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第3章

04 みせたがり

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「ヴェリタ様、先ほどはありがとうございました」
「いいのよ。スピカちゃん。私も、カッとなっちゃったし」


 お茶会はその後、ヴェリタ様の機転を利かせたプレゼントで丸く収まり、その後は元通りにムードがよくなったわけではないけれど、何かアクシデントが起こるでもなくお茶会は幕を閉じた。
 天幕へ戻っていくヴェリタ様を呼び止めて、私は先ほどのお礼をと感謝の言葉を述べたが、ヴェリタ様は気にした様子はなく微笑み返して下さり、器の違いを思い知らされたような気がした。さすがは、皇太子殿下の婚約者。


(私とは違う……)


「でも何でヴェリタ様はいつも私を庇ってくださるんですか?」
「庇うというか、私にとってスピカちゃんは大切なお友だちで、お友だちを守りたいっていうのに何かほかに理由はあるかしら」
「あ、ありませんけど、その、お友だちなんて、釣り合うかなって」
「そんな謙遜しないで。私が認めたんだもの。それに、友だちって釣り合う、釣り合わないじゃないでしょう?」


と、ヴェリタ様は人差し指を私の唇に当てて、ね? と念を押すように言うと首をこてんと傾げた。

 彼女が優しいのも強いのも、心に余裕があるからなんじゃないかと思った。彼女の笑顔を見ていると、心まで浄化される。私にないのは、きっとその余裕なのだろう。いつもいっぱいいっぱいになって、目の前のことを処理するので精いっぱいだ。


「そ、そうですけど……うぅぅ」
「ああ、本当に可愛いわ。スピカちゃん」


 そういって、ヴェリタ様は、ぬいぐるみでも愛でるように私に再度抱き着くと、すりすりと頬を摺り寄せた。彼女の中でブームにでもなっているのだろうか。


「あらごめんなさい。嫌だったかしら」
「い、いやではないですけど……その、近くて。あまりにもヴェリタ様のお顔がよろしいので」
「ごめんなさいね。私、ほらスラム出身だから。たまに、距離感がおかしいって言われるの。でも、人肌恋しくなるときってあるじゃない? だから、こうして……ね」
「ひぇっ」
「スピカちゃんは子供体温ね。とても心地いいわ」
「そ、そうですか……」


 喜んでもらえるのなら何よりだと、私は抱きしめられるがままになっていた。
 ヴェリタ様でも、自分の出自を気にするのだと思ってしまい、それが、周りとずれていることにも気づいている。ヴェリタ様にも、ヴェリタ様なりの悩みがあるんだろうな、と心のどこかで感じ、そんなヴェリタ様を支えていけるくらいにはなりたいと思った。


「そうだわ! スピカちゃん、狩猟大会の観戦に行きましょう」
「えっと、話がいきなりごろッと……ではなくて、観戦に?」
「ええ。私、間近で狩りをしているところを見たくて。ほら、魔法は禁止されていないけれど、狩りの基本は弓矢とか罠じゃない。ああいう原始的なものに興味があるのよ」
「た、確かに、面白そうではありますけども……」


 子どものように目を輝かせるものだから、行かないという選択肢はないだろうな、と私はキラキラと目を輝かせるヴェリタ様を前に苦笑いをすることしかできなかった。そこに私も含まれているというのが何とも言えないというか。どれほど私のことを好いていてくれているのだろうかと思うほどには、彼女の行動や選択肢の中に私が含まれている事実に驚愕する。


(でも、狩場に行ったらユーデクス様の姿も見えるかもですし……)


 こういうのを下心というのでしょう。こんなのだから、周りにユーデクス様が好きなことがバレるのだと恥ずかしくなる。


「でも、この服じゃあ入りづらいだろうから……ふふっ」
「え? ――ええ!? すごいです! ど、どうやって?」


 彼女がふいっと指を動かした瞬間、一瞬だけ体が浮いたかと思うと、私の服装は、動きやすいパンツスタイルになっていた。ブーツも髪型も変わっており、うなじあたりにひんやりとした風が当たる。ヴェリタ様の方を見れば彼女の服装も変わっており、似たような、まるでお揃いのような服装になっていた。


「これは、ヴェリタ様の魔法なんですか?」
「そうよ。服を着替える魔法……といってもまだ試作段階だから。失敗して、スピカちゃんがすっぽんぽんになっちゃったらどうしようって思っていたんだけれど、上手くいってよかったわ」
「え、あ、あり、ありがとうございます」


(すっぽんぽんって破廉恥です!)


