常に変化していて一定の形を保たない。みな空中に浮かんでこちらを見つめていて、キャイキャイと楽しそうに笑いあっている。雑巾本体とは違って澄んだ子供の声である。
精霊たちは小屋の外壁から屋根、石の階段までを洗い流してゆく。あっというまにピッカピカ。これがもし新商品として地球で売り出されたならどれだけ売れることだろう。
それほど驚異の洗浄能力だった。キャッキャ キャッキャと雑巾の精霊たちは笑っている。雑巾さん本体は渋い顔で満足そうに少し微笑んだ。
ここまで綺麗になると、今度は壁や屋根に開いた穴や隙間も修繕したくなってくるな。そっちは雑巾さん達には頼めそうにないから、自力でやっていこうか。
さて適当に時間もたったことだし、調理場に戻って灰汁抜きの様子を確かめてみよう。
調理場と言っても、外に石や木を積んでこしらえただけの簡素な場所だけどね。
「美味しくなりましたか?」
トカマル君は小さなトカゲ鼻をヒクヒクさせて臭いを嗅いでいる。
「どうかな? 少しはマシになってそうな気はするけどね」
4種の実験品を順番にかじってみる…… ふむ、ふむふむ。どれも多少は良くなっているか? いや、塩漬けにしたものはちょっと水で流したくらいではしょっぱすぎてよく分からない。
これをもう一度水にさらして…… ん? なんだ? どうかしたかね雑巾の九十九神さんたちよ。俺達についてきていた雑巾の精霊さんたちが何かを訴えている。
バタン、トコトコトコ。神棚に戻しておいたはずの雑巾さん本体が、渋い顔をして扉から出てきた。四角い雑巾からニョッキリと伸びた短めの手足を巧みに使って外へと出てきた。
「塩分を流す? ここは俺にやらせてもらおうか」
ふうむ、よしお願いしてみようか。
元々が雑巾だという事実があるから不衛生な感じもしたけれど、今の彼らからあふれ出す液体は岩清水のように清らかで美しい。あるいは、どこまでも深く続いている湖の底の深い蒼のように清廉だ。
そうして塩を抜いてもらった百合根の1片をサッと茹でてから口に入れてみると…… それはもう見事に、塩見もアクも抜けていた。
「灰汁とか言ったか? そいつも要らないのだろう? 俺が消しておいてやったよ」
おお、すごいぞ九十九神さん。ほのかな苦味は残っているが、これくらいはむしろ山菜の風味といえる。そして甘みがあり、ホクホクネットリ、ホックホク。
これは芋感がある。いや、まごう事なき芋である。あの懐かしき炭水化物が我が口腔を蹂躙せしめるのであった。気がつけば、俺の目じりには熱い体液がひとすじ流れている。
「え、エフィルア様?! 大丈夫ですか? お腹痛いんですか?」
「違うのだよトカマル君。きっと俺は今とても幸福なのだろう」
デンプン質が人に与えてくれる幸福。それがいま時空を超えてこの場所に立ち現れているのだった。デンプン様よありがとう。デンプン様よ永遠なれ。
「ぼ、僕も食べてみていいですか?」
「ああ、食べるがよい」
人間姿のトカマル君が、期待で頬を上気させながらひとひらの百合根を口に運ぶ。
「ん~、まあまあですかね? おもしろい食感ですけど」
そんなには感動しなかったようだ。じゃあいいよ! 全部俺1人で食べるからな。
と、一瞬そんなふうにも考えてしまったが、確かにただ茹でただけで味付けも何もしていなければこの良さは分からないかもしれない。
せめて塩をかけて食べるがよい。あ、肉も一緒に食べてみるのも良いぞ?
残りの百合根は全部、下処理を済ませてしまおう。
塩漬けにはしなくても良さそうだな。ただただ九十九さん達の水にさらすだけで、エグミは綺麗に抜いてくれるのだった。俺の実験は意味をなさなかったわけだが、そんな事は問題じゃあない。抜けてればなんでも良いのである。
さあトカマル君。もういちど食べてみるがよい。
「美味しいといえば美味しいですね」
相変わらずの微妙な反応……
あ、分かった。俺は分かっちゃったかもしれない。揚げてみよう。サクサクっと素揚げにしてみよう。
オーク油があるからな。これで揚げて、塩を振ってと。これはもう絶対に美味い。
どうだね?
「…… …… …… え? ええええ?! なんですかこれ? 美味しくないですか?!」
ハイきました。美味しいがきました。
俺もパクパクとつまんでゆく。サクッホクホクゥ そして塩味と優しい甘みのハーモニー。
はぁ~生き返るね。ただただ芋を油で揚げて塩を振っただけの物だけれど、こういう系は悪魔的な美味しさがあるよね。
おそらくこの世界の人々にも、食べなれたオークの風味が効いているから食べやすいのではないかと思う。いや、食わせないけどね。とりあえず俺の分の百合根を大量に確保するまでは食わせないけどね。
こうしてこの夜。俺は異世界の地で故郷の味を復活させることに初成功した。
炭水化物と一緒に食べたオーク肉もまた、格別な味となった。
ついでと言ってはなんだが、もうひとつ発見があった。
上手くアク抜きできた百合根なのだが、どうやらこれには特殊効果が付加されているようだった。
『百合根のブースト食材』
【MP】+5 【魔力】+5 【MP自然回復】+5%
【効果時間】180分
【仕様可能レベル】6
これを食べたトカマル君の魔力値は、32→37へとキッチリ上昇している。
「すごいぞ雑巾さん。灰汁抜きが出切るうえに、こんな特殊効果まで付与できるだなんて」
「何を言ってるんだ。俺の特質はあくまで掃除。汚れや不要なものを取り除くだけだよ。残りの効果はお前の力だ。ステータス上昇の特殊効果、そりゃお前さんの魔力から来てるんだよ」
雑巾さんはそう言った。実はこれを食べても俺のステータスは全く上昇していないのだが、もしかすると元々自分の魔力だったものが帰って来ただけだから効果がないのかもしれない。
ふうむ、上昇効果は俺には効かないのか。少し残念だな。
しかし、使う人しだいではかなり有用なアイテムになのではなかろうか。
なによりも素晴らしいことに、そもそも美味しいのだし。
美味しい魔力上昇薬として販売しても良いかもしれない。
いや、もったいないか。
もっと大量に確保できるまでは、貴重な炭水化物はむやみに他者には渡せない。
そしてこの夜、俺達はさらに幾つかの不思議アイテムを手にする。
『角ウサギのブースト肉』
『魔狼のブースト肉』
『オークのブースト肉』
これらの食材も、百合根と同じような処理をすることで、同じようにステータス上昇効果を持った魔法のアイテムに変化していた。
俺の魔力をほんの少し消耗したくらいで、コストはほとんどかかっていない。
もともとの材料は値段もまともに付かないような普通の魔物肉。
雑巾の九十九神さんよ。どれだけ良い仕事をするつもりなのか。
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