34 / 46
第4章
03 抱きつぶしたい
しおりを挟む(ななななな、何で今そんなこと言うんですか!?)
「ゆ、ユーデクス様近いです。そ、それと、これと、それとは何か関係が?」
「とっても大事なことだよ。初めて抱いたのは俺なのに、俺であってなきゃいけないのに……夢の俺の方が、先にスピカを抱くなんて」
(夢の自分にまで嫉妬しているんですか!? おかしすぎて、可愛すぎますよ!?)
その思考はあまりにもぶっ飛んでいて、常人が理解できるものではなかった。けれど、不思議と、ユーデクス様だから仕方がないか、という結論に私も至ってしまい、重みからか、それとも彼が力を入れているのか、私たちを隔てている木製の机がミシミシと音をたてひび割れ始めたのを見て、これはただ事ではないと思った。
彼の目が本気だったから、これは答えなければ、部屋が破壊されかねないと思ってしまったのだ。以前、ソヴァールを鈍器のように扱い、部屋の扉を壊した人だから、面構えが違うというか。
「ユーデクス様、その、ちょっと」
「で、どうなの? スピカ? 無言は肯定だってとるけど?」
群青の瞳にはやはり嫉妬と殺意がにじんでいた。自分で気づいているのかどうかは定かではないが、彼が正気ではないことをそれが物語っている。
(そんな、公開処刑じゃないですか。私が、その、夢で抱かれたって言ったら……言ったら、私がそんなこと普段から妄想する女だって!)
でも、思えば、下心があると彼に暴露した時点で積んでいたのだ。だって、下心あるということは、触れられるだけではなく、キスやその先だって想像していたかもしれないってことに繋がるのだから。
だったとしても、いざ目の前の好きな人を前にしてそれをいえるかといったらまた話は別で……
じぃーっと見つめてくるものだから、顔が赤くなってそらしたくなって、でも彼の片手が私の顔をつかんで離さないから私は強制的に目を合わせられることになる。
「お願い、教えて」
「引きませんか?」
「まさか。でも、ちょっと嫉妬してる。いやかなり……」
「……うぅ、そういうところですよ。ユーデクス様」
ごめん、と一言断りを入れたうえで、ユーデクス様はいって? と今度は可愛くねだるような声で言ってきたので、先ほどのギャップにやられ私はこくりと頷いてしまった。
「……み、見ました。夢で。ユーデクス様に抱かれる夢、見ました」
私が、消えるようなか細い声で言うと、彼は反応を示すことなく、頭を垂れて、その後大きなため息をついた。
私が、あわあわと、その様子をうかがっていれば、目にもとまらぬ速さで顔を上げて、顔をずいっと近づけてきたかと思えば、私の頬に優しくキスをした。てっきり、口に、前のように激しいキスでもするものだと思っていたから、拍子抜けしたが、逆にそれが私の中で何かのスイッチを押す結果となってしまった。
「ははっ、スピカも真っ赤」
「ま、真っ赤になりますよ!? だっていきなりユーデクス様がキスして……あ」
「あっ」
さすがに、ユーデクス様の重みというか、力で壊れかけていた机が壊れてしまい、えっかくの雰囲気が台無しになってしまった。
ユーデクス様と顔があってしまい、お互いに苦笑いをし……という感じになってしまったが、それも致しかないというか。
「はあ、ほんと俺って決まらない……ごめんね、スピカ」
「い、いえ……」
(よかった……とりあえず落ち着いたみたいで)
先ほどの嫉妬と殺意が混ざったような彼はどこかに行ってくれたみたいで、私はほっと胸をなでおろす。やっぱり、ユーデクス様は、悪夢を見るようになってから、変わっていっている気がするのだ。悪夢につられて、というよりかは、彼と深くかかわっていくうちに。最初は人畜無害そうな好き好き攻撃が止まらなかったけれど、途中から本当ヘタレでどうしようもなく私が好きで、今はお互いに気持ちがわかってでも、悪夢を見ていたこととか知って、夢に嫉妬して……
(いわゆる、ヤンデレというやつなのでしょうか?)
