婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

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番外編SS

かわいい攻撃

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「とっても猫かわいかったですね」
「スピカのほうがかわいいよ。何倍も、何千倍も!」
「ありがとうございます。でも、ユーデクス様、猫にその……」


 皇宮の廊下はいつも静かだ。誰かが聞き耳を立てていることもなければ、ばったりと曲がり角で誰かとぶつかる心配もない。それは、警備が甘いという話ではなくて、硬化な魔法と侵入者をすぐに感知する魔法が城全体にかかっているからだ。だからと言って、警備の人がいないわけでもないし、近衛騎士は定期的に巡回している。これまで、皇宮に侵入できな人間はいないなんて言われるほど、城の警備は手厚いのだ。
 ユーデクス様は、黒い手袋の上から左手の手の甲を触っていて、眉を下げていた。
 先ほど侵入者というにはかわいい猫を庭園で見つけ、その猫と戯れいてた時、ユーデクス様はその猫に引っかかれてしまったのだ。私が抱き上げたときは何ともなかったのに、ユーデクス様が触れようとした瞬間その鋭い爪をあらわしてシャッ! と。そして、しっぽを振ってどこかへ消えてしまった。


「どうも動物との相性が良くないなあ。嫌われてるのかも」
「いえ! そんな! ユーデクス様に限ってそんなことは……あ」
「あって、何? スピカ」
「ユーデクス様自身が、犬のようだからじゃないでしょうか」
「い、犬?」
「動物は、ほかの動物のにおい嫌ったりするじゃないですか」
「そ、そういうものなのかなあ……」


 ユーデクス様の黄金色の髪はフワフワしていて、さわり心地が犬に似ている。そして、甘えん坊のところとか、主人には従順なところとか、まさに犬のようなのだ。もちろん、私のかっこいい婚約者様ではあるのだけど、性格が犬っぽくてついつい私もかわいがっちゃうというか。


「はい! ユーデクス様は、とってもかわいくて、甘えたで。でもかっこよくて。その、犬みたいなんです!」
「あはは……なんか、そういわれると、そうかもしれないね。スピカが言うんだから」
「はい! きゃあっ、ゆ、ユーデクス様!?」
「犬だから、甘えていい?」
「うぅ~そういう意味で言ったのではないですぅ」


 いきなり抱き着いてきたかと思えば、後ろからスンスンとうなじあたりをユーデクス様は嗅ぎ始めた。そのしぐさは犬のようで、ちょっとびっくりしたものの、くすぐったさと抱きしめられているという多幸感で胸がいっぱいになる。だから、何か言い返そうと思っても言い返すことはできなかった。


「はあ、スピカ、とってもいいにおい」
「い、いつも嗅いでるじゃないですか。そ、それに、汗臭いとか、あの、やっぱり、恥ずかしいです!」
「誰も見てないよ。見たら俺が牽制する」
「そ、それもまた犬みたいですね……」
「わん」
「かわいいのでやめてください!」


 何をやってもユーデクス様はかわいかった。そしてそのたび、私の心をつかんで離さない。
 ヴェリタ様の一件がすみ、私たちは体も心もつながった最高の婚約者になれた。式の日取りは後々、と少し後回しになっているのだが、こうしてユーデクス様との時間が取れるのはとても幸せで、毎日のように好きと伝えてくれるユーデクス様に対し、私は日に日に愛おしさが膨らんで爆発しそうだった。
 もっと小出しに! といったのだけど、「小出しだよ?」と返されて、目が本気だったので、それ以上追及するのはやめた。もとからこんなんだったと思えばかわいいほうだと、言い聞かせて、私はユーデクス様の溺愛に文字通りおぼれている。


「かわいいのはスピカだよ。スピカほどかわいい女の子はいないよ」
「あ、ありがとうございます」
「かわいいって言われるの慣れてない?」


 と、ユーデクス様は私の肩に頭を乗せて耳元でささやいてきた。一層距離が近くなって、胸の音が聞こえてしまうんじゃないかとひやひやする。どれだけ彼に可愛いと言われても、愛されていても、ずっとずっと彼にドキドキしているのだ。だから、それがばれたらはずかしくて。
 ユーデクス様は、スピカ? と名前を耳元で呼ぶ。私は耳をふさぎながらユーデクス様の腕の中から隙をついて逃げた。
 バッと振り返ったら、悲しそうに眉を下げているユーデクス様がいて、かわいそうなことをしたな、と思ったけれど、身の安全のためだった。これ以上かわいいって耳元で言われたら耳がとけてしまう。


