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第4章

03 抱きつぶしたい

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(ななななな、何で今そんなこと言うんですか!?)


「ゆ、ユーデクス様近いです。そ、それと、これと、それとは何か関係が?」
「とっても大事なことだよ。初めて抱いたのは俺なのに、俺であってなきゃいけないのに……夢の俺の方が、先にスピカを抱くなんて」


(夢の自分にまで嫉妬しているんですか!? おかしすぎて、可愛すぎますよ!?)


 その思考はあまりにもぶっ飛んでいて、常人が理解できるものではなかった。けれど、不思議と、ユーデクス様だから仕方がないか、という結論に私も至ってしまい、重みからか、それとも彼が力を入れているのか、私たちを隔てている木製の机がミシミシと音をたてひび割れ始めたのを見て、これはただ事ではないと思った。
 彼の目が本気だったから、これは答えなければ、部屋が破壊されかねないと思ってしまったのだ。以前、ソヴァールを鈍器のように扱い、部屋の扉を壊した人だから、面構えが違うというか。


「ユーデクス様、その、ちょっと」
「で、どうなの? スピカ? 無言は肯定だってとるけど?」


 群青の瞳にはやはり嫉妬と殺意がにじんでいた。自分で気づいているのかどうかは定かではないが、彼が正気ではないことをそれが物語っている。


(そんな、公開処刑じゃないですか。私が、その、夢で抱かれたって言ったら……言ったら、私がそんなこと普段から妄想する女だって!)


 でも、思えば、下心があると彼に暴露した時点で積んでいたのだ。だって、下心あるということは、触れられるだけではなく、キスやその先だって想像していたかもしれないってことに繋がるのだから。
 だったとしても、いざ目の前の好きな人を前にしてそれをいえるかといったらまた話は別で……
 じぃーっと見つめてくるものだから、顔が赤くなってそらしたくなって、でも彼の片手が私の顔をつかんで離さないから私は強制的に目を合わせられることになる。


「お願い、教えて」
「引きませんか?」
「まさか。でも、ちょっと嫉妬してる。いやかなり……」
「……うぅ、そういうところですよ。ユーデクス様」


 ごめん、と一言断りを入れたうえで、ユーデクス様はいって? と今度は可愛くねだるような声で言ってきたので、先ほどのギャップにやられ私はこくりと頷いてしまった。


「……み、見ました。夢で。ユーデクス様に抱かれる夢、見ました」


 私が、消えるようなか細い声で言うと、彼は反応を示すことなく、頭を垂れて、その後大きなため息をついた。
 私が、あわあわと、その様子をうかがっていれば、目にもとまらぬ速さで顔を上げて、顔をずいっと近づけてきたかと思えば、私の頬に優しくキスをした。てっきり、口に、前のように激しいキスでもするものだと思っていたから、拍子抜けしたが、逆にそれが私の中で何かのスイッチを押す結果となってしまった。


「ははっ、スピカも真っ赤」
「ま、真っ赤になりますよ!? だっていきなりユーデクス様がキスして……あ」
「あっ」


 さすがに、ユーデクス様の重みというか、力で壊れかけていた机が壊れてしまい、えっかくの雰囲気が台無しになってしまった。
 ユーデクス様と顔があってしまい、お互いに苦笑いをし……という感じになってしまったが、それも致しかないというか。


「はあ、ほんと俺って決まらない……ごめんね、スピカ」
「い、いえ……」


(よかった……とりあえず落ち着いたみたいで)


 先ほどの嫉妬と殺意が混ざったような彼はどこかに行ってくれたみたいで、私はほっと胸をなでおろす。やっぱり、ユーデクス様は、悪夢を見るようになってから、変わっていっている気がするのだ。悪夢につられて、というよりかは、彼と深くかかわっていくうちに。最初は人畜無害そうな好き好き攻撃が止まらなかったけれど、途中から本当ヘタレでどうしようもなく私が好きで、今はお互いに気持ちがわかってでも、悪夢を見ていたこととか知って、夢に嫉妬して……


(いわゆる、ヤンデレというやつなのでしょうか?)


 前までは、悪夢と重なって彼が私を殺すんじゃないかと思っていたけれど、今はそうではなくて悪夢云々というよりかは、私の言動で彼が闇に落ちていっているような気がするのだ。それも含めて愛おしくは思う。私のせいで狂っていっている姿は何とも言えなくて。


(そう思うと、私ってやっぱり酷い性格してますよね……)


「スピカ? どうしたの? また、そんな顔して」
「どんな顔ですか?」
「悩みがあって辛そうな顔」
「してませんよ! ユーデクス様は、私のことが本当に好きなんだなって思って」
「……そりゃ好きだよ。ずっとずっと好きだったんだよ。小さいころから。君にかっこいいって言われたあの日から。だから、俺はずっとかっこいい俺でいようって頑張ってたのに……でも、スピカを前にするとかっこ悪くなっちゃって。思いばっかりが先走って、スピカを怖がらせたりして」


 十分かっこいいし、何なら、私にだけそういう弱いところを見せてほしい。弱いからかっこ悪いとか、失敗するからかっこ悪いとかではないと思うのだ。でも、ユーデクス様の中の理想があって、それに反するからそう思ってしまうんだろう。
 壊れてしまった机を脚でよけながら、ユーデクス様は、私の前まで来ると跪いてそっと片手をとった。


「嫉妬はかっこ悪いって思ってるけど、それだけ好きなんだ。だから、その、スピカ……もう一回君を抱かせてほしい」
「ふぇ!?」


 改まって何を言われるのかと思いきや、抱かせてほしい、と。その言葉に体温が上がらないわけがなく、私は片手を握られたまま首を横に振るしかなかった。それを否定だと思ったのか、ユーデクス様は眉を下げる。


「この間は、感極まってひどくしちゃったけれど、でも今回は! そのゆっくりやるから。優しくするから」
「そ、そういう問題ではないんです! ひ、昼間ですよ。今!?」
「時間は関係ないよ」
「関係ありますけど!?」


 さすがに、時と場所は選んでほしかった。
 というか、酷くした自覚があるのも何とも!
 いくら、正式に婚約者になったとはいえ、まだ式は上げていないわけだし、それだけじゃなくて、こんな……皇宮の一室で!


「れ、レオ殿下に怒られちゃいますよ」
「レオの話いまする? 俺がいるのに?」
「ひぇぇ……そういうことではなくて。で、でも、今はダメです! その、こういうのは、心の準備と雰囲気が大切です! さっき、ユーデクス様はそういう雰囲気を作ったのに机を壊しちゃったじゃないですか!」
「うっ、そ、それとこれは違うんじゃない……?」
「ユーデクス様が私を抱きたいだけですよね! 何かと理由をつけて!」
「……」
「嬉しいですけど、そのこっちも本当に心の準備がいるんですって。求められるのは……その、嫌じゃないですよ。好きな人に求められたいって気持ちはありますし」


 自分で言っていても恥ずかしくなって、うぅ……とうなだれれば、ユーデクス様は再び大きなため息をついた後、黒い手袋をはめた片手で顔を覆い隠した。


「……だめ、スピカ可愛すぎて。本当に今すぐ抱きたい。てか、抱きつぶしたい」
「抱きつぶす!? さっきと言っていることが違います!」


 さっきは、優しくすると宣言したはずなのだ。なのに今、どうして抱きつぶすなんて言う物騒な言葉が出てくるのだろうか。いくら好きな人とでも、腹上死なんて笑えないし、恥ずかしいからしたくない。ユーデクス様だったらあり得るからなおさら怖い。
 なんでこんな話になったのか、元をたどれば、悪夢でユーデクス様に抱かれた夢を見ましたと暴露したことが始まりだったのだが、こんなふうになるとは思ってもいなかった。ユーデクス様も指の隙間から熱を帯びた群青色の瞳を輝かせてくるし、流されようと思えば流されることだってできた。でも、ここで何かしたら、きっとレオ殿下にバレるわけで……


(あの人怖いし、鋭いんですから、ユーデクス様も自重してくださいよ!)


 いくら、親友という仲だとはいえ、私からしたら、皇太子殿下にそういうのを、情事を知られるということであって、恥ずかしい以外の何物でもない。ユーデクス様は、時に周りの目を気にしないから。


「でも、スピカに嫌われたくないし……」
「そ、そーですよ! ユーデクス様、嫌いになっちゃうので、ね、あの、抑えましょう!?」
「き、嫌いに!?」
「あ、えっと、いや、あの、例えの話ですから! 本当に嫌になったりはしないですけれど、ね、また抱いてください」
「スピカがそういうなら……でも、絶対だからね!」
「は、はい!」


 抱いてくださいなんて言う約束を半場強制的に、流されるように約束してしまい、私は後からやってしまったという後悔が押し寄せてきて大変だった。別に嫌ではないのだが、何を約束しているんだと……


(約束しなくても、抱いてほしいんですけどね。私は……)


 でも、そんなこと言ったらどうなるか分からない! ユーデクス様、そこは怖いから!
 なんて、思いながら、彼の嬉しそうな顔を見つめていれば、バン! と部屋の扉があき、一気にユーデクス様の顔がこわばった、というより、鋭いものへと変わり、扉を開けた人物、そしてその後ろにいた人物ににらみを利かせた。


「何、レオ。今いいところなんだけど」
「そういうのは別室でやってくれ……シュトラール公爵令嬢が見つかったんだ。お前の調査のおかげでな」
「……え?」


 入ってきたレオ殿下と、その後ろに控えるお兄様。彼らの顔を見て、これが緊急事態なのだと察した、が、いまいち理解が追いつかず私は口をぽかんと開けることしかできなかった。


(シュトラール公爵令嬢が見つかった……? って?)


 
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