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第3章
06 お似合いな二人
しおりを挟む(とっても、素敵なのに……思い出してしまいます)
血濡れで微笑まれて――颯爽とピンチに現れてくれた初恋の人は、どうしても悪夢の彼と重なってしまう。けれど、怖いかと言われたら怖くなくて、助けに来てくれたユーデクス様に私は見惚れて、自分の無事を伝えることが遅れてしまった。
「スピカ?」
「だ、大丈夫です! ユーデクス様のおかげです! ゆ、ユーデクス様お怪我は?」
「ないよ。全部返り血」
「そ、そうですか……」
にこりと笑って答える内容ではない気がするが、それも私を安心させるための言葉だったのだろう。
確かにその言葉で、つかの間の安堵を得る。
「私のおかげでもあるんですわ! 勝手にいいところをとっていかないでください!」
「ヴェリタ様?」
むぎゅっと立ち上がって、私をユーデクス様から遠ざけるように抱きしめた彼女は、ユーデクス様の群青色の瞳と目を合わせ、二人の間に火花が散った。この二人は仲がいいと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
なんで挟まれているんだろう……と思いながらも、再び咆哮したケルベロスをみて、まだ倒れていなかったのだと恐怖が戻ってくる。
「大丈夫だよ。スピカ。今のはかっこよく登場したかったからああやっただけだけど、倒そうと思えばいつでも倒せる」
「あ、あの、それをいうのはかっこ悪いのでは?」
「……」
「か、かっこいいですから! ね! ユーデクス様のおかげでけがもなかったんですし! はい!」
思わず口に出てしまい、ユーデクス様の方も口に出てしまったようで、微妙な空気が流れてしまう。もちろんかっこよかった。あんな登場の仕方、ユーデクス様じゃなければ許されないだろう。
私が、かっこいいと口にすれば、分かりやすく彼はパッと顔色を変えてソヴァールを構え直す。かっこいい姿は見ていたいのだけれど、それよりもこれ以上被害が出ないようにケルベロスを倒す方を優先してほしかった。ユーデクス様のかっこいいところは私だけが知っていればいいわけだし。
「スピカにかっこいいところを見せたいからね。早く片付けようか。シュトラール公爵令嬢、少し手伝ってくれるかな?」
「ええ、もちろんいいですけど。スピカちゃんのためなら。でも、この貸しは大きいですわよ?」
そういうと、ヴェリタ様は私から離れ、ケルベロスに向かって手をかざした。すると、暴れていたケルベロスの足元から鎖のようなものが現れ、白く発光した空らはケルベロスの身体にあっという間に巻き付き、その場に固定した。ケルベロスはどうにかそれらを振り払おうとしたが頑丈に巻かれているのかびくともしなかった。
(ヴェリタ様の魔法……!)
あんなに大きなケルベロスでさえも身動き取れなくしてしまうヴェリタ様の魔法は偉大だと思った。それも、苦しい顔みせずに、すがすがしい顔でやるものだからとても美しくて見入ってしまう。
「早くしてください。あまり、長く使いたくないので」
「感謝する。シュトラール公爵令嬢――ハアッ!」
ヴェリタ様の援護を受け、ユーデクス様は、地面をけり彼女の作った光の鎖の上を駆け上がると高く舞い上がり、上空でソヴァールを振り上げたかと思うと、ケルベロスの三つの頭がゴトンと地面に落ちた。砂埃を盾、ケルベロスの頭は三つとも白目をむき、抑えていた身体も横へと倒れた。
ユーデクス様が剣を振りかざしたその瞬間を私は、私だけではなくきっと周りの人たちも目で追えなかっただろう。いつ切り落としたのかそれも同時に三つ……人間の技じゃないと思った。
ストン、と下へ戻ってきたユーデクス様は剣を横に振り払い、刀身についた残りの血を拭きとった後剣を鞘にしまった。すると、あの大きな剣はよく見るサイズの剣へと大きさを変え、鞘に収まるサイズになってしまった。英雄の剣というだけあり、やはり不思議なつくりをしているようだ。
ケルベロスが倒された後、静寂が会場を包み込み、次の瞬間にはわあああっ! と歓声が響いた。
「ケルベロスを打ち取ったぞ!」
「さすが、ユーデクス様!」
「英雄だ!」
