婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
27 / 46
第3章

06 お似合いな二人

しおりを挟む


(とっても、素敵なのに……思い出してしまいます)


 血濡れで微笑まれて――颯爽とピンチに現れてくれた初恋の人は、どうしても悪夢の彼と重なってしまう。けれど、怖いかと言われたら怖くなくて、助けに来てくれたユーデクス様に私は見惚れて、自分の無事を伝えることが遅れてしまった。


「スピカ?」
「だ、大丈夫です! ユーデクス様のおかげです! ゆ、ユーデクス様お怪我は?」
「ないよ。全部返り血」
「そ、そうですか……」


 にこりと笑って答える内容ではない気がするが、それも私を安心させるための言葉だったのだろう。
 確かにその言葉で、つかの間の安堵を得る。


「私のおかげでもあるんですわ! 勝手にいいところをとっていかないでください!」
「ヴェリタ様?」


 むぎゅっと立ち上がって、私をユーデクス様から遠ざけるように抱きしめた彼女は、ユーデクス様の群青色の瞳と目を合わせ、二人の間に火花が散った。この二人は仲がいいと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 なんで挟まれているんだろう……と思いながらも、再び咆哮したケルベロスをみて、まだ倒れていなかったのだと恐怖が戻ってくる。


「大丈夫だよ。スピカ。今のはかっこよく登場したかったからああやっただけだけど、倒そうと思えばいつでも倒せる」
「あ、あの、それをいうのはかっこ悪いのでは?」
「……」
「か、かっこいいですから! ね! ユーデクス様のおかげでけがもなかったんですし! はい!」


 思わず口に出てしまい、ユーデクス様の方も口に出てしまったようで、微妙な空気が流れてしまう。もちろんかっこよかった。あんな登場の仕方、ユーデクス様じゃなければ許されないだろう。
 私が、かっこいいと口にすれば、分かりやすく彼はパッと顔色を変えてソヴァールを構え直す。かっこいい姿は見ていたいのだけれど、それよりもこれ以上被害が出ないようにケルベロスを倒す方を優先してほしかった。ユーデクス様のかっこいいところは私だけが知っていればいいわけだし。


「スピカにかっこいいところを見せたいからね。早く片付けようか。シュトラール公爵令嬢、少し手伝ってくれるかな?」
「ええ、もちろんいいですけど。スピカちゃんのためなら。でも、この貸しは大きいですわよ?」


 そういうと、ヴェリタ様は私から離れ、ケルベロスに向かって手をかざした。すると、暴れていたケルベロスの足元から鎖のようなものが現れ、白く発光した空らはケルベロスの身体にあっという間に巻き付き、その場に固定した。ケルベロスはどうにかそれらを振り払おうとしたが頑丈に巻かれているのかびくともしなかった。


(ヴェリタ様の魔法……!)


 あんなに大きなケルベロスでさえも身動き取れなくしてしまうヴェリタ様の魔法は偉大だと思った。それも、苦しい顔みせずに、すがすがしい顔でやるものだからとても美しくて見入ってしまう。


「早くしてください。あまり、長く使いたくないので」
「感謝する。シュトラール公爵令嬢――ハアッ!」


 ヴェリタ様の援護を受け、ユーデクス様は、地面をけり彼女の作った光の鎖の上を駆け上がると高く舞い上がり、上空でソヴァールを振り上げたかと思うと、ケルベロスの三つの頭がゴトンと地面に落ちた。砂埃を盾、ケルベロスの頭は三つとも白目をむき、抑えていた身体も横へと倒れた。
 ユーデクス様が剣を振りかざしたその瞬間を私は、私だけではなくきっと周りの人たちも目で追えなかっただろう。いつ切り落としたのかそれも同時に三つ……人間の技じゃないと思った。
 ストン、と下へ戻ってきたユーデクス様は剣を横に振り払い、刀身についた残りの血を拭きとった後剣を鞘にしまった。すると、あの大きな剣はよく見るサイズの剣へと大きさを変え、鞘に収まるサイズになってしまった。英雄の剣というだけあり、やはり不思議なつくりをしているようだ。
 ケルベロスが倒された後、静寂が会場を包み込み、次の瞬間にはわあああっ! と歓声が響いた。


「ケルベロスを打ち取ったぞ!」
「さすが、ユーデクス様!」
「英雄だ!」


と、拍手喝采。先程までの恐怖は一気に歓喜へと変わり、ユーデクス様だけではなく、援護を下ヴェリタ様にもその拍手は送られる。二人の連携技を見て、皆が皆彼らをたたえていた。


「さすが、帝国の未来を作るお二人だ。技量が違う」
「彼らがいなかったら今頃どうなっていたか」
「ユーデクス様、ヴェリタ様万歳!」
「見れば見るほど、お似合いな二人じゃない」
「でも、ヴェリタ様には皇太子殿下という素敵な婚約者様が」
「でもでも、お似合いよね……ああ、後あの噂――」


(……そう、見えるんだ…………)


 二人は窮地を救った英雄だ。拍手も、称賛をうけるべき存在であることも分かっている。
 私は一歩引いたところで彼らを見ていて、すでに救世主である彼らの周りには輪が出来ていた。二人とも嫌な顔をせずに、自分の気持ちを素直に伝えてくる人たちに、怪我はないかと聞いて回っているところも素敵だった。
 そうお、ユーデクス様の輝かしい黄金色の髪と、ヴェリタ様の美しい銀色の髪は並ぶと良く映えるのだ。そうでなくても眉目秀麗なお二人は並んだだけで絵になる。
 ヴェリタ様は殿下の婚約者だけれど、ユーデクス様の隣に並んでいても見劣りしない。むしろ素敵すぎて、まぶしいくらいに美しかった。
 そんな二人の姿を見ていると、胸がきゅっと締め付けられて、なんとも言えないモヤモヤが心の中に広がっていく。


「――おい、スピカ」
「お兄様?」


 後ろから声をかけてきたのはお兄様で、美しい銀色の髪を顔に張り付け、慌てたように私に駆け寄ってきた。
 いつもなら注目の的となるお兄様も、英雄たちを前にしてはかすんでしまうみたいで、誰もお兄様に声をかけることはなかった。


「お兄様……大丈夫でしたか?」
「それはこっちのセリフだ。怪我はないか? ほほ、少し汚れているぞ?」
「あ、ありがとうございます」


 サッとハンカチを出して、私の頬をぬぐってくれるお兄様は優しくて、お兄様と会えたことで、力が抜けてしまった私の目からは、ポロリと涙がこぼれてしまった。


「す、スピカ。どうした!?」


 おどおどと、お兄様は困ったように私の背中をさすったが、それが余計に悲しくなってしまってひぐっ、と嗚咽を漏らしながら涙を流してしまった。泣く予定もつもりもなかったのに、彼らを見ていると、自分が不釣り合いなんじゃないかってやっぱり自信がなくなるのだ。
 ヴェリタ様から見て、私は妹みたいなものだし、ユーデクス様も好きだって言ってくれるけれど、それでもヴェリタ様と並んだらお似合いだし。もちろん、分かっているけれど、婚約者がいることも知っているし、お似合いなだけで、くっつかないけれど! それでも、ヴェリタ様の代わりを、隣に立つことが私でいいのだろうかと思ってしまうのだ。
 お兄様は、私の背中を撫でながら、称賛の渦の中心にいるユーデクス様の方に視線を向けていた。


「また、ユーデクスがお前を泣かせたのか」
「違うんです。私が勝手に……っ。お兄様あ……」
「ああ、もう泣くな。大丈夫だ。怖かったんだろ?」
「はい。お兄様も、怪我は……ひぐっ、うぅっ」
「う……俺は大丈夫だ。もっと、先に来てやればよかったな」
「いいえ。ユーデクス様が、バーッてやってきた、シュバッって倒してぇ。かっこよかったんです! とっても、とっても、かっこよくて……」
「おい、泣きながら話すな……ユーデクスがかっこよかったんだな。分かった」


 もう、何で泣いているのか、悲しいのかもわからなくなってでも脳裏に焼き付いている二つのユーデクス様の姿を交互に思い出しては、温かい気持ちと悲しい気持ちになるから忙しかった。未だに輪の中心から出てこれないでいるユーデクス様に声をかけに行く勇気なんてなくて、私はお兄様にあった出来事をありのまま話、そして、胸を貸してもらいながら泣いた。ユーデクス様に見られたらみっともないな、とは思っていたけれど、自分が守られてばかりの存在であることを痛感し、変わりたい、変わりたいから――という涙だったと、私は涙が枯れるまで泣き続けた。


(……努力して、届くのでしょうか。私で、良いのでしょうか)


 また自信がなくなる。それは、殿下の婚約者候補から外れた、落ちぶれていく過去の自分を見ているようで私は酷く胸が痛かった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 *****ご報告**** 「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。 **************** サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました! なろうでも同じ話を投稿しております。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...