婚約をお断りし続けていたら、エリート騎士様が手段を選ばない脳筋ヤンデレになりました

兎束作哉

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第2章

09 ユーデクスside

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 誰にも渡したくない。
 彼女の目に映るのは俺だけでいい。
 彼女は俺のものだ。


「派手に暴れたね。もっと、強固な魔法をかけないと、部屋が消し飛びそうだ――で、何でそんな怒ってるんだい? ユーデクスは」
「レオ……」


 青い髪を揺らしながら壊れかけの扉を開けて中に入ってきたのは、俺の主人であり親友のレオ・スカイ皇太子殿下だった。俺専用の訓練場は壁も天井も地面もえぐられ切り裂かれ、俺を知らない人が見たら災害が起こったのではないかというくらい悲惨な空間になっていた。手に縫い付けられたような英雄の剣・ソヴァールを振り払い鞘に戻すと、ようやく剣本来の重みが戻ってきた気がした。魔剣と呼ばれるだけあり、俺が握っている最中は重くも軽くもなり、鞘におさまらないほどの大きさへと変化する。だが、ひとたび手を離し鞘に戻せば何の変哲もない剣へと変貌するのだ。
 それはいいとして、そんな英雄の剣を振るっても形を保っていられる訓練場をこんな状態にしてしまったのは初めてだった。
 同じく肩を並べるオービット専用の訓練場もあるがあちらは、オービットが自身で強化魔法を施しているため、まず壊れることはない。だが、俺のはオービットとレオの魔法をもってしてでもこのありさまだ。


「どうせまた、スピカ嬢のことを考えていたんだろ。デート明日だっただろう? そんなんでいいのか? 特訓はここまでにして風呂に入ってこい。汗臭いまま行くなんて紳士じゃない」
「……わかっている」
「機嫌が悪いなあ。いったいどうしたんだ」
「……俺がスピカに触れたら、スピカを壊してしまいそうで、それが怖い」


 レオは、理解できないというように首を横に振る。


「確かに、令嬢はやわだが、壊れるまではいかないだろう。お前だって加減くらいするだろう。子供じゃあるまいし」
「できない。スピカを前にしたら、自分が自分じゃなくなるみたいに、抑えが利かないんだ」


 レオは、俺が自制心の強い、でもどこか抜けている男だと思っている。でも、それは違う。自制心など、初恋の人を前にしたらあってないようなものだった。
 レオは俺がどれだけスピカを好きか知らない。氷山の一角を見ているにすぎないのだ。俺は、それくらい、スピカのことが好きだ。


(初めて、かっこいいって言われたあの日のこと……今は大人っぽいでも可愛らしい声になっちゃったけれど、しっかり覚えている。あの日の服も髪の色も、ネイルの色さえも……すべて覚えている)


 忘れたことなんてない。苦しくて、逃げ出したい日々に現れた天使のこと。彼女と出会えていなかったら、もしかしたら心が壊れてしまっていたかもしれない。強くなっても、レオを守るだけの日々で、地位や表舞台に立つために政略結婚をしていたかもしれない。でも、スピカに出会えたから、彼女が欲しいって思えて、彼女を生涯の伴侶にするって思ったんだ。
 だから、運命だと思ったよね。俺と肩を並べる男が、オービット・アルビレオが、愛しの人の兄だなんて。


「はあ、まあお前の気持ちは分からんでもないが。少しは自重しろ。彼女にぶつけられない分ここでぶつけていいという理由にはならない。ただでさえ、設営費と維持費がなあ……」


 頭が痛い、とレオは散らばった石を拾って遠くへと投げた。
 わかっている。俺が特別扱いされていることも、また特別扱いをされていることを妬んでいる連中がいることも。だからこそ、レオの手を煩わせるわけにもいかない。レオがいたからこそ、スピカに出会えたようなものでもあるから。ただ、スピカがレオの婚約者候補だったという事実だけは、俺が生涯レオを憎むに理由としては十分だ。ただの友愛だけじゃ成り立たない。憎しみもあり、その憎しみが主君に向くことなく消費されることで、成り立つような関係。
 レオのことももちろん好きで、俺にとって光であり、星である。届かない存在に、親友として認知されていることは、俺の一生涯最高の幸運で、幸福と言えるだろう。


(ああ、スピカ。俺は今すぐにでも君を手に入れたいよ)


 何で求婚を拒まれるのか。理由を知っても彼女はうなずいてくれることはなかった。ただ何かを隠すように笑ってごまかして。その理由は兄であるオービットにも話していないらしい。全く無能なシスコンだとは思うが、いずれ家族になるのだから、それくらいは許容しないといけない。
 自分を中心にできたクレーターの真ん中で、俺は破れかけの黒い手袋を見つめる。俺の手よりも、スピカは小さくて、細くて白くて柔らかい。彼女の手の甲にキスをしたいし、彼女の指を一本一本舐めたい。きっと砂糖菓子のように甘いに違いない。それと同時に、握りつぶしたら赤い血を噴き出すのだろうかという破壊に近い加虐心も生まれてしまう。


(こんなもの、スピカにみせられないよ……)


 スピカは俺のことを無害だと思っている。だから心を許してくれているに違いないのだ。だから俺の黒い部分は見せられない。
 首を絞めて、最後に見る景色が俺の顔だって。細くて白い彼女の首を締めたら、彼女の瞳は俺だけを写すだろうかって。そんな想像もしてしまうのだから、俺は無害な男ではないのだ。