前までは、悪夢と重なって彼が私を殺すんじゃないかと思っていたけれど、今はそうではなくて悪夢云々というよりかは、私の言動で彼が闇に落ちていっているような気がするのだ。それも含めて愛おしくは思う。私のせいで狂っていっている姿は何とも言えなくて。
(そう思うと、私ってやっぱり酷い性格してますよね……)
「スピカ? どうしたの? また、そんな顔して」
「どんな顔ですか?」
「悩みがあって辛そうな顔」
「してませんよ! ユーデクス様は、私のことが本当に好きなんだなって思って」
「……そりゃ好きだよ。ずっとずっと好きだったんだよ。小さいころから。君にかっこいいって言われたあの日から。だから、俺はずっとかっこいい俺でいようって頑張ってたのに……でも、スピカを前にするとかっこ悪くなっちゃって。思いばっかりが先走って、スピカを怖がらせたりして」
十分かっこいいし、何なら、私にだけそういう弱いところを見せてほしい。弱いからかっこ悪いとか、失敗するからかっこ悪いとかではないと思うのだ。でも、ユーデクス様の中の理想があって、それに反するからそう思ってしまうんだろう。
壊れてしまった机を脚でよけながら、ユーデクス様は、私の前まで来ると跪いてそっと片手をとった。
「嫉妬はかっこ悪いって思ってるけど、それだけ好きなんだ。だから、その、スピカ……もう一回君を抱かせてほしい」
「ふぇ!?」
改まって何を言われるのかと思いきや、抱かせてほしい、と。その言葉に体温が上がらないわけがなく、私は片手を握られたまま首を横に振るしかなかった。それを否定だと思ったのか、ユーデクス様は眉を下げる。
「この間は、感極まってひどくしちゃったけれど、でも今回は! そのゆっくりやるから。優しくするから」
「そ、そういう問題ではないんです! ひ、昼間ですよ。今!?」
「時間は関係ないよ」
「関係ありますけど!?」
さすがに、時と場所は選んでほしかった。
というか、酷くした自覚があるのも何とも!
いくら、正式に婚約者になったとはいえ、まだ式は上げていないわけだし、それだけじゃなくて、こんな……皇宮の一室で!
「れ、レオ殿下に怒られちゃいますよ」
「レオの話いまする? 俺がいるのに?」
「ひぇぇ……そういうことではなくて。で、でも、今はダメです! その、こういうのは、心の準備と雰囲気が大切です! さっき、ユーデクス様はそういう雰囲気を作ったのに机を壊しちゃったじゃないですか!」
「うっ、そ、それとこれは違うんじゃない……?」
「ユーデクス様が私を抱きたいだけですよね! 何かと理由をつけて!」
「……」
「嬉しいですけど、そのこっちも本当に心の準備がいるんですって。求められるのは……その、嫌じゃないですよ。好きな人に求められたいって気持ちはありますし」
自分で言っていても恥ずかしくなって、うぅ……とうなだれれば、ユーデクス様は再び大きなため息をついた後、黒い手袋をはめた片手で顔を覆い隠した。
「……だめ、スピカ可愛すぎて。本当に今すぐ抱きたい。てか、抱きつぶしたい」
「抱きつぶす!? さっきと言っていることが違います!」
さっきは、優しくすると宣言したはずなのだ。なのに今、どうして抱きつぶすなんて言う物騒な言葉が出てくるのだろうか。いくら好きな人とでも、腹上死なんて笑えないし、恥ずかしいからしたくない。ユーデクス様だったらあり得るからなおさら怖い。
なんでこんな話になったのか、元をたどれば、悪夢でユーデクス様に抱かれた夢を見ましたと暴露したことが始まりだったのだが、こんなふうになるとは思ってもいなかった。ユーデクス様も指の隙間から熱を帯びた群青色の瞳を輝かせてくるし、流されようと思えば流されることだってできた。でも、ここで何かしたら、きっとレオ殿下にバレるわけで……
(あの人怖いし、鋭いんですから、ユーデクス様も自重してくださいよ!)
