婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
35 / 46
第4章

04 本物の公女様

しおりを挟む


(シュトラール公爵令嬢が見つかったって……? 何?)


 この場で理解できていないのは私だけのようで、お兄様も、ユーデクス様も理解したというように、真剣な目つきで殿下を見ていた。
 私には何のことだかさっぱりで、握られたユーデクス様の手をじっと見てから、殿下に視線を移すと、殿下は何故だか私に憐みの目を向けてきた。


「そう……それは、よかったんじゃない? シュトラール公爵家にとって」
「はあ、お前は本当に他人ごとだな。これが、どういう意味を持っているか分かるだろう。俺の本物の婚約者が帰ってきたってことなんだぞ」
「え?」


 ユーデクス様は、殿下の言う通り全く興味がなさげな態度をとっていたが、殿下から発せられた言葉で、私はなんとなくだけど今この場で起こっている出来事の一端を掴んだ気がするのだ。


(本物の婚約者……本物の公女様。それって……ヴェリタ様は)


 真っ先に浮かんだのはあの麗しの乙女であり、私に特別よくしてくださっているヴェリタ様のことだった。彼女は、行方不明になった本物の公女様の代わりとして公爵家の養女となった方だけど、侯爵家に貢献し、今では彼女が本物の公女と同等に扱われ、あがめられていて。でも、本物の公女様が見つかったってことは、彼女の立場は……


「そ、それって、ヴェリタ様はどうなるんですか? レオ殿下は、ヴェリタ様と婚約を結んでいるのでは……?」


 思わず、口を開いてしまい、殿下の鋭い赤い瞳が飛んできた。私は思わずその体温を感じない鋭い瞳にひっ、と体を震わせるが、ユーデクス様がサッと私の前に立って、殿下から私を隠してくれる。でもそれはまるで、殿下が悪者みたいになってしまい、申し訳ないと私は謝る。何も知らないのに、しゃしゃり出てしまったのは私なのだから。


「レオ、スピカのこと睨まないで。怖がってる」
「こんな時でも、スピカ嬢のことばかりか。お前は本当に周りを見ないんだな」
「レオのことも大事だよ。でも、スピカが怖がってるのなら、俺は……」
「めんどくさいからいいよ。で、スピカ嬢は気になったんだよね。ヴェリタ・シュトラール公爵令嬢のことが」
「は、はい。すみません。皆さんは、知っていることのようですが、私は何のことだかさっぱり」


 何で、皇族までもがかかわる話なのだろうか、と疑問は抱いていた。ただ、確かに婚約者が行方不明であるのなら、皇族が動かないというわけにもいかないのかもしれない。
 殿下の婚約者は、シュトラール公爵令嬢であって、ヴェリタ様ではないと、きっとそういうことなのだろう。


「まあ、もう気づいているみたいだけど……僕の婚約者は、シュトラール公爵令嬢であって、ヴェリタ・シュトラールではない。だから、本物が見つかればそっちの方と……とってこと。婚約で重視するのは、家と血……ヴェリタ・シュトラールは確かに稀代の魔導士だ。だけど、僕がもともと婚約関係にあったのは、本物の公女の方だ。だから……ね、まあ」


と、殿下は言葉を濁すように言って目を伏せた。

 何が大事なのか分かった。そして、殿下がヴェリタ様のことを愛していないことも分かった。ヴェリタ様も愛していたかどうか怪しい。けれど、本物の公女が帰ってこなければヴェリタ様と結婚するはずだったのに、そんなに簡単に切り捨てられるものなのだろうか。
 私だったらきっと――


「それで、ユーデクス。それも含めてお前と話がしたい。スピカ嬢には悪いけれど、こちも急ぎの用だ。ユーデクスを借りていくね」
「え、ああ、はい。私は別に……」


 そう言って立ち上がろうとすれば、ユーデクス様が私の手を離さないと握っていることに気が付いた。それを見て殿下はまた顔をしかめ、ユーデクス、と名前を呼ぶ。さすがに、緊急の用なんだからいってほしいと思うんだけど、なんだかそれだけではない気がして、少し心配になって顔をのぞき込めば、ユーデクス様も、ユーデクス様でなぜか辛そうな顔をしていた。
 もしかしたら、ユーデクス様もヴェリタ様が追い出されるんじゃ……と思っているのではないかと思った。この間の狩猟大会も息ぴったりで、ユーデクス様も彼女のことは友人と思っているからこそ、追い出されることを懸念しているのではないかと。
 さすがに追い出されはしないだろうし、これまで公爵家に貢献してきたのだから何かしらあってもいいと思うけれど……


(ああ、でも隣国との関係維持のために侯爵以上の階級の家の令嬢を嫁にって……もしかして、それを?)


