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第4章
08 悪夢のプレゼント
しおりを挟む「ふ、不安で、不安すぎて、夜しか眠れないです!」
「大丈夫ですよ。お嬢様。夜眠れれば、それでいいじゃないですか」
「そういうことじゃなくて、ゆ、ユーデクス様たちが……」
「お嬢様! ご自身の婚約者のことを信用してあげてください! 帝国の英雄ともうたわれているユーデクス様ですよ。心配なんてする必要もないくらいじゃないですか」
「そ、そうはいってもね、エラ……は、はあ……」
朝起きたら、置手紙が置いてあり、やはり彼の姿はなかった。皇宮の方に戻り、作戦のために一式そろえてくると。そして、お兄様も朝早くにシュトラール公爵家に行ってしまった。急ぎだと、お兄様と殿下の転移魔法で、シュトラール公爵家に。
ヴェリタ様の逮捕までは秒読みだと、エラはいったけれど、不安で仕方がなかった。
(だって、ヴェリタ様よ!? もしかすると、お兄様よりもすごい魔導士かもしれないんですよ!?)
お兄様が世界一! とは思っているけれど、ヴェリタ様の魔法を間近で見ているからこそ、装備をそろえていっても、騎士を引き連れていっても苦戦を強いられるのではないかと思ってしまった。
ヴェリタ様は、帝国では禁止されている精神に干渉する魔法を使ったという罪で逮捕されるらしい。前々から、怪しいと睨んでいたが、その証拠が出なかったため逮捕に踏み切れなかったとか。そして、今回、ヴェリタ様からもらったキャンディーから検出された魔法が、精神に干渉する魔法だとようやく判明し、決定的な証拠を得ることが出来たと。
ヴェリタ様は、公爵家に軟禁中だし、逃げることもできないほどの警備態勢でいるとは聞いているけれど。
「はあ……」
「お嬢様!」
「わ、分かってます! で、でも、エラ……私が、気にしているのはそれだけじゃなくて」
また、朝起きたらいなかった。あれだけ言ったのに。昨日の夜のことがまるで夢みたいに。
仕方がないことだとは思っていても、わがままな気持が湧き出てしまって、いてほしかったな、と思ってしまうのだ。本当に我儘だってわかっているけれど。
そんな私に、エラは何も言葉をかけなかった。そっとしておくのがいいと察してくれたのだろう。私は、ありがとう、という気持ちを伝えるために彼女の方を見ると、ふらりとそれまで姿勢よく立っていたエラの身体が魂が抜けたように横に倒れてしまった。
「え、エラ!?」
慌てて駆け寄って脈を確認すれば正常に動いていた。意識はあるようだが、まるで眠りについたように彼女は動かなくなってしまった。
一体どういうこと? と思っていれば、ふわりと蝶が舞うように銀色の彼女がどこからともなく現れた。
「お久しぶりね。スピカちゃん」
「ヴェ、ヴェリタ……様……」
「ああ、怯える表情も素敵ね」
うっとりとした表情で、私を見つめ舌なめずりをする姿は、もう魔女にしか見えなかった。魔性の女であるため、あながち魔女という表現の仕方は間違っていないだろう。
だが、それよりも――
「ど、どうして! ユーデクス様たちが、貴方を逮捕しに……」
「ええ、来ていたわね。でも、ダミーを作ってきたの。誰も、気づきはしないわ。それに、あれくらいの結界魔法で、私を拘束できるなんて……ふふふ、おバカさんね」
と、ヴェリタ様は子犬と戯れるような笑みを浮かべて笑っていた。それが不気味で妖美で……目が離せないほど、危ない美しさを持っていた。魅了の魔法……を随時自分に付与しているのかもしれない。
近づいたら危険だと、後ずさりするが、エラに危害が加えられたら……と思うと、彼女の主人として、引けないと、私はヴェリタ様を睨みつけた。
「貴方の目的は何ですか」
「あら、スピカちゃん。今日はやけに好戦的ね。嫌いじゃないわよ。その目……」
「答えてください! 何のために、あのキャンディーを……」
「はっきりとした目的はないわ。ただ、そうね。楽しみたかっただけ、かしら。悪夢にうなされて苦しむ人間の様子を見たかっただけというか。そのためのモルモットはたくさんいた方がいいでしょ?」
ヴェリタ様はそういって、まったく悪気がないように笑っていた。
狂っていると思った。それで、精神に異常をきたして、元の生活に戻ってこれていない人がいるというのに。モルモットがとか、実験がとか……常人が考える領域をすでに超えていた。
私は理解できず、彼女を呆然と見つめることしかできず、そして、また、自分もその彼女の言うモルモットだったとのだと、絶望する。
優しくしてくれていたのはなんだったのか。それは、被験体であるモルモットが何も知らずにはしゃいでいることに関する人間としての憐みの目だったのか。彼女の思考を読み取ることなんてできないと思った。
「そ、そんな……そんな目的のために」
「強い力をもって生まれれば、誰もそうなるんじゃないかしら。加虐心というか、探求心というか……スピカちゃんは、本当に可愛そうで、とってもかわいいわ。悪夢にうなされても、精神を保っていられるなんて。だからこそ、壊れるまで追い詰めてみたいと思うのよ」
「ひっ……」
コツ、コツ、とヒールを鳴らしながらこちらに近づいてくるヴェリタ様を見て、私は恐怖から足がすくんで逃げることが出来なかった。逃げなければ、何をされるか分からない。けれど、縫い付けられたように動けなかった。