と、拍手喝采。先程までの恐怖は一気に歓喜へと変わり、ユーデクス様だけではなく、援護を下ヴェリタ様にもその拍手は送られる。二人の連携技を見て、皆が皆彼らをたたえていた。
「さすが、帝国の未来を作るお二人だ。技量が違う」
「彼らがいなかったら今頃どうなっていたか」
「ユーデクス様、ヴェリタ様万歳!」
「見れば見るほど、お似合いな二人じゃない」
「でも、ヴェリタ様には皇太子殿下という素敵な婚約者様が」
「でもでも、お似合いよね……ああ、後あの噂――」
(……そう、見えるんだ…………)
二人は窮地を救った英雄だ。拍手も、称賛をうけるべき存在であることも分かっている。
私は一歩引いたところで彼らを見ていて、すでに救世主である彼らの周りには輪が出来ていた。二人とも嫌な顔をせずに、自分の気持ちを素直に伝えてくる人たちに、怪我はないかと聞いて回っているところも素敵だった。
そうお、ユーデクス様の輝かしい黄金色の髪と、ヴェリタ様の美しい銀色の髪は並ぶと良く映えるのだ。そうでなくても眉目秀麗なお二人は並んだだけで絵になる。
ヴェリタ様は殿下の婚約者だけれど、ユーデクス様の隣に並んでいても見劣りしない。むしろ素敵すぎて、まぶしいくらいに美しかった。
そんな二人の姿を見ていると、胸がきゅっと締め付けられて、なんとも言えないモヤモヤが心の中に広がっていく。
「――おい、スピカ」
「お兄様?」
後ろから声をかけてきたのはお兄様で、美しい銀色の髪を顔に張り付け、慌てたように私に駆け寄ってきた。
いつもなら注目の的となるお兄様も、英雄たちを前にしてはかすんでしまうみたいで、誰もお兄様に声をかけることはなかった。
「お兄様……大丈夫でしたか?」
「それはこっちのセリフだ。怪我はないか? ほほ、少し汚れているぞ?」
「あ、ありがとうございます」
サッとハンカチを出して、私の頬をぬぐってくれるお兄様は優しくて、お兄様と会えたことで、力が抜けてしまった私の目からは、ポロリと涙がこぼれてしまった。
「す、スピカ。どうした!?」
おどおどと、お兄様は困ったように私の背中をさすったが、それが余計に悲しくなってしまってひぐっ、と嗚咽を漏らしながら涙を流してしまった。泣く予定もつもりもなかったのに、彼らを見ていると、自分が不釣り合いなんじゃないかってやっぱり自信がなくなるのだ。
ヴェリタ様から見て、私は妹みたいなものだし、ユーデクス様も好きだって言ってくれるけれど、それでもヴェリタ様と並んだらお似合いだし。もちろん、分かっているけれど、婚約者がいることも知っているし、お似合いなだけで、くっつかないけれど! それでも、ヴェリタ様の代わりを、隣に立つことが私でいいのだろうかと思ってしまうのだ。
お兄様は、私の背中を撫でながら、称賛の渦の中心にいるユーデクス様の方に視線を向けていた。
「また、ユーデクスがお前を泣かせたのか」
「違うんです。私が勝手に……っ。お兄様あ……」
「ああ、もう泣くな。大丈夫だ。怖かったんだろ?」
「はい。お兄様も、怪我は……ひぐっ、うぅっ」
「う……俺は大丈夫だ。もっと、先に来てやればよかったな」
「いいえ。ユーデクス様が、バーッてやってきた、シュバッって倒してぇ。かっこよかったんです! とっても、とっても、かっこよくて……」
「おい、泣きながら話すな……ユーデクスがかっこよかったんだな。分かった」
もう、何で泣いているのか、悲しいのかもわからなくなってでも脳裏に焼き付いている二つのユーデクス様の姿を交互に思い出しては、温かい気持ちと悲しい気持ちになるから忙しかった。未だに輪の中心から出てこれないでいるユーデクス様に声をかけに行く勇気なんてなくて、私はお兄様にあった出来事をありのまま話、そして、胸を貸してもらいながら泣いた。ユーデクス様に見られたらみっともないな、とは思っていたけれど、自分が守られてばかりの存在であることを痛感し、変わりたい、変わりたいから――という涙だったと、私は涙が枯れるまで泣き続けた。
(……努力して、届くのでしょうか。私で、良いのでしょうか)
また自信がなくなる。それは、殿下の婚約者候補から外れた、落ちぶれていく過去の自分を見ているようで私は酷く胸が痛かった。
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