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第2章

07 下心はあります

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 何故またこのようなことになったのかは、理解に苦しみます。


「あの、な、何でまたユーデクス様が寝室に?」
「スピカは、俺と寝た日、悪夢を見なかったって言ったじゃないか。だから、俺と一緒に寝たら、悪夢を見ずに済むかもって」
「そういうものなのでしょうか」


 頭のどこかで、それを受け入れている自分がいることに恐怖を感じた。確かにあの日は悪夢を見ずに済んだが、その後ユーデクス様と一緒にね――添い寝したのはあれっきりで、それが悪夢を見ずに済む方法とは限らなかった。もちろん、研究に研究を重ねて効果があると立証できれば、添い寝してもらうことが一番有力なのかもしれないけれど、だからといってこんな――


(眠れないんですって!? 好きな人が横いるんですよ!?)


 夢の中では私を殺す人。でも、現実では初恋で、両片思いのお慕いしている方……自分でも何を言っているかこんがらがってしまうけれど、とにかく好きな人が横にいて平常心を保っていられるわけがなかった。


「ユーデクス様、その……」
「スピカ、疲れただろ。眠っていいよ」
「ユーデクス様は?」
「スピカの寝顔を堪能してから寝る」
「なんか怖いです。その言い方」


 寝ている間に何かしたりしませんよね? と、思わずスススッとよけてしまえば、ユーデクス様は群青色の目を丸くした後に、シュンと耳を垂れ下げた。子犬みたいで可愛い、と思いながらもその顔に騙されてはダメだとブンと首を横に振る。ユーデクス様は自他ともに認める策士なのだから。その甘い笑みも、はかなげな表情も、すべて計算のうちなのだ。そんな顔をされて、堕ちない女性はいらないだろうし、どれほどの女性を惚れさせてきたか分からない。でもそんなユーデクス様が求めるのが自分だけだと思うと、胸がいっぱいになる。


(私、なんかでいいんでしょうか。本当に……)


 レオ殿下は少し意地悪だけど、的を得ていることをいう。私じゃなくてもいいと、ユーデクス様に釣り合うのは他の人でもいいのではないかと。私はその言葉を聞いて迷いが生まれた。迷っている時点で、私はユーデクス様に釣り合う女じゃないのかもしれないと。そう思ってしまうのだ。何を抜きにしても、この人への愛を貫けるほどじゃなければ、務まらないのかもしれない。
 それでも、好きという気持ちはあって。ユーデクス様が私を見てくれているから慢心しているのかもしれない。今は――これからもじゃないかもしれない。そう思うと一層、胸が苦しくて、悪夢なんかよりも自分の気持ちを優先して好きって伝えて結ばれたら……なんて考えてしまう。結局のところ臆病なのだ。


「スピカ、そんなに離れないで。俺、寂しいよ」
「さ、寂しいって目の前にいるじゃないですか。そんな」
「少しでも離れられたら寂しくなっちゃうの。だって、目の前にスピカがいるのに触れられないって、そんなの生殺しだよ……」


 全くめちゃくちゃな理論を展開してくるユーデクス様を前に、私はごろんと体を彼の方に向けた。瞬間、彼の顔に花が咲くものだから、きゅぅ~と胸がいっぱいになる。あまりにも可愛すぎる幼い笑顔に、母性というか、胸を鷲掴みにされてしまうのだ。


(なんか、ウサギみたいですよね……その考え方)


 寂しくて死んじゃうみたいな。ユーデクス様には合わないような気がするのに、目の前にいる私しか知らない彼は、本当にさみしくて死んでしまいそうなほど目を潤ませている。求められれば、求められるほど、私の心も満たされるような気がして、これが甘えだと思ってしまうのだ。自分からは何もアクションを起こせていないのに、求められて満足しているのだ。
 悪夢の解明さえ終われば、ユーデクス様の気持ちにちゃんと答える。それは決めたことであり、自分の中の決定事項で、だったら少しだけ、小出しでいいからその気持ちを伝えてみてはどうだろうかと、私の中の小さな私がいう。
 私を見て、うっとりと、そして幸せそうな顔をして見つめているユーデクス様に、私はぎゅっと正面から抱き着いてみた。ユーデクス様もよくやるし、これくらいなら――と思っていたのだが、刹那、ぷしゅぅ、と何とも情けない音を立てるようにユーデクス様の体が硬く、あつくなった。


「す、すぴ、スピカ?」
「何ですか? ユーデクス様」
「ど、どうして、抱き着い……え? 夢?」
「夢じゃないですよ。まだ寝ていないので。いや、でしたか?」
「……う、ううん、そんなんじゃなくて。まずい、これ、俺、耐えられるかな」
「ユーデクス様も、よくやってくれるので。これくらいなら、許容範囲かなと思いまして」
「きょ、許容範囲」


