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第4章

01 好き好き攻撃がやみませんが

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「はあ、ほんと夢みたいだ。スピカが俺のものになって……俺のそばにいて」
「ユーデクス様近いです」
「俺たちは、もうあんなことや、こんなことしたのに。近い? 恥ずかしい? いつまでも初心なスピカのことが大好きだよ」
「そういうことじゃなくてですね……うぅ」


 狩猟大会の中止が告げられ、家に戻ると、こうなると思っていた! と言わんばかりに、なぜか家族に、侯爵家の使用人も分かりきったみたいに、婚約の手続きをと進めてくれていた。用意周到すぎて怖くなったけれど、おかげで、誰かの介入もなく私たちは婚約者になったわけだが、その日以降、タガが外れたのか、遠慮という物を忘れたユーデクス様が毎日のようにやってくるようになった。
 前からそうだったのではないかと言われたらそうなのだが、今は皇宮の方に行ってもユーデクス様が、侯爵家にいてもユーデクス様がと、見ない日はないくらいに会っている。


(でも、悪夢も見るんですよね……)


 数が減ったかと言われたら、減ったのかもしれないが見ないわけではなかった。未だ悪夢の解明はされず、難航を極めている。
 そして、まだユーデクス様に悪夢の事、あの日の拒絶について話せていなくて、その隙も無い。もしかしたら、聞くのが怖くてユーデクス様自身が避けているのではないかとすら思った。


「はあ、本当にスピカが好きなんだ。スピカがいないと生きていけなくて」
「もう、ユーデクス様ったら」
「あー待て、よそでやってくれ」


と、私たちの間に水を差すように、空気になっていた殿下が手を挙げて止める。

 そういえば、ここが殿下の執務室だったことを思い出し、私はハッと我に返りユーデクス様から離れようとした。しかし、ユーデクス様は反射的に私の腰を抱いて、抱き寄せると、「離れないで」と捨てられた子犬のような顔をして私を見つめてきた。相変わらずその顔に弱い私はノックアウトされてしまい、彼の膝の上へと戻る結果となった。


「はあ、ここでまで見せつけなくても、僕は別にとらないよ」
「分かってるよ。でも仲いいアピールは大事だろ?」
「もう十分だよ。それで、ユーデクス調査の方は進んでるのかな?」
「調査?」
「もちろんだよ。レオ。抜かりないね」
「それならいいけどさあ……スピカ嬢」


 殿下はこちらを珍しく見ると、赤い瞳で私をジッと見つめた後また真意の読めない笑みを向けてきた。この笑みを向けてくるときはたいてい私に何かくぎを刺すときだ。


「ユーデクスには言っていないのかな? 悪夢の事」
「い、いえ、悪夢のことは言いましたけど」
「まだ解明できていないようじゃないか。頻繁に見ているのかな?」
「頻繁に、では……前よりは減りましたが、その」


 ちらりとユーデクス様を見ると、彼は険しい顔をしていた。
 殿下はわざと、その話をユーデクス様とするようにという意味で言ったに違いないと、私は視線を落とす。確かに言っていないのはそうなのだが、相変わらず人にいわれてぽろぽろと秘密がバレていくのが嫌だ。プライバシーのへったくれもない。


「まあ、場所を変えてゆっくり話なよ。その方がいい。見せつけられる僕の身になってくれるのならの話だけど」
「スピカ、移動しよかった」
「は、はい」


 じゃあね~と、殿下はにこにこと手を振っており、本当に邪魔だったのか、それとも機会を作ってくださったのか分からなかったけれど、ユーデクス様の顔がこわばってしまい、やはり嫌なんだろうなということが目に見えてわかってしまった。
 言っていなかった私も悪いとは思うけれど、あの話をユーデクス様にするのかと思うとどこから離せばいいか分からない。
 考えがまとまらないまま、ユーデクス様の部屋につくと、彼は話す前に使用人を呼んでクッキーやスコーンやらを持ってくるようにと指示を出した。しばらくして戻ってきた使用人はテーブルいっぱいにお菓子を並べ、お茶まで入れてくれると、静かに部屋を去っていく。