いくら、親友という仲だとはいえ、私からしたら、皇太子殿下にそういうのを、情事を知られるということであって、恥ずかしい以外の何物でもない。ユーデクス様は、時に周りの目を気にしないから。
「でも、スピカに嫌われたくないし……」
「そ、そーですよ! ユーデクス様、嫌いになっちゃうので、ね、あの、抑えましょう!?」
「き、嫌いに!?」
「あ、えっと、いや、あの、例えの話ですから! 本当に嫌になったりはしないですけれど、ね、また抱いてください」
「スピカがそういうなら……でも、絶対だからね!」
「は、はい!」
抱いてくださいなんて言う約束を半場強制的に、流されるように約束してしまい、私は後からやってしまったという後悔が押し寄せてきて大変だった。別に嫌ではないのだが、何を約束しているんだと……
(約束しなくても、抱いてほしいんですけどね。私は……)
でも、そんなこと言ったらどうなるか分からない! ユーデクス様、そこは怖いから!
なんて、思いながら、彼の嬉しそうな顔を見つめていれば、バン! と部屋の扉があき、一気にユーデクス様の顔がこわばった、というより、鋭いものへと変わり、扉を開けた人物、そしてその後ろにいた人物ににらみを利かせた。
「何、レオ。今いいところなんだけど」
「そういうのは別室でやってくれ……シュトラール公爵令嬢が見つかったんだ。お前の調査のおかげでな」
「……え?」
入ってきたレオ殿下と、その後ろに控えるお兄様。彼らの顔を見て、これが緊急事態なのだと察した、が、いまいち理解が追いつかず私は口をぽかんと開けることしかできなかった。
(シュトラール公爵令嬢が見つかった……? って?)
52
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
*****ご報告****
「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。
****************
サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました!
なろうでも同じ話を投稿しております。
完結R18)夢だと思ってヤったのに!
ハリエニシダ・レン
恋愛
気づいたら、めちゃくちゃ好みのイケメンと見知らぬ部屋にいた。
しかも私はベッドの上。
うん、夢だな
そう思い積極的に抱かれた。
けれど目が覚めても、そこにはさっきのイケメンがいて…。
今さら焦ってももう遅い!
◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
※一話がかなり短い回が多いです。
オマケも完結!
※オマケのオマケにクリスマスの話を追加しました
(お気に入りが700人超えました嬉しい。
読んでくれてありがとうございます!)
《R18短編》優しい婚約者の素顔
あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。
優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。
それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。
そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。
そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。
そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。
※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。
※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。
【R18】お飾りの妻だったのに、冷徹な辺境伯のアレをギンギンに勃たせたところ溺愛妻になりました
季邑 えり
恋愛
「勃った……!」幼い頃に呪われ勃起不全だったルドヴィークは、お飾りの妻を娶った初夜に初めて昂りを覚える。だが、隣で眠る彼女には「君を愛することはない」と言い放ったばかりだった。
『魅惑の子爵令嬢』として多くの男性を手玉にとっているとの噂を聞き、彼女であれば勃起不全でも何とかなると思われ結婚を仕組まれた。
淫らな女性であれば、お飾りにして放置すればいいと思っていたのに、まさか本当に勃起するとは思わずルドヴィークは焦りに焦ってしまう。
翌朝、土下座をして発言を撤回し、素直にお願いを口にするけれど……?
冷徹と噂され、女嫌いで有名な辺境伯、ルドヴィーク・バルシュ(29)×魅惑の子爵令嬢(?)のアリーチェ・ベルカ(18)
二人のとんでもない誤解が生みだすハッピ―エンドの強火ラブ・コメディ!
*2024年3月4日HOT女性向けランキング1位になりました!ありがとうございます!
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
【R18】私の事が嫌いなのに執着する婚約者
京佳
恋愛
婚約者のサミュエルに冷たい態度を取られ続けているエリカは我慢の限界を迎えていた。ついにエリカはサミュエルに婚約破棄を願い出る。するとサミュエルは豹変し無理矢理エリカの純潔を奪った。
嫌われ?令嬢×こじらせヤンデレ婚約者
ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる