婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

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第4章

02 伝えないといけないこと

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「俺のこと怖い? スピカは、俺のことが怖い?」
「ユーデクス様……のことは、嫌いじゃないです」
「違う。俺が聞いているのは、怖いかって話……」
「……っ」


 そういったかと思うと、ユーデクス様はいきなり私に手を伸ばしてきて、私は反射的に身を縮めてしまった。それが、答えだと自分の身体が訴えかけてきて、目を開ければ、泣きそうなほど顔を歪ませたユーデクス様の顔がそこにあった。


「ほら、ね」


 黒い手袋をした手をぎゅっと握って、大きな拳を胸の前にとんとおく。
 視線を下に落としたまま、ユーデクス様は再び口を閉じる。群青色の瞳に影が差す。
 嫌いと怖いは違う、とユーデクス様はいった。確かに、それらは別の感情であると、彼の態度から察するに思った。
 私はユーデクス様のことを嫌いになったことはないけれど、怖いと思ったことはある。それが、悪夢のせいなのか、時々ちらつく彼のとらえようがない、表しようがない黒い感情のせいか。執着、依存、殺意に似た狂愛……それに気づかない方が無理があった。
 それらをひっくるめて、ユーデクス様であって、それもユーデクス様を形成する一つだと。


「スピカが、俺の事好きって言ってくれたのは本当だって信じてる。その気持ちは嘘偽りないってね。でも、分かってたんだ。何処か俺の事怖がっているって。でも、その理由が聞けて良かったよ……」
「ユーデクス様」
「いいの? 俺で」


と、ユーデクス様は不安を瞳に浮かべながら私を見てきた。

 いいの? というのは、婚約を、という意味だろうか。これからずっと一緒に生きていくとして、恐怖を抱いている相手でもいいの? という話なのではないだろうか。
 彼があまりにも不安そうに聞くので、少しだけ嘘を混ぜたくなった。でも、それをすることでさらに傷つけてしまうことは目に見えていた。それを選ばないことこそが、彼を救えるんじゃないかって、少しそう思ってしまった。
 その言葉に答える前に、私はいくつか謝らなければならないことがあると息を吸った。
 こんな機会、もうないと思う。この機会を逃したら、私は彼に伝えられなくなってしまうと思う。逃げるのはもう嫌だ。


「そうです……隠していてすみません。先程も申し上げました通り、私はあなたに何度も夢で殺されました。腹を貫かれ、ときには首を絞められ、首をはねられ……散々でした」
「……」
「でも、それでも貴方のことが嫌いになれなかった。それほど、私はユーデクス様のことが好きだったって気づいたんです。だから、逃げるのはやめようと思った。本当は、悪夢の解明を終えてあなたの気持ちに答えようと思っていたんですけど、順番ばらばらになっちゃいましたけど」
「スピカ」
「ですけど! 本当に好きなので! もしかしたら、私、ユーデクス様になら殺されてもいいって思っているのかもしれません!」
「す、スピカ、それはその、言いすぎじゃない?」


 ユーデクス様はあたふたとして、どうすればいいのか、反応に困ったような顔で私を見た。彼なりに気を使っていたんだと思う。自分の中に渦巻く気持ちと、私に優しくしようって気持ちが。目を見ていれば分かる。
 愛と加虐心が表裏一体になっているような人だから。


(――って、気づいたのは最近なんですけど)


 初めて身体を重ねたとき、彼は何度も謝っていた。優しくしたいのに優しくできなくて、酷くしたくて、でも傷つけたくなくて。相反する気持ちを胸に抱いて私を抱いていた。それが、とってもかわいそうで痛々しくて、私に何ができるんだろうと思っていた。あの夜のことをユーデクス様は触れないから私も言わないけれど、あれ以降スキンシップは激しくなったけれど、彼と体を重ねたことはなかった。もしかしたら、もう一度だいたら殺してしまうのではないかと恐れているのかもしれないと。
 その考えは、あながち間違っていないようだった。
 彼の群青色の瞳が左右に動かされ、それから、はらりとまつげが影を落とすように閉じられる。


