婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

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第4章

04 本物の公女様

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(シュトラール公爵令嬢が見つかったって……? 何?)


 この場で理解できていないのは私だけのようで、お兄様も、ユーデクス様も理解したというように、真剣な目つきで殿下を見ていた。
 私には何のことだかさっぱりで、握られたユーデクス様の手をじっと見てから、殿下に視線を移すと、殿下は何故だか私に憐みの目を向けてきた。


「そう……それは、よかったんじゃない? シュトラール公爵家にとって」
「はあ、お前は本当に他人ごとだな。これが、どういう意味を持っているか分かるだろう。俺の本物の婚約者が帰ってきたってことなんだぞ」
「え?」


 ユーデクス様は、殿下の言う通り全く興味がなさげな態度をとっていたが、殿下から発せられた言葉で、私はなんとなくだけど今この場で起こっている出来事の一端を掴んだ気がするのだ。


(本物の婚約者……本物の公女様。それって……ヴェリタ様は)


 真っ先に浮かんだのはあの麗しの乙女であり、私に特別よくしてくださっているヴェリタ様のことだった。彼女は、行方不明になった本物の公女様の代わりとして公爵家の養女となった方だけど、侯爵家に貢献し、今では彼女が本物の公女と同等に扱われ、あがめられていて。でも、本物の公女様が見つかったってことは、彼女の立場は……


「そ、それって、ヴェリタ様はどうなるんですか? レオ殿下は、ヴェリタ様と婚約を結んでいるのでは……?」


 思わず、口を開いてしまい、殿下の鋭い赤い瞳が飛んできた。私は思わずその体温を感じない鋭い瞳にひっ、と体を震わせるが、ユーデクス様がサッと私の前に立って、殿下から私を隠してくれる。でもそれはまるで、殿下が悪者みたいになってしまい、申し訳ないと私は謝る。何も知らないのに、しゃしゃり出てしまったのは私なのだから。


「レオ、スピカのこと睨まないで。怖がってる」
「こんな時でも、スピカ嬢のことばかりか。お前は本当に周りを見ないんだな」
「レオのことも大事だよ。でも、スピカが怖がってるのなら、俺は……」
「めんどくさいからいいよ。で、スピカ嬢は気になったんだよね。ヴェリタ・シュトラール公爵令嬢のことが」
「は、はい。すみません。皆さんは、知っていることのようですが、私は何のことだかさっぱり」


 何で、皇族までもがかかわる話なのだろうか、と疑問は抱いていた。ただ、確かに婚約者が行方不明であるのなら、皇族が動かないというわけにもいかないのかもしれない。
 殿下の婚約者は、シュトラール公爵令嬢であって、ヴェリタ様ではないと、きっとそういうことなのだろう。


「まあ、もう気づいているみたいだけど……僕の婚約者は、シュトラール公爵令嬢であって、ヴェリタ・シュトラールではない。だから、本物が見つかればそっちの方と……とってこと。婚約で重視するのは、家と血……ヴェリタ・シュトラールは確かに稀代の魔導士だ。だけど、僕がもともと婚約関係にあったのは、本物の公女の方だ。だから……ね、まあ」


と、殿下は言葉を濁すように言って目を伏せた。

 何が大事なのか分かった。そして、殿下がヴェリタ様のことを愛していないことも分かった。ヴェリタ様も愛していたかどうか怪しい。けれど、本物の公女が帰ってこなければヴェリタ様と結婚するはずだったのに、そんなに簡単に切り捨てられるものなのだろうか。
 私だったらきっと――


「それで、ユーデクス。それも含めてお前と話がしたい。スピカ嬢には悪いけれど、こちも急ぎの用だ。ユーデクスを借りていくね」
「え、ああ、はい。私は別に……」


 そう言って立ち上がろうとすれば、ユーデクス様が私の手を離さないと握っていることに気が付いた。それを見て殿下はまた顔をしかめ、ユーデクス、と名前を呼ぶ。さすがに、緊急の用なんだからいってほしいと思うんだけど、なんだかそれだけではない気がして、少し心配になって顔をのぞき込めば、ユーデクス様も、ユーデクス様でなぜか辛そうな顔をしていた。
 もしかしたら、ユーデクス様もヴェリタ様が追い出されるんじゃ……と思っているのではないかと思った。この間の狩猟大会も息ぴったりで、ユーデクス様も彼女のことは友人と思っているからこそ、追い出されることを懸念しているのではないかと。
 さすがに追い出されはしないだろうし、これまで公爵家に貢献してきたのだから何かしらあってもいいと思うけれど……


(ああ、でも隣国との関係維持のために侯爵以上の階級の家の令嬢を嫁にって……もしかして、それを?)


