虐げられた魔神さんの強行する、のんびり異世界生活

雲水風月

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8 雑巾と九十九神

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 翌日、朝早くに目が覚めてしまった俺は、新しく住む事になったボロ小屋の掃除を始めていた。
 古い建物ではあるけれど、やはり少しでも心地よく暮らしたいものだ。

 小屋にはほうきとチリトリが備え付けられている。
 見慣れない素材で出来ていて、古くオンボロだ。しかし、もとの作りがしっかりしているのか少し手入れをしてやれば、まだまだ使っていけそうな道具たちだった。

 それともう1つ、棚の上には雑巾があった。
 そこは神棚のような場所で、雑巾は奉られるように置かれていた。
 どこからどう見ても雑巾ではあるのだが、異世界の風習は良く分からない。

 当然、それは使わない方が良いだろうと思ったので、俺は箒のほうを手にとって掃除をしていた。

 パタパタと高いところの埃を落としてまわる。
  建物の古さに比べると、室内は意外と清潔な状態に保たれていた。

 トカマル君は俺の頭の上でまだ寝ている。
 彼はグーグー眠ったままで頭からは落ちてこない。俺は普通に動き回っているというのに、しっかりしがみ付いているのだ。そんな体勢でよく寝られるものだ。
 ロアさんは、すでに昨晩遅くにギルドの自室に帰っている。
 
 さて、小さな小屋だし家具も荷物もほとんど無いから掃除は捗った。
 掃き掃除はあっという間に終わってしまう。

 ふと、雑巾のある棚のほうから声をかけられた気がした。
 いや、もう完全に声をかけられていた。

「俺を使ってみろ」
 渋い。声が渋いぞこの雑巾。マッチョなハリウッドスターみたいな声をしている。

 雑巾からは手足が生え、こちら目がけて大ジャンプ。ふぁさり、俺の手に雑巾が乗っていた。


「何をしている、貴様は掃除をするのだろう? 早く使うんだ」

 雑巾本人もそう言っていることだし、ちょうど俺も拭き掃除がしたかったところだ。存分に使わせてもらおうか。

 ならばまずは水で軽くゆすいで、と思うのだが、さて、ここには水道も水瓶もない。ギルドには1つだけ水を生み出す魔導具があったけれど、ここには当然そんな上等なアイテムはない。町の中にも川や井戸のようなものは見当たらなかった。

 おそらく町の人達は皆、基礎的な水魔法で生活用水をまかなっている様子である。
 乾拭きだけでもやっておくかと思い、始めようとすると、

「俺に魔力を注ぎ込め。そうすれば部屋の汚れは俺が全部まとめて掃除してやる」

 雑巾さんが再び語りかけてきた。言われるがままに魔力を操作して、雑巾に流し込むようなイメージで…… ブルブルブルっ 雑巾さんが激しくふるえ、水滴が床に落ちた。

 この雑巾さんもまた、魔法の道具かなにかなのだろう。便利なものである
 外に持っていって1度固く絞ってから掃除を始める。

 ベッド代わりの長椅子から拭き始めると、この雑巾の性能が素晴らしいものだと分かった。
 何か薬剤でも含んでいるのか、汚れが非常に良く落ちるのだ。
 古くて埃っぽかった木目がみるみる綺麗になってゆく。

 異世界の雑巾恐るべし。あまりの汚れ落とし性能に楽しくなってしまい、気がつくと部屋中を磨き上げていた。

 起きたときは薄っすらと紫色に変わったばかりだった空が、もうすっかり明るくなっている。
 トカマル君も目を覚ます。そして様子の変わった部屋の中をグルリと見回していた。ふっふっふ、どうだねトカマル君。綺麗になっただろう。

「エフィルア様、お掃除してたんですか? 見違えましたけど…… けど、水精なんて何処から連れて来たんですか? いや、九十九神つくもがみですかね?」

 まだ半分寝ぼけ眼のトカマル君が、そんな事を口にした。

「九十九神? ああ、これ? この雑巾?」
「ええとー、それが本体ですけど、他にも部屋中を飛びまわってますよ?」

 どうやらこれは、魔法のアイテムではないらしい。
 九十九神というと…… 古い道具に精霊などが宿って妖怪に変化するというあれだろうか。

 日本では提灯のお化けや唐笠お化けというような、ある種の妖怪としておなじみだけれど、そうか、この世界にも似たようなものがいるのか。
 今回の場合は古い雑巾が霊性を持ったものらしい。

すすいでみろ」
「ああ、そうだね、綺麗に濯ごう」

 雑巾に言われて、俺はもう一度魔力を軽く流しこんでからジャブジャブとゆすぎ、そして絞っておいた。よし、綺麗になったな。なんなら使う前より綺麗になっているように思う。

 この雑巾の事は、あとで大屋さんに詳しいことを聞いてみようか。
 とりあえず今は神棚に戻して干しておく。

 さて、掃除の最後に建物の外も軽く掃いておくかな。そう思って外に出てみると、ちょうど聖女様御一行が訪問してきたところだった。

 なんの用事だろうか? あまり良いことではないだろうが。

「おいエフィルア、清めてやるよ。お前穢れてるからな」

 ギャオは今日も雑な男である。
 彼らは聖水というアイテムを持ってきていて、それと聖女様の聖なる魔力を使って俺を清めてくれる予定だったらしいのだが。
 俺は用事があるからと言ってお断りした。

【聖水】
 魔物を退けるアイテム。とくにアンデッドなどの強い闇属性をもった魔物には効果的で、忌避効果だけではなく大きなダメージを与える効果も期待できる。

 なんと恐ろしいアイテムなのだろう、聖水とは。
 いっぽう聖属性魔法については昨日ギルドで読んだ資料に載っていたのだが、これも俺にとっては危険極まりない代物だった。

“聖属性の魔法は強固な闇属性を持った魔物に効果的。多大なダメージが期待できる。通常は回復魔法として使用される【ヒール】ですらも、アンデッドに対しては強力な攻撃効果を発揮する”

 せっかく用意してくださって申し訳ないのですが、やはり“お清め”は遠慮しておくことに。

 いや本当に今忙しいんで。これからちょうど大家さんのところに行ってみようと思っていたところでね。家賃の話もあるし、雑巾の九十九神の話もあるし。

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