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第2章

04 いつも以上に力を入れて!

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「え、エラ。これ、おかしくない? 大丈夫かな……」
「大丈夫です。お嬢様。自信を持ってください!」


 そわそわと、鏡の前で何度も何度も確認する。おかしいところはないかとか、髪の毛はハネてないかとか。でも、全部侍女のエラがやってくれたんだから、問題ない……けれど、自信がなくて、手のひらにはじんわりと汗がにじんでいた。
 エラは、大丈夫ですから、と鼓舞し、背中を押してくれるが、直前になって胃がキリキリと鳴りだした。
 楽しみのはずのデート当日。ユーデクス様が迎えに来てくれると決まって、私はゆっくりと準備が出来たのだが、眠ることもできないほど、目が冴えて、眠れない夜を過ごした。そういえば、ヴェリタ様にもらったキャンディーも食べずに寝てしまったので、なんか申し訳ない気持ちになった。たくさんあるから、とくれたのに、まだあの宝箱の中にはたくさんヴェリタ様お手製のキャンディーが入っている。


(でも、悪夢はみなかったし、それはよかったかも……)


 初めからユーデクス様に会うと決まっていたからだろうか。だから、悪夢はみなかったと。いつも見ていたのは、ユーデクス様が来るかも分からない日に見て、その次の日ユーデクス様がいきなり訪ねてくる……みたいなパターンが多かった。じゃあ、ユーデクス様とあらかじめ会う予定を入れていれば、悪夢はみないのでは? と考察を交えてみる。実際、今も悪夢を見続けているし、その頻度は多い。ほぼ毎日といっても過言ではない。法則性があるのかないのかも分からないから、たちが悪い。


(――って、今日は、そんなことよりも、ユーデクス様とのデートなんだから!)


 悪夢と現実のユーデクス様の区別ができるようになってきた。それは、求婚している理由だったり、レオ殿下の話だったり……何かがというはっきりとしたものはなかったけれど、自分の中で、現実と夢は違うと踏ん切りをつけることが出来た。もちろん、悪夢を見るのは怖いし、見たくないというのが本音である。けれど、現実と夢のユーデクス様は明らかに違って、現実のユーデクス様はとっても素敵なのだ。
 ちょっとかわいいところもあって、彼を知ろうとしていなかった、避けていては分からなかった発見だろう。
 けれど、まだ求婚を受けると完全に決めたわけではない。ゆくゆく、受けるつもりであり、断るつもりはないのだが、ただ悪夢に法則性があるなら、理由があるならそれを突き止めてからにしたいのだ。すべて終わってから、そうして晴れやかな気持で私も彼に好きと伝えたい。これは、ちょっと我儘というか、めんどくさい女だな、と自分でも思うけれど。
 メイドが、ユーデクス様がお見えになりました、と伝えてくれ、これ以上鏡の前で確認しても、何も変わらないとエラに背中を押されて外に出る。
 螺旋階段をゆっくりと降りれば、黄金色の彼は、すぐに私を見つけてくれた。


「スピカ!」
「お、お久しぶりです。ユーデクス様」
「あぁ……とっても似合ってるよ。スピカ。天使みたいだ」
「そ、その、ユーデクス様も素敵ですよ」


 うっとりと、ユーデクス様は私のドレスを見て情けない声まで漏れてしまった。


「ひゃ、やめてください!」
「かわいい反応だなと思って」
「か、かわいくないですよ! もう!」
「でも、その声……ものすごく、うん」
「な、なんですか!?」
「……いや、その。下半身にくるというか……いや、俺何を言って……別に、スピカの事、そういう目で見ているとかじゃなくて、でも、そういう目でも見てていて」
「ユーデクス様?」
「可愛いね、スピカは」


 誤魔化すように、ユーデクス様はにこりと笑った。ぶつぶつと何かを唱えるように言うのではっきりと聞き取れなかった。しかし、掘り返すのもな、と思ったため、私は何も聞き返すことはなかった。


「可愛いよ。スピカは、世界一ね」


と、再びユーデクス様は、私の反応を面白がるように耳元で囁いた。そして、私はそれにいちいち反応してしまうのだ。


(もう、本当に心臓に悪いです!)


 ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、私は彼の腕を取ったのだった。
 エスコートされながら馬車に乗り、帝都まで出る。馬車に乗ることなんて、一度や二度じゃないのに、ユーデクス様が前にいるだけで、不思議と全く別の空間に変わって。もちろん、目なんて合わせられない。顔を上げたら、ずっと見ていたかのように、彼の群青色の目と目があってしまうのだ。そのたび微笑まれれば、心臓が飛び出るどころの騒ぎじゃなかった。私の反応を楽しんでいるユーデクス様の余裕が、何よりも怖かった。
 必死に求婚してきているのは彼のはずなのに、こっちの方がどきどきして……ユーデクス様はそうじゃないみたに余裕そうで。そんな手のひらの上で転がされながら、帝都につけば、降りる際ももちろんのこと手を出してくれるわけで。


「ありがとうございます」
「スピカの手は小さくて可愛いね」
「うっ、その褒め褒め攻撃やめてください!」
「俺と、結婚して?」
「ううっっ! 流されると思わないでくださいよ!」


 隙を見て、婚約してくるんだからもうたまったものじゃなかった。ユーデクス様に夢で何度も殺され、現実では何十、何百回と求婚をされ断る日々。彼は流れるように「俺と婚約して?」とか「結婚して?」とかいうから、もう挨拶みたいになってしまっていた。でも、ユーデクス様の耳がいうたびに少し赤くなっているということは、知っていた。恥ずかしがっている様子もないのに、何で? と疑問に思ってしまう。


「そ、その、デートなんですよね」
「デートだよ」
「ユーデクス様、とっても楽しそうですね」
「だって、スピカとデートだよ? 楽しくないわけがないじゃん。スピカは?」
「私も…………その、いやではないです。デート」
「よかった。じゃあ、さっそくカフェに行かない? スピカ甘いもの好きだったでしょ?」


 好みの把握もばっちりだ。
 もしかしたら、私よりも私のことを知っているんじゃないかってくらい、ユーデクス様は、私の次の行動を読んでいる。
 ユーデクス様のエスコートは完璧で、手慣れているなと思った。私を紳士らしくスマートにエスコートし、ふわりと笑って見せる。でも、嬉しそうな顔は年相応というか、子犬のようで。喜びが隠せずぶんぶんとしっぽを振っているのが余裕で想像できてしまうのだ。
 私はというとそんなユーデクス様の顔を見てか、慣れないドレスのせいか、転びそうになったり、足が絡まったりと本当にひどいものだったが、ユーデクス様はそんな私を見て笑うこともなく、「大丈夫?」と心配してくれた。その優しさが逆に胸に刺さるというか……もういっその事笑い飛ばしてくれた方がまだましだったかもしれない。見苦しくないかな? と、ふと、自分が皇太子殿下の婚約者候補から外されてしまったトラウマを思い出した。


「私、みっともなくないですか?」
「どうしたの? スピカ」
「だ、だって。私は、婚約者候補から外されたんです。えっと、レオ殿下の」
「ああ……そんなこともあったね」


 何気なしにいってしまった一言。それまで、笑顔だったユーデクス様の顔から一気に感情がはがれ落ちた。それを感じ取ってか、頭よりも先に体が本能的にピクリと動く。
 つながれた手は、グッと力が籠められ、本当に握りつぶされてしまうのではないかと思うくらい骨が鳴る。


「い、痛いです。ユーデクス様」
「……っ、ご、ごめん。スピカ」


 弾かれたように、元に戻ったユーデクス様は、申し訳なさそうな表情をしていた。そして、私につかまれていた手を摩りながら、彼は笑った。


「本当にごめんね」
「だ、大丈夫ですよ」
「…………みっともなくなんてないよ。スピカは」


 優しく私の手を撫で、ユーデクス様はうわ言をつぶやくように言う。
 陰った彼の顔をしっかりと見ることが出来ず、私は撫でられている手に視線を落とした。優しく円を描くように撫でられていたユーデクス様の大きな手は、暫くたつとぴたりと止まった。重なった手は、やはり私を覆いつくしている。黒い手袋をしていても、その下に、努力の証である剣だこがあることにはすぐ気づけた。
 ユーデクス様は自嘲気味に笑うと、悩まし気に息を吐いてから一言呟いた。


「スピカには悪いけどさ……スピカが、それをトラウマだって思っているんだったら、ごめんって思ってるけど。俺は、スピカが、レオの婚約者に選ばれなくてよかったって思ってるよ」


 
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