「嫌だった?」
「嫌じゃありません! でも、ユーデクス様が、かわいい、かわいいっていうので。もう、私、恥ずかしくて……」
「恥ずかしい? なんで?」


 ずっと言ってるじゃないか、とユーデクス様は首をかしげるけれど、そういう問題じゃないのだ! と、私はユーデクス様を見る。群青色の瞳は私をじっと見つめていた。


「だって、ユーデクス様の声、も、言葉も全部、私にとっては甘い砂糖菓子みたいで……いっぱい、いっぱいになっちゃて、とけちゃいそうなんです。ユーデクス様のせいで死んじゃいそうなんです!」
「あはっ、なにそれ可愛い」


 と、ユーデクス様はなんだか安心しきったように、口元に手をやって笑い出した。こっちは本気で言ったつもりなのに、彼本人はそれが喜ばしいことというようにとらえているようだった。いやかと言われたら、嫌じゃないって絶対にこたえるし、うれしいのはうれしい。それでも、紅茶に対して砂糖が多い状況に、私は参ってしまっていた。ユーデクス様のことが好きだったご令嬢たちからしたらぜいたくな悩みなんでしょうけど、それでも――


「スピカ」
「な、なんですか。ユーデクス様」


 トン、と一歩前に出て、ユーデクス様は私の顔を覗き込む。手を伸ばして私の髪をすくいあげ、そこにキスを落とす。その流れが自然で様になっていて、また私を視界の暴力で殺そうとしてくる。
 ユーデクス様になら殺されていいといったけれど、毎日のように殺されているんじゃって思ってしまうほど、彼は私を愛してくれるのだ。もう悪夢は見ないし、でも、最近またエッチな夢を見ちゃってその後数日はユーデクス様を避けちゃってまた彼を心配させてしまった。そんな繰り返しだけど、私たちは順風満帆な生活を送っている。
 群青色の瞳がすっと私に向けられ、ドクンと心臓が大きくはねる。
 口癖のように好き、愛していると言ってくれるユーデクス様だけど、本気で言ってくれるときは、明らかに目の色が違うのだ。いつもその瞳に私が映っているはずなのに、真剣な時に見せるその瞳には、私以外のすべてが排除され、本当に私だけを見つめている。瞬きなんてしない。ただまっすぐと。


「スピカのこと、ずっとかわいい女の子だって思ってる。ほんとだよ」
「そ、それはわかってるんですけど。一日、何回か、とかにしませんか」
「死ぬまでに何回でも言いたいから。いえるときにいっぱい言いたい。だって、昨日のスピカと今日のスピカだとまた違う可愛さがあるでしょ? 俺はそのたびスピカを好きだって、かわいいって言いたいよ」
「うぅ、そんなこと言われたら、何も言い返せないじゃないですか」
「ね?」


 と、だめの一押し、というようにユーデクス様は完全に距離を詰めて、私を今度は真正面から抱きしめた。私はされるがまま、彼の腕の中にすっぽりとはまり逃げられなくなる。私はずっと、一生この人から逃がしてもらえないだろうなって、確信を持って言える。
 でも、それがたまらなくうれしい。


「ユーデクス様もかわいいです」
「俺がかわいい?」
「はい。私を好きって言ってくれる、かわいいって言ってくれるユーデクス様はかわいいです」
「はじめて言われたかも」
「でも、かっこいいです」
「ふふ、どっち? どっちでもうれしいけどね。俺は」


 ユーデクス様はちゅっと、私の頬にキスを落とす。それから、愛おしむように私の頬を撫でて幸せそうに笑う。
 ユーデクス様のこんな顔を見れるのは私だけなんだって思うと、とっても優越感に浸れる。私だけの、最高にかっこいいかわいい王子様……


「はい。ユーデクス様は、私にとって最高に大好きでかっこよくて、かわいい、王子様ですから」


 何のしがらみもなくなった今だから向けられる笑顔を私はユーデクス様に向けて、ユーデクス様は涙を浮かべる勢いで私を抱きしめて「一生大切にするから」と強く、強く私を抱きしめた。

 今日も変わらない。悪夢を見ない幸せな日常が広がっている。

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