 自分はよくて、人にやられるのはダメ、みたいなユーデクス様の態度に、ちょっとむっとしつつも、私はたくましい彼の身体をぎゅっと抱きしめる。同じ石鹸を使ったから同じ匂いがした。鼻孔を通り抜けるフローラルな香りは、薔薇を凝縮したようだった。彼の黄金色の髪が、私のミルクティー色の髪に溶けて、少しくすぐったい。抱きしめても、ぎゅっと抱きしめ返されれば、小さな私の身体なんてすっぽりと収まってしまうだろう。


「――……なんか言ってください。ユーデクス様!」
「な、何かって。えっと、温かい……じゃなくて、す、スピカが」
「私が何ですか?」
「スピカが……スピカから、そんな抱き締められることなんて、夢にも思ってなくて、今死にそうだし、爆発しそう」
「そ、その爆発しそうって何なんですか?」


 そう私が聞こうとすれば、ゴリッと熱くて硬い何かがお腹に当たった気がしたのだ。なんだろうと、下を確認してみようとすれば、先ほどまで私を抱きしめ返すことをためらっていた彼がダメだというように、私をひしっと抱き締める。


「い、痛いです。ユーデクス様」
「い、今ダメ。動かないで、スピカ。絶対にダメだから」
「だ、ダメって。その、ユーデクス様!?」


 その熱くて硬いものの正体が、なんとなくわかった気がして、すでに熱くて湯気が出そうなユーデクス様に触発されて、私も体温が上がってきてしまった気がした。


(待って、それって、そういうことですよね。あれってことですよね)


 意識してしまえばしてしまうほど、お腹に擦りつけられているような感覚にもなって、奥の方がきゅんと疼く。一回も、というか誰にも明け渡したことのない体が、男を求めているのが分かってしまった。そして、以前、悪夢の中で彼に抱かれたことを思い出してさらに私の頭は沸騰する。


(意識しちゃダメ、意識しちゃダメ、意識しちゃダメ!)


 頭の中で、難しい考古学の単語を並べてみようとしたけれど、お腹に当たるもののせいで、頭の中が塗りつぶされていく。上から熱っぽい艶やかなと吐息がかかってしまえばもう体を震わせずにはいられなかった。早く、腕の中から脱しなければ――そう思うのに、このまま抱きしめ続けてほしいという矛盾の感情が邪魔して抵抗できなかった。


「ゆ、ユーデクス様」
「ダメ、ほんとだめだから、スピカ。ごめん……ごめん……」
「な、何を謝っているんですか?」


 フーフーと耐えるような獣の息が耳にかかる。必死に何かに耐えるようなその声に、私は何が辛いのかと聞きたくなった。


「だって、こんな男と一緒に寝るなんて嫌でしょ? 何をするかもわからないじゃん……いや、分かるでしょ?」


と、ユーデクス様は私に質問してきた。

 お兄様が、アレが使い物にならなくなってもいい、なんて言っていたことを思い出し、ユーデクス様はお兄様との約束も、私との約束も守ってくれているんだということに気が付いた。手は出さない。出した時点で一緒に寝ることはできないと。
 夢の中のユーデクス様だったらここで私を襲っていたことだろう。私を組み敷いて、泣いても喚いても無理やり私の中を暴いて搔き乱して。避妊魔法すらかけずに中に欲望を吐き出し、流れた血すらも美味しそうに啜って。でも、現実のユーデクス様はそうじゃない。


「……スピカを、怖がらせたいわけじゃないんだ。ごめん、俺、でも」
「大丈夫ですよ。ユーデクス様」
「スピカ?」
「ユーデクス様が、優しくて、約束を守る男だってこと、私知ってますので。だから、ユーデクス様が謝ることないんですよ。そ、その……生理現象でしょ!」
「せ、生理現象……ち、違うよ。俺は、スピカに興奮して!」
「ひぇっ」
「ご、ごめん。こんな、ああ、もう! 俺、口開いたら、こんなことばっかり……」


 口を縫い付けてしまいたい、とユーデクス様は、私を抱きしめる。もう苦しくって、いっぱいいっぱいで、私はトントンと胸板を叩く。すると、ようやくユーデクス様は私を離してくれて、彼の顔が薄明かりのさす部屋の中見えた。
 群青色の瞳を潤ませて、目のふちを赤くして、口は何度も噛んだのかちょっと赤くなっているユーデクス様の顔があった。垂れ下がった眉に、頬も赤くして、赤くないところなんてないんじゃないかって思うくらい、彼の顔は腫れていた。


「好きすぎて、どうしようもないんだ。俺、スピカを前にして、抑えられたことなんてないよ」
「ユーデクス様……」
「怖がらせてるよね。自覚ある……本当は、下心あるんだよ」


と、ユーデクス様はいうと、目をゆっくりと伏せた。


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