ふふふ、ふふふ、と不気味に笑いながら近づいてくるヴェリタ様を見つめることしかできず、私はぎゅっと目をつむった。そして、彼女の手が頬に触れる、とその瞬間――空間を切り裂くようなすさまじい衝撃音とともに、何もない空間が文字通り割れたのだ。
「スピカ!」
「ゆ、ユーデクス様!?」
何もない空間から現れたのはユーデクス様で、その手には英雄の大剣ソヴァールが握られていた。
彼は、空間を割って、そのひび割れたところからいきなり出てきたのだ。
「あら、ユーデクス様。相変わらず力押しだこと」
「ヴェリタ・シュトラール……君は、もう完全に包囲されている。観念しろ」
「嫌ですわ。まだ遊び足りないのに……そういえば、貴方には魔力がないと聞きましたけれど……ああ、そう。スピカちゃんのお兄様の力を借りてここに。でも、結界魔法を破ったのは、その剣なんですわね」
と、ヴェリタ様は興味深そうにソヴァールを見つめる。
ユーデクス様は私を庇うように前に立つと、ソヴァールを構え、ヴェリタ様から一瞬たりとも視線をそらさなかった。
どうやら、侯爵家はヴェリタ様の力によって結界が張られており、外部から侵入できない状態になっていたらしい。でも、それをきっと外にいるお兄様たちの力を使って……
「もう、これ以上スピカを……」
「でも、よかったわ。貴方が来てくれて。ユーデクス・サリテット。私、以前からあなたに興味がありましたの」
「……ヴェ、ヴェリタ様?」
それは、恋的な意味で? と思ってしまったが、すぐにその考えは打ち消される。
ヴェリタ様は、きっと愛などという感情を知らない。愛という感情も精神を操る魔法でどうにでも疑似的に手に入れられてしまうから。きっと、ユーデクス様の精神や、ソヴァールに興味を持っているのだろう。私が、彼を好きだと知っているから……その興味が彼にまで移ってしまったと。巻き込む形になってしまった気がして、私は胸が痛んだ。
「俺は、君に興味なんてないね。スピカを追い詰め、友人を偽り、傷つけた君のことなんて……」
「ふふ、ふふふ。スピカちゃんから聞いていた通り、とってもスピカちゃんのことが好きなのね。いいわね、いいわ。でも、貴方は私と同じものを感じる。大切にしたいっていう思いと、傷つけたいって思い……辛いわねよね。分かるわ」
「……」
「――愛を試してあげる。スピカちゃんにはもうきかないかもしれないけれど、そっちの彼はどうかしらね」
そういうとヴェリタ様はカツンと靴をならし、その足元から大量の蝶が現れ、私たちに向かって飛んできた。バサバサと羽音をたてながら、色鮮やかな毒々しい蝶が私たちを包む。
「ん……何、……っ」
「スピカ」
目がくらむような蝶の胸が通り過ぎ、目を開くと、私の喉元にソヴァールを向けた血だらけのユーデクス様がたっていた。彼の足元には、殿下やお兄様が倒れており、二人とも体を切り刻まれ、血だまりの中でまるで死人のように倒れている。
「ゆー……っ」
――違う、と私は瞬時に、これが夢だと悟った。
悪夢を見せられていると。ヴェリタ様の言っていた意味が分かり、私は悪夢のユーデクス様と対峙する。目をそらすことなく、彼を睨みつけるように。だって、彼は偽物だから。
「スピカ。なんでそんな目を向けるの? 俺のこと嫌いになったの?」
「違う! 貴方はユーデクス様なんかじゃない。これは、夢。本物のユーデクス様は、私に剣なんて向けたりしない! 今すぐ、消えてください!」
私がそう、自ら、ソヴァールの剣先に近づけば、悪夢の中のユーデクス様は、うっ、と苦し気に呻き消え失せた。そして、次の瞬間には元居た部屋に戻ってきており、目の前にはうっとりとほほ笑むヴェリタ様の姿が。
「あら、早いわね。スピカちゃん。おかえりなさい」
「ヴェリタ様!」
「でも、残念ね……そっちの彼は戻ってきていないみたい」
と、ヴェリタ様は視線を落とした。その視線の先には、床に突っ伏して倒れているユーデクス様の姿があった。
「ユーデクス様!」
「あはははっ。やっぱり、強い彼も、悪夢には打ち勝てないみたいね。それとも、淫夢でも見ているのかしら。もう二度とさめたくないって思う。甘い夢から」
「ユーデクス様を解放してください! お願い、ユーデクス様、目を覚まして!」
「無駄よ。何を言っても届きはしないわ。起きたくないって彼が言っているのだから」
「そ、そんな……」
苦し気に、倒れているユーデクス様の顔を見ると、今すぐにでも彼の隣に行ってあげて安心させてあげたかった。悪夢を見ている彼のもとに行って、私がいるから大丈夫だよって。なんの悪夢を見ているのか分からなかったが、夢に入るすべなどない、このまま私は彼を見ていることしかできないのだろうか。
(そんなの嫌……!)
そう思い、彼の手を握れば、ピクリとわずかながらに彼が反応した気がした。外からの呼びかけに答えてくれているのだろうか。それとも、怖い夢を見て……
(お願い、お願いです。どうか、今すぐにユーデクス様のもとに行かせてください!)
彼の手を両手で包み、私は祈るように握る。すると、ふわりと暖かな光が手のひらからあふれる。私には魔力がないはずだが、これが魔力なのだと教えてくれる。
もしかしたら――そんな一縷の望みをかけ、私はもう一度強く願った。
「ユーデクス様のもとに、行かせてください。彼の、夢の中に――」
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