 自分でも、今日は頭が冴えているなと思った。ユーデクス様は優しいから、それを気にしているんじゃないかと。いくら隣国との関係維持のためとはいえ、養女として迎え入れられて本物が帰ってきたら国のためになんて……


「ユーデクス様?」
「皇太子命令なら仕方ないね。それに、俺もちょっと思うところがあるし……レオに聞きたいことがあるから」


 そう言って、悩ましげな顔をしながらもユーデクス様は立ち上がり、腰にソヴァールを携えると私から離れていく。
 あっ、と少し寂しくなったが、彼はその小さな声に気づいたのか、耳をピクリと動かしてこちらをみた。


「すぐに帰ってくるから。スピカ、待ってて」
「……はい」
「それとスピカ――……シュトラール公爵令嬢にはもう会いに行かない方がいいかもしれない」
「な、何でですか?」


 ユーデクス様は首を横に振って、詳しい理由は言えないけれど、というような顔をした。それは、私がさっき思ったようなことがこれから起きるかもしれないから、会えなくなるかもしれないから、別れがつらくならないようにってことなんでしょうか。


(でも、だからって、そんなことできません……)


 だって、ヴェリタ様は私に優しくしてくださって。
 強くて美しいヴェリタ様とはいえ、今回のことは深く傷ついているかもしれないと。今回ばかりは、ユーデクス様の忠告は聞けないと思いながらも、表面上ではわかりましたと、理解したふうを装う。


「絶対だからね。スピカ、君のためだから」
「ありがとうございます。ユーデクス様」


 不安げな顔から、ふわりと笑みを作って私に向けてくれる。私が使用としている行動がその笑顔に酔って、後ろめたいものなのだと、彼を欺くようなものなのだと、良心が痛む。
 殿下は婚約者であるヴェリタ様のことを、よくないように思っているのが伝わってくるし。お兄様は何を考えているのか分からないし。
 部屋から出ていく彼らを見送りながら、私はただ一人残ったお兄様を見て、瞬きをした。


「お兄様は……?」
「何だ」
「お兄様は、一緒に行かないのですか?」
「ああ、呼ばれたのはユーデクスだけだからな」
「それ、屁理屈っぽいです!」
「……スピカ、一緒に帰るぞ。ここにいる用事もないだろうし」


と、お兄様は何か隠すようなそぶりを見せつつ、部屋から出ていこうとする。これは、ついていかなければならないと、背中を押されるようにして部屋を出る。

 廊下に出れば、お兄様は待っていてくれたみたいで、横に並んで近くまで来てくれている馬車に乗ることに。歩いている途中、終始お兄様は無言で怖く、何かあるのではないかとまた不吉さを漂わせる。


「あの、お兄様」
「何だ、スピカ」
「ええっと。ヴェリタ様は、これからどうなってしまうんでしょうか」
「……シュトラール公爵令嬢か。さあな、結果次第というところか」
「結果次第……とは?」
「お前は知らなくていい。仲良くしていたんだろう……胸が痛い話だろうし」
「そ、そんな。やっぱり、ヴェリタ様は追い出されるんですか!? 何もしていないのに!?」


 もう、決まり切っていることだとお兄様はいうので、私はつい反発してしまった。お兄様は足を止めて、こちらを振り返った。金色の瞳が私を貫き、びくりと肩を揺らしつつも、私は負けじとお兄様を睨みつける。さすがに、お兄様も私が反発するなんて思ってもいなかったのか、少し驚いたような顔をしていた。


「ヴェリタ様はすごい方です。もちろん、本物の公女様が見つかったという話は、いい話かもしれません。でも、ヴェリタ様は、ヴェリタ様は、私を友人だって……」
「スピカ……」


 ふわりと、頭に温かいものが乗っかったと思ったら、それはお兄様の手で、お兄様は視線を下に落としながら、私に大丈夫だと安心させるように、ちっとも安心できない撫で方をしてきた。
 何か隠しているけれど、いってくれない。私の秘密はユーデクス様に話すのに、こんなのフェアじゃない。


(誰も教えてくださらないのなら、私が直接聞きに行きます)


 それはさっきも思ったこと。裏切るような、心配してくださっているのに、こんなことをするべきじゃないとは思っている。でも、ヴェリタ様は私に優しくしてくれて、悪夢のことだって……
 結局、お兄様に反論することもできずに、その日は馬車の中で一言も話さずに家についた。こんなこと、初めてで、私も戸惑っていた。お兄様のこと大好きなのに、こんなふうに反発してしまうなんて。まるで、自分が自分じゃないみたいだった……


(どうしちゃったんだろう、私……)


 なんだか嫌な胸騒ぎがする……それが分からないから気持ちが悪い。そんなことを思いながら、私はヴェリタ様からもらったキャンディーを三つほど食べて眠りについた。


 
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