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第4章
06 真相解明
しおりを挟む「――スピカ!」
「……ぁ、ああ……」
私を呼ぶ声が聞こえた。でも、怖くて、布団から出ることはできなかった。寝たくない、眠たくない。でも、睡魔が襲って私に寝ろと指示を出してくる。寝たらまた悪夢を見る。だから寝たくない。寝たくないのに――!
(どうして? ヴェリタ様からもらったキャンディーはもう食べていないのに。捨てたのに。なんで私は悪夢を見るの?)
ユーデクス様に殺される悪夢だけじゃない。この間の処刑場の悪夢。知らない男たちに強姦される悪夢。毒を盛られる悪夢、殺される悪夢……すべての死のバリエーションを見つくしたかというくらい悪夢を見た。夢の中で苦痛を味わっても、起きたと思っても、まだ夢の中で、夢から二度とさめないんじゃないかって、出られないんじゃないかって怖くて。ようやく起きれて、睡魔が襲ってきたから、今度こそ寝たら起きれなくなるんじゃないかって怖かった。
食事も喉を通らないし、部屋からも出られなくて。ベッドに縫い付けられたように、私はその場から動くことが出来なかった。
「スピカ、スピカ。俺だよ。俺の事みて、お願いだから」
「……ゆ、でくす……様?」
「スピカ!」
「貴方は、本物? 夢じゃない?」
「スピカっ……っ」
ぎゅっと前から抱きしめられ、温かい体温と、そして鼓動が伝わってきて、目の前にいる彼が本物だと気付けた。でもそうやって、殺されたことだってあったから信用できなかった。
部屋の外にお兄様の影を見て、その隣に殿下の影を見て。夢かなと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「スピカ、これは夢じゃないよ。君が、悪夢にうなされて部屋から出てこないって、オービットから連絡を受けて。オービットも心配していたんだよ。スピカ」
「ユーデクス様、ごめんなさい。私……」
「シュトラール公爵令嬢の所に行ったんでしょ。分かってる。でも、悪くないよ。スピカは」
と、ユーデクス様は、落ち着かないように言った。最大限、私を落ち着かせようと、夢と現実の区別をつけさせようと配慮してくれているんだろうけれど、私が一週間、二週間以上もこの状態だから、さすがに心配してくれたのだろう。
ヴェリタ様の所に忠告してくださったのに行ったことを咎めず、ただ私が無事に帰ってきてくれたことを安堵するように私を抱きしめて、頭を肩に埋めて。すすり泣くように何度も「よかった」と呟くユーデクス様を見ていると、私も涙が出てきた。今回の場合は、私が全面的に悪いのに。
震える両手でユーデクス様の背中に手を回し、彼の体温を感じながら抱きしめる。上手く抱きしめられなくて、ひっかくような、爪をひっかけるような形で抱きしめて、彼の肩を涙で濡らす。そうして、抱き合って、落ち着いたら、部屋の明かりをつけて、錚々たるメンバーが私の部屋のソファに腰かけた。本当は場所を移動した方がいいのだろうが、緊急であり、私が動けないだろうと考慮してのことだった。
「ごめんなさい。私のせいで、ことを大きくしてしまって」
「いや。別に、スピカ嬢のせいじゃない。君は、ヴェリタ・シュトラールと仲が良かったからね。それに、我々も彼女の目的が分からなかったから、彼女を泳がせようと思ったんだよ。それには、エサが必要だろ? だから、彼女に好かれている君を囮にすれば、ぼろを出すと思ってね」
「レオ」
「殿下」
「……ま、まあ。それが功を奏して、ヴェリタ・シュトラールがかつて隣国で聖女と言われていた特別な存在だったことが分かったんだ」
と、ユーデクス様と、お兄様から殺されるような勢いで睨まれている殿下を見ながら、私はそうですか、と答えることしかできなかった。
もちろん、やり方として私は囮というか、餌というか何も知らされないで利用されていたわけだけど、それに関しては一切怒りがわいてこなかった。
いつから殿下たちは、ヴェリタ様が怪しいと疑っていたのだろうか。
(前々から、ユーデクス様が”調査”っていって、どこかに行ってらっしゃったのも、その本物の公女様を見つけるためで、ヴェリタ様の監視とか正体とか……探ってらっしゃったんでしょうね)
それを、私に話す理由なんてないし、話せる立場と内容ではなかったから言わなかったと。そして、ヴェリタ様に感づかれれば、私に危害が及ぶのではないかと。
ずっと私は、ユーデクス様や、お兄様、殿下に守られてきたんだと実感した。だからこそ余計、自分の愚かな行為が情けなくて、顔向けできない。
「もともとどういう性格だったかも分からない。でも、強い力を持つものは、時に危険な存在へとなりうる。ヴェリタ・シュトラールは実際、自身の力を使って魔法実験をしていたようだしね」
「じゃあ、狩猟大会の時も?」
「あれはまだ分からない。事情徴収はしていない。まだ、公爵家で軟禁状態だからね。スピカ嬢が起きて、これまでのことを聞いてから最終段階に進もうと思っているよ」
「そうだったんですか……すみません、さきほどまでずっと取り乱していて」
調査を遅らせていたことにもまた胸が痛む。