「……不安になるよ。君に優しくされると」
「え、ええ!? じゃあ、私どうすれば!?」
「……」
「ユーデクス様!」


 何をしてもだめなら、何もできないじゃないか。そう思って、ユーデクス様に駆け寄ろうとすれば、彼はそれを制するように話をつづけた。


「ほんとうに、いつか君を殺してしまいそうで怖い」
「……」
「怖いけど、隣にいてほしいし、もっとスピカと一緒にいたい。傷つけたくないけど、傷つけて、閉じ込めていたい。誰にも見せたくない」
「……」
「それでもいいの?」
「い、いいですよ。ユーデクス様なら」


 本当? と疑うような目を向けられ、私はぎゅっとドレスの裾を握りこむ。
 だって、私の好きな人だから。あんな夢より怖いことはないだろう。


「スピカは優しいね。すごく、それに甘えてしまいそうになる」
「そんな、優しくないですよ。私は、意地悪でしたよ。卑怯で、臆病で……あの、あと一つ言っていないことがあって……言っていいですか?」
「何?」
「前に、ユーデクス様とで、デートに行ったときに、ユーデクス様が私を好きな理由教えてくれたじゃないですか。あの時、ずっと両片思いだったんだって気づいちゃって。それで、それがバレたくなくて、ユーデクス様が私を好きな理由を聞いて私は逃げちゃったんです」
「ええと、それってつまり……」
「私も、ユーデクス様に出会ったころから、貴方のことが好きだったってことです」


 私がまくしたてるようにそう言い切ると、ユーデクス様の顔が見る見るうちに赤くなっていくのが分かった。ボンっ! と爆発するような音を立てれば、ユーデクス様はわなわなと口を動かして「え、ほんと? ずっと?」とまるで、幼児退行したような語彙で何度も繰り返し口にしていた。
 そして、ソファに沈み込むようにして「すごい、遠回りじゃん」といった後、両手で顔を隠して私の方を見た。まるで、私が悪いみたいに。


「言ってよ」
「いいい、言いませんけど!? だから、あのときはごめんなさいって、心の中で何度も謝りました。両片思いって気づいちゃって、私だって驚いて……」
「スピカ、酷い」
「私は酷くないです! ユーデクス様も、先にそれを言ってくだされば、私が悪夢で云々しようとする前に、私は貴方の婚約を受け入れていたかもしれないっていうのに」
「ううん……まあ、こればかりは仕方がないことかもだけど……でも、また嬉しいことが一つ分かってよかった」


と、ようやくいつもの調子を取り戻したユーデクス様ははにかむように笑うと、私の方を見た。へにゃっとした柔らかい笑みに、胸を貫かれ、私まで顔が熱くなってしまう。そんな顔を向けてもらえるのはこの世界で私だけだという優越感と、独占欲というか。それは、ユーデクス様じゃなくても持ち得るものなんだと私は思いながらも、席に座り直す。

 とりえあえず、これで言いたいことはすべて言えたはずなのだ。
 ユーデクス様に悪夢の話もできて、そして、私はそのうえで受け入れると好きだと伝えられて。これでよかったんだろう。
 まだ、悪夢を見るから辛いし、解明はしたいと思っている。
 今では、好きな人に殺されるというよりかも、殺されるというその殺傷の部分が悩みの種になっていた。誰に殺されようが、痛い思いは夢でもしたくない。それが、ユーデクス様だからなおさらという話であり、でも普通なら精神を病んでしまうところを持ちこたえているんだから、私の精神はもしかしたら異常なのかもしれない。
 お兄様も、よく耐えたな、と言ってくださっていたし、メンタルは強いのかもしれないと。


「スピカ、最後に一ついい?」
「何ですか、ユーデクス様」


 ユーデクス様は、晴れやかな笑みを浮かべていたが、私が彼の声に応えた瞬間、少しだけ彼の顔が曇ったというか、また疑うような、何かを探るような瞳を向けてきた。他に行っていないこととか、秘密にしていることとかあったっけ? と首をかしげていれば、「可愛いの禁止」とユーデクス様はいったう
えで、ちょっと恥ずかしそうにしながら、口を開いた。
 それはさすがの私も予想しないものだったので、開いた口がふさがらなかった。否、恥ずかしすぎて、わなわなと震えていたんだろう。
 耳を赤く染めたユーデクス様がずいっとテーブルに手をついて私に顔を近づけてきたので私は思わず肩を揺らしてしまう。ユーデクス様は、むっとした表情から目を細め、私に言う。


「スピカ、あの夜に想像以上に――って俺のアレのこと言ったけど、ねえ、もしかして、前にたどたどしかったのって、俺に抱かれる悪夢を見たから?」


 
 
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