 あの淑女のかがみであるヴェリタ様の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなくて、またこちらも顔が赤くなってしまう。ヴェリタ様がそれほどまでに心を許してくださっているということなのだろうが、それにしても、本当に彼女の魔法はすごい。
 私にもそんな力があればと思うが、ないものねだりはするものではない。


「じゃあ、行きましょう。スピカちゃん」
「は、はい!」


 これもまた、姉妹のように私の手を引いて歩いていくヴェリタ様。私よりも細くて繊細な指が絡まって、彼女のひんやりとした手に私の手汗がつくんじゃないかって懸念しつつも、私は少しだけ歩幅の大きいヴェリタ様についていくので必死で、そんなことを考えている暇などなかった。
 森に入れば、先ほどのお茶会の会場とは一変し、小鳥のさえずりや虫の羽音など聞こえなかった音が聞こえてきて、なんだか心地よかった。木漏れ日のカーテンはゆらゆらと揺れていたし、遠くから小川が流れているようなちょろちょろとした音が聞こえている。心まで浄化されるようで、私は手を離してもらえずにはいたけれどいろんなものを見ることが出来た。


「私も弓矢をもってこればよかったわ。狩りがしたくなってきちゃった」
「したことあるんですか?」
「ないわよ? でも、やってみたいじゃない」
「あはは……そうですか」


 やっぱり少し変わっているというか、ヴェリタ様は弓矢を構えるようなポージングをとってパーンと手を離した。公爵家ではこんな姿を見せることが出来ないからこういうところで羽目を外しているのかもしれない。と私は目をつむることにして見当たらないユーデクス様を探そうとした。すると、遠くからスパン! と風を切るような音が聞こえたかと思うと、私たしの目の前の木々が横になぎ倒された。


「ひえっ!?」


 それはもう一瞬のことで、砂埃を立てて、木々は力なく横へと倒れる。
 何が起こったの? と思っている暇もなく、砂埃の中から人影がゆらりとこちらに近づいてきた。誰か来る、ヴェリタ様は私の前に立つと私を守るような姿勢をとり人影を睨みつけた。


「スピカ!」
「え、ゆ、ユーデクス様!?」


 砂埃をブンと振り回したソヴァールにより薙ぎ払うと、彼の周りに漂っていた塵たちは一気に霧散する。そして、輝かしい黄金色が見えたかと思えば、群青色の瞳と目が合ってしまった。パッと顔を明るくさせてこちらに近づいてきたユーデクス様は、私がここにいることを知っているかのように嬉しそうに走ってくるのだ。


「ゆ、ユーデクス様……」
「スピカ。見てた? 俺の活躍」
「え、ええっと」
「ユーデクス。やりすぎだ」


と、彼の声に重ねるようにして現れたのはレオ殿下で、彼は頭に葉っぱや、服には小枝を刺しながらあーもーと文句を言いたげに歩いてきたのだ。私は挨拶をしつつ、キラキラと目を輝かせ私を見下ろしているユーデクス様に目を向けた。見れば、彼の足元が汚れていて、血のようなものが付着している。さすがに人間の……ではないだろうけれど、それにしても――


(さっきのあの攻撃……ユーデクス様のだったんですね……)


 ちらりと、先ほど倒れた木々を見ていれば、本当に一直線に切られたというのが見て取れる具合で、それも私の目では確認できないほど遠くまで彼の斬撃によって木々が倒されているようだった。何を狙っていたのかは知らないけれど、こんな攻撃を人がいる狩猟大会の森で放つなんてどうかしていると思った。多分、いないのを確認しての攻撃だったんだと思うけれど……


「レオ。邪魔しないでよ」
「はあ……大方、スピカ嬢がいるのを知ってかっこつけたかったんだろうが、見てみろ。引いているだろう」
「そうなの? スピカ?」


 嘘! とでもいわんばかりに、彼は私の顔をのぞき込む。誰だって、いきなりあんな攻撃を見せられたら失神してしまうだろう。今回ばかりはレオ殿下の言っていることが正解だ。


(というか、また鞘から剣を引き抜いていないんですよね?)


 いったいどうやって木々を倒したのだろうか。まさか、本当に斬撃だけで? 風を切ったらその風が刃にでもなったというのだろうか。ユーデクス様は、魔力があまりないと言っていたから、魔法で……とは考えにくい。


(待ってください、それ人間のやることですか!?)


 あまりに力技すぎる。こんなことが出来るのは、きっとこの世界どこを探してもユーデクス様だけだろう。


「え、ええっと。何を狙っていたんですか?」
「え? ……ああ、吹き飛ばしちゃって分からなくなっちゃったね。多分、熊だったと思うよ。おっきい……」


 ユーデクス様はそういうと頬をかいた。狙った獲物すら忘れてしまうなど、よっぽど私に技を見せたかっただけだったのだろう。レオ殿下はやれやれと首を横に振っており、ヴェリタ様もくすりと笑っていた。ユーデクス様も、かっこ悪いよね、といって耳を赤く染めていたが、かっこ悪いわけではなかった。確かに驚いたけれど、そんなことが出来るのはユーデクス様だけで……


「か、かっこよかったですよ! ユーデクス様!」
「本当に?」
「は、はい! 本当です」
「そっか……あはは、スピカに褒められるなんて夢みたいだ」
「え、そんな、大げさな……」
「それで、スピカは何でここに?」


 そうユーデクス様がいいかけた瞬間、バサバサバサと、木々から黒いカラスが飛び立った。不吉な空気が森の中に流れ込んでくるような感覚に、私は思わず目の前のユーデクス様に身を寄せると、彼はピクンと体を動かした後、私を抱きしめてくれた。


「――レオ」
「戻った方がよさそうだな。雨も降りそうだ――が、その前に」


と、殿下は剣を引き抜き、ユーデクス様も柄に手を添えた。

 暗い森の奥から顔を出したのは、数匹の黒い狼だった。

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