 自分でも、今日は頭が冴えているなと思った。ユーデクス様は優しいから、それを気にしているんじゃないかと。いくら隣国との関係維持のためとはいえ、養女として迎え入れられて本物が帰ってきたら国のためになんて……


「ユーデクス様?」
「皇太子命令なら仕方ないね。それに、俺もちょっと思うところがあるし……レオに聞きたいことがあるから」


 そう言って、悩ましげな顔をしながらもユーデクス様は立ち上がり、腰にソヴァールを携えると私から離れていく。
 あっ、と少し寂しくなったが、彼はその小さな声に気づいたのか、耳をピクリと動かしてこちらをみた。


「すぐに帰ってくるから。スピカ、待ってて」
「……はい」
「それとスピカ――……シュトラール公爵令嬢にはもう会いに行かない方がいいかもしれない」
「な、何でですか?」


 ユーデクス様は首を横に振って、詳しい理由は言えないけれど、というような顔をした。それは、私がさっき思ったようなことがこれから起きるかもしれないから、会えなくなるかもしれないから、別れがつらくならないようにってことなんでしょうか。


(でも、だからって、そんなことできません……)


 だって、ヴェリタ様は私に優しくしてくださって。
 強くて美しいヴェリタ様とはいえ、今回のことは深く傷ついているかもしれないと。今回ばかりは、ユーデクス様の忠告は聞けないと思いながらも、表面上ではわかりましたと、理解したふうを装う。


「絶対だからね。スピカ、君のためだから」
「ありがとうございます。ユーデクス様」


 不安げな顔から、ふわりと笑みを作って私に向けてくれる。私が使用としている行動がその笑顔に酔って、後ろめたいものなのだと、彼を欺くようなものなのだと、良心が痛む。
 殿下は婚約者であるヴェリタ様のことを、よくないように思っているのが伝わってくるし。お兄様は何を考えているのか分からないし。
 部屋から出ていく彼らを見送りながら、私はただ一人残ったお兄様を見て、瞬きをした。


「お兄様は……?」
「何だ」
「お兄様は、一緒に行かないのですか?」
「ああ、呼ばれたのはユーデクスだけだからな」
「それ、屁理屈っぽいです!」
「……スピカ、一緒に帰るぞ。ここにいる用事もないだろうし」


と、お兄様は何か隠すようなそぶりを見せつつ、部屋から出ていこうとする。これは、ついていかなければならないと、背中を押されるようにして部屋を出る。

 廊下に出れば、お兄様は待っていてくれたみたいで、横に並んで近くまで来てくれている馬車に乗ることに。歩いている途中、終始お兄様は無言で怖く、何かあるのではないかとまた不吉さを漂わせる。


「あの、お兄様」
「何だ、スピカ」
「ええっと。ヴェリタ様は、これからどうなってしまうんでしょうか」
「……シュトラール公爵令嬢か。さあな、結果次第というところか」
「結果次第……とは?」
「お前は知らなくていい。仲良くしていたんだろう……胸が痛い話だろうし」
「そ、そんな。やっぱり、ヴェリタ様は追い出されるんですか!? 何もしていないのに!?」


 もう、決まり切っていることだとお兄様はいうので、私はつい反発してしまった。お兄様は足を止めて、こちらを振り返った。金色の瞳が私を貫き、びくりと肩を揺らしつつも、私は負けじとお兄様を睨みつける。さすがに、お兄様も私が反発するなんて思ってもいなかったのか、少し驚いたような顔をしていた。


「ヴェリタ様はすごい方です。もちろん、本物の公女様が見つかったという話は、いい話かもしれません。でも、ヴェリタ様は、ヴェリタ様は、私を友人だって……」
「スピカ……」


 ふわりと、頭に温かいものが乗っかったと思ったら、それはお兄様の手で、お兄様は視線を下に落としながら、私に大丈夫だと安心させるように、ちっとも安心できない撫で方をしてきた。
 何か隠しているけれど、いってくれない。私の秘密はユーデクス様に話すのに、こんなのフェアじゃない。


(誰も教えてくださらないのなら、私が直接聞きに行きます)


 それはさっきも思ったこと。裏切るような、心配してくださっているのに、こんなことをするべきじゃないとは思っている。でも、ヴェリタ様は私に優しくしてくれて、悪夢のことだって……
 結局、お兄様に反論することもできずに、その日は馬車の中で一言も話さずに家についた。こんなこと、初めてで、私も戸惑っていた。お兄様のこと大好きなのに、こんなふうに反発してしまうなんて。まるで、自分が自分じゃないみたいだった……


(どうしちゃったんだろう、私……)


 なんだか嫌な胸騒ぎがする……それが分からないから気持ちが悪い。そんなことを思いながら、私はヴェリタ様からもらったキャンディーを三つほど食べて眠りについた。


 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 ――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。  ◆  第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。  両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。  しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。  そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。 「ねぇ君たち、お腹空いてない?」  まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。  平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている

百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……? ※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです! ※他サイト様にも掲載

処理中です...