「スピカの大好きな甘いもの! 好きなもの食べて」
「あ、ありがとうございます。いた、だきます……」
「うん、どうぞ」


 そういって取り繕うように笑顔を張り付けるけれど、ユーデクス様の顔は浮かなくて、やっぱり聞きにくいんだろうなと、私はクッキーを口に運びながら思ってしまった。だから、どうにか話せるテンションに持っていこうと「これ美味しいです!」と過剰に表現してみたり、いつもは恥ずかしくてできないあーんとかもやってみたりと、ユーデクス様がいつでも聞きやすいようにと空気を作る。
 けれど、彼は一向に口を開こうとせず、今目の前にある幸せをかみしめているようだった。


(……変わるんでしょ。スピカ。自分から言わなきゃ)


 相手が聞きだしてくれることを願って、胡坐をかいているんじゃ昔の自分のままだと、私は奮い立たせる。そもそも、これは自分が始めたことで、私が傷つけたのだから、私が何とかしなければならない問題なのだ。


「ユーデクス様、あの夜の事、お話しさせてください」
「……っ、スピカ」
「大丈夫です。貴方を嫌いになったりはしません。今も昔もずっと好きですから」
「そう、分かった……」


と、いつになく暗い顔でユーデクス様頷くと、私の手を握り返してきた。大きな彼の手が今は少し小さく見えて、震えているようにも思った。

 そんな、死刑宣告でもされるような顔をされるとこちらも話しづらい。けれど、ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。
 悪夢のことをもっとちゃんと知ってもらわないと。でも、それでユーデクス様が傷つくかもしれないという懸念もあって。


「今から話すこと、どんなことでも受け入れてくれますか」
「うん、受けれ入れるよ。だって、スピカが話してくれるんだもん。受け止めるよ」
「……ごめんなさい、と先に謝っておきます。黙っていたこと、それで不安にさせて、ユーデクス様を拒絶してしまったことを」
「……」


 拒絶、という言い方はあっていないかもしれない。
 あの夜私は悪夢にうなされて、いつものように悪夢の中でユーデクス様に殺された。幸せに添い寝をしてもらって、彼の匂いをいっぱいに吸い込んで胸がいっぱいになって眠りにつく……ついた、そんな時に、彼が首を絞めてきたのだ。死んだら自分のものになる、殺したら手に入るというような恍惚とした笑みで。私を殺すことに最大の幸福を得るような顔で。怖かった。だって、私の横にいるユーデクス様はそんなこと絶対にしなかったから。
 でも、顔も声もユーデクス様で。だから、ユーデクス様殺さないでって。


「私は少し前から悪夢にうなされていました。それは今も続いています……前にお兄様から話があったと思いますが、悪夢を。それで、ユーデクス様に初めて添い寝してもらったときは悪夢を見なくて。ユーデクス様が添い寝をしてくれたら悪夢を見ないんじゃないかって勝手に仮説を立てていたんです。どうにも、法則性があるような気がして」
「そうだったんだ……ずっと?」
「ずっと、です。でも、あの日、ユーデクス様が一緒に寝てくれたのに悪夢を見て……」
「その悪夢の内容って、もしかして俺に……殺される夢?」


と、彼は核心を突くように、でも、どうかそうじゃないですようにと祈るように私に聞いてきた。

 私は真実をお伝えすると言ったから、こくりと頷き彼の方を見た。彼の群青色の瞳が揺れ、眉間に深いしわが寄せられる。


「ごめん……」
「ごめんって、ユーデクス様がやったわけではないですから。私が、勝手にユーデクス様に殺される夢を見て……勝手にって言い方もあれかもしれませんけど、でも、そう……」
「だから、俺を避けてて、俺に殺さないでって……ああ、すべてつながったよ」


 ユーデクス様はそういうとそっと目を伏せ、それから私に透き通った群青色の瞳を向けてきた。
 その瞳が表すものはいったい何なのか、何を伝えたいのか私にはわからなかったが、ただまっすぐに向けられたその瞳から目が離せずに、文字通り目を奪われ彼を見つめていた。
 そうして、彼は結んでいた口をほどいて、言葉を紡ぐ。


「――スピカは、俺のことが怖い?」


 
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