「ユーデクス、顔が怖いぞ」
「……ねえ、レオ」
「な、なんだ」


 主君さえ怖がるような顔をしているのだろう。動揺しないレオの肩がピクンとはねたことを俺は見逃さなかった。


(今の顔見せたら、きっとスピカは泣いて逃げちゃうだろうな)


 怖いものが嫌い、甘いものが好き、苦いものが嫌い、血が嫌い、そして兄が好き……スピカの好みなら把握している。それと同時に、怖いものもしっかりと印をつけて、彼女にとって無害で優しい俺を演じている。俺にすり寄ってくる他の令嬢もいるが、まったく顔すら認識できない。酷くきつい香水の匂いが鼻を刺すたびに吐き気さえ覚えるほどだった。それ比べて、スピカの邪気のない顔といえば……


「俺は、スピカに好きって、ただそういってほしいだけなんだ」
「そ、そうだろうな……お前は、ずっとスピカ嬢のことを見てきたんだから。そろそろ振り向いてほしいよな」
「本当は俺知ってるんだよ。俺のために、レオが彼女が落ちぶれていくように、わざと妃教育の難易度を彼女のだけあげたことを」
「……知っていたのか」
「レオのやることならね。もちろん、そこは感謝してるけど、彼女にとってトラウマ……自信を無くすきっかけとなってしまった。レオのせいじゃなくて、俺のせい。俺が願ったからだ」
「僕が勝手にやったことだ。気にするな」


と、レオは視線を落として言う。

 レオは俺に甘いから、俺がこぼした願いを裏でこっそりとかなえてくれる。そのために手を回してくれる。あまりに特別扱いされて、俺はずっと彼に砂糖菓子を貰っているような気持だった。だからこそ、守るという行為で彼に尽くしているつもりだ。


(でも、俺の行き過ぎた願いが、彼女を傷つけた……)


 だから、俺がスピカに好きって言ってもらいたいっていう願いも、彼女を傷つけてしまうのではないかと。いつか、糸が切れたように、無理やり好きと言わせてしまうのではないかと思って怖かった。本当に、妄想していたことを現実でもやってしまいそうで怖かった。
 物に当たるなんて紳士的じゃない、騎士として恥ずべき行為だ。
 けれど、この感情と衝動を抱いたまま彼女に触れることなどできなかった。だって彼女は壊れ物のように繊細なのだから。汚い俺なんかが触ってしまったら汚れてく壊れてしまうだろうから。


「ごめん、レオ。俺がスピカを傷つけたらその時は止めてほしい。殺してもいいよ」
「お前なあ……」
「躾のなっていない無礼な部下を殺すのも、レオの仕事だよ。だから、ひと思いに殺して。スピカのために」
「……お前、自分のこと大切にしろよ」


 レオはそういって、俺の頭を撫でた。
 スピカのためではなく、俺を大切にする。そうしたら、スピカにこの感情をぶつけなくて済むのだろうか。俺は自分を汚い人間だって思っているから、スピカに触れることを戸惑ってしまう。この感情を捨てることが出来たら、俺は――



「スピカ、寝た? あー、もう、本当に食べたいくらい可愛い」


 俺の中で眠るスピカは、どんな宝石よりも美しくて愛らしかった。体を丸めて口元にゆびをもっていって寝ている姿は百億の名画にも勝る。俺の大切な人が俺の腕の中で、小さな寝息を立てて寝ている。俺に委ねて、俺の腕の中で――
 彼女のミルクティー色の髪を撫でれば、絹糸のようにさらさらと俺の指の間を抜けていく。ぷっくりしたほっぺをつつけば、むにゃむにゃと小さな口を動かしてへへっと最後にははにかんで。それを見ているだけでも、鼻の奥が熱くなって、思わず血が垂れそうになる。


(デートも成功したし、添い寝も……)


 下心がある、なんて言われたときにはどうにかなっちゃいそうだったけれど、レオのことを思い出して何とか踏みとどまることができた。さすがに、婚約もしていない状況で手を出したら、オービットに氷漬けにされていたところだろう。
 けれど、おんなじ思いだったんだってそれを知れただけでも大きな成果だった。スピカの気持ちが俺に向き始めた証拠であり、俺が望んだ結果であった。少し強引ではあるけれど、隣国のやつにやるくらいなら、俺が自分の手で閉じ込めたかった。


「可愛いよ。スピカ……」


 もう一度彼女の顔に触れようとしたとき、彼女の額に汗がにじんでいるのに気が付いた。先程まですやすやと幸せそうに眠っていた彼女の顔が見る見るうちに歪んでいくのだ。呼吸をするのも苦しいと言わんばかりにはっ、はっと息を切らして、助けを求めるように体をよじる。


「スピカ!?」


 これが、オービットの言っていた悪夢にうなされている、ということなのだろうか。夢の中に行って彼女をくるしめる原因を殺してやりたいところだけれど、あいにくそんなことが出来る力を俺は持っていなかった。もどかしさと、彼女を起こさなければという気持ちで焦る。ただ苦しんでいるだけ、で済まされればいいのだが、どうにも嫌な予感がする。
 彼女の汗を手で拭いながら、スピカ、と何度か呼びかけたところで、彼女の小さな口がかすかに開いた。そして、はっきりと口にしたのだ。


「――ユーデクス様、殺さないで」
「……は?」


 その瞬間、俺は鈍器で頭を殴られるような衝撃を受けた。 

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