お兄様は、そんなことないと言ってくれたし、ユーデクス様も、私の身を案じてくださった。けれど、殿下は早くヴェリタ様を捕まえたいようだった。それは、せっかちとか私のことを考えていないとかそういう次元ではなく、皇太子として、国を転覆しかねないヴェリタ様という異分子を取り除くことに全力を尽くしての結果である。いつも、飄々としていてつかみどころのない隙のない方だと思っていたけれど、やはり彼は未来、帝国を背負うだけのお方であり、先を見据え、多くの犠牲が出ないように最善を尽くそうとしていた。
けれど、ユーデクス様と、お兄様は今回のやり方は少し気にいっていないようだった。
「だったとしても、スピカがこんなふうになるまで泳がせておくなんて、レオは人の心がないの?」
「多少の犠牲は仕方ないことだろう。それに、いざとなれば、お前がどうにかしただろうし……といっても、お前に暴れられたら困るが」
「俺も、今回はユーデクスの考えに賛成だ。あの魔女に俺の可愛い妹が傷つけられたんだ。犠牲という言葉で片付けないでほしい」
「……責任はとるよ。ことが片付いたら、もう一度スピカ嬢に誠心誠意謝罪の言葉を送るつもりだ」
と、二人から迫られても、殿下は物怖じしなかった。
責任も、少数派の声も、他者の苦しみも背負うと、殿下は宣言するように、二人に言うと、私に向き直って、再度、すまなかった、といったのち、このお詫びはまた、と話を切り上げようとした。
「あ、あの、待ってください」
「スピカ嬢、まだ何か?」
「あの、悪夢の原因……わかって。皆さん、お気づきかもしれないんですけど」
「いや、知らない。それは知らないよ。スピカ」
ユーデクス様が、嘘!? と、身を乗り出せば、レオ殿下に額を叩かれて着席する。その姿が何ともおかしくて、可愛らしくて笑いそうになったが、こらえて、私は姿勢を正した。
(知らなかったんだ……まあ、犠牲という言葉通り、その悪夢の解明というのは殿下にとってはさほど重要じゃなかっただろうし……)
「……ヴェリタ様から、キャンディーを貰っていて。それを食べた日には必ずと言っていいほど悪夢を見ました。前までは、悪夢を見た次の日にユーデクス様が現れたので、それと関係が? とかいろいろ思ったんですけど、たぶん違っていて。キャンディーに魔法が込められていたんだと思います」
「ふむ、確かにあり得るかもね。一応、ヴェリタ・シュトラールから受け取ったものは触れないように、口にしないようにと内密に言ってはあるんだけど、そう……」
「……ということは、すでに回収を?」
私以外に誰も口にしていなかったことをヴェリタ様は悲しんでいた。でも、それは、キャンディーを口にして悪夢を見る人がいなかったこと、彼女の言葉を借りるのであれば実験サンプルがとれなかったことを悲しがっていたのかもしれない。
甘いものに目がない私は、何の不思議も疑うこともなく食べちゃっていたけれど、あれが原因だったなんて。それに、狩猟大会の時勧めてしまったのもよくないと。
「……」
「落ち込んでいるところすまないけれどね、前に子爵令嬢だったかな。ヴェリタ・シュトラールからもらったものを口にして精神に異常を来してしまったって、報告を受けたことがあったんだ。でも、原因が分からなくて。もしかしたら、キャンディーを一つだけしかもらえなくて、それを食べて……ってことだったのかもね」
「……かもしれません」
「でも、精神に異常を来すほどの悪夢を毎日のように見ているだろうに、スピカ嬢は平気みたいだけど。やっぱり、君でよかったかもね」
「レオ!」
「まあ、だからこそ、目をつけられたのかもしれないけれど……」
殿下の表情は笑っているけれど、笑っていない。ジョークのつもりで言ったのではないと伝わってきたため、私も別にとやかく言うつもりはなかった。
ただ、犠牲者が私の他にも出ていたという話を聞いたのは胸が痛んだけれど。
「スピカ、大丈夫なの!?」
「……ええっと、でも、今、キャンデイーを食べていないのに、悪夢を見て。それで、今回こんなふうに」
「……シュトラール公爵家に行ったときに何かされたのかもしれないね。オービット、君なら、スピカにかけられた魔法解けるんじゃないかな」
「ああ、やってみる」
「ユーデクス。ここはオービットに任せて、僕たちは再度会議に。スピカ嬢、お大事にね」
「は、はい。ありがとうございます。わざわざ……」
殿下に連れられて、ユーデクス様も立ち上がる。まだ、ここにいたいと顔に書いてあり、私も、彼と話したいことがいっぱいあった。謝罪とか、会えてうれしいとか。でも、呼び止めるにも、呼び止められず、彼は出ていってしまう。
「辛かったな、スピカ……気づいてやれずに済まない」
「いえ、お兄様のせいではないので。私が、あまりにも愚鈍だったから」
「いい……そんなこと思わなくて。お前を失うと思うと、俺も怖い」
「お兄様」
「でも、俺以上に、ユーデクスは怖かっただろうな。あいつに会ったら、優しくしてやれ……という言い方もおかしいかもしれないが」
と、お兄様はわたしにかかった魔法を解きながら言った。
みんなに心配されて、申し訳ない気持ちと温かい気持ちでいっぱいになる。そして、それ以上に胸がいっぱいで、苦しくなって、また泣いてしまった。魔法が解き終わって、お兄様に抱きしめられた時には、疲れて眠ってしまい、でもその時悪夢を見なかったことで、もう終わったんだ……と安堵に包まれ、その日はぐっすりと気を失